イタリアにあるピサの斜塔は1173年の着工以来、地盤の変動と不安定な基礎のために傾き続けている。しかし、1993年に始まった修復計画のおかげで、このユネスコ世界遺産は矯正され、ここ数十年は(少し)真っすぐになっている。

 ピサの斜塔以外にも、人が介入しなければいずれ崩壊してしまう歴史的建造物は多い。原因は時の経過による荒廃だけでなく、略奪、オーバーツーリズム、工業化、気候変動などさまざまだ。ここでは、人の手で救おうとしている価値ある建造物を5つ紹介しよう。

「ボローニャの斜塔」、イタリア

 現在、ピサに使われたものと同じ技術がイタリアのもう一つの斜塔に使われ、高さ約48メートルのガリセンダの塔がボローニャのスリルタワーになるのを防ごうとしている。

 ガリセンダは絵のように美しいボローニャの旧市街にそびえ立つ2つの塔の一つで、12世紀の建設時からバランスが崩れていると、ボローニャ大学の構造工学教授トマソ・トロンベッティ氏は話す。トロンベッティ氏によれば、傾斜は少しずつ悪化して4度に達し、「ボローニャの斜塔」とも呼ばれ、今は「危険」な状態になっているという(すぐそばに立つアシネッリの塔は高さ約97メートルだが、あまり傾いていない)。

 1993〜2001年に行われたピサの改修工事で使用された鉄塔とケーブルが、ガリセンダ周辺の下層土に固定されると、ボローニャ大学の地盤工学教授グイド・ゴッタルディ氏は説明する。「これは受動的な対策であり、塔の地下と石造りの構造物を補強、修復している間、塔を安全に保持することが目的です」。壊れやすい2つの塔を修復するための募金活動も行われている。

ハースト城、英国ハンプシャー

 英国王ヘンリー8世は1544年、ハンプシャー海岸の先端にハースト城を建設した。石造りの要塞(ようさい)は、ヨーロッパの侵略者からイングランドを守るためのものだった。しかし、どんなに粘り強い敵も、繰り返し迫り来る海にはおよばない。猛烈な嵐、海面上昇、そして、絶え間なく打ち付ける波によって、城の基礎は削り落とされ、2021年、東の砲台が部分的に崩壊した。

 崩壊後、城を補強するため、約2万2000トンの岩と丸石が追加された。「地上型レーザースキャニングを使って3Dデジタルモデルを作成したおかげで、最良の修復方法を評価できました」とハースト城を共同管理する「イングリッシュ・ヘリテージ」のナショナルプロジェクトマネージャー、ロン・ブレイクリー氏は話す。4月から11月上旬まで、城の武器庫や砲台を見学できるボートツアーが開催されている。

アビドス、エジプト

 アビドスは、エジプトの首都カイロから南に400キロ余りの干上がった渓谷にある。神殿とネクロポリス(大規模な墓地)が無秩序に広がっており、古代エジプト初期のファラオたちが埋葬されている。

 アビドスの建設が始まったのははるか5900年前だ。現在、訪問者は石柱が立つホールを歩いたり、エジプト王セティ1世をたたえる精巧な壁面彫刻を見たり、古代エジプトの死の神オシリスをまつっていたと思われる石造りの地下建造物オシレイオン(オシリス神殿)をのぞいたりできる。

 しかし、この遺跡は略奪者に荒らされてきた。古代には宝物が盗まれ、近年も違法な発掘が続いた。今や、アビドスはエジプトで最も厳重に警備され、最も訪問者が少ない遺跡の一つだ。「警備が厳重で、訪問者用の設備が整っていないことが、(アビドスの)訪問者の少なさにつながっています」と文化遺産を守るNGO「ワールド・モニュメント財団(WMF)」のプログラム担当バイスプレジデント、ジョナサン・S・ベル氏は話す。

 アビドスの衰退を食い止めるため、エジプト政府やWMFなどによって、いくつかの保護プロジェクトが立ち上げられている。カラフルな壁面彫刻を丹念にクリーニングしたり、オシレイオンの弱い箇所を補強するため、鋼鉄製のアンカーを打ち込んだりしている。

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