「わたしはあなたの顔を見て笑った。『あなたはディラン・トマスじゃないし、わたしはパティ・スミスじゃない』」

 2024年4月にリリースされたテイラー・スウィフトのアルバム『The Tortured Poets Department』。これを訳すなら、「悩める詩人クラブ」といったところだが、アルバムタイトルと同名の曲の一節で、その一員にふさわしそうな人の名前が挙げられている。ただしスウィフト自身を含め、彼らの前には、ロマン派と呼ばれる詩人たちの長い系譜がある。「悩める」詩人たちという型を作り上げたのは、有名なウィリアム・ワーズワースやジョン・キーツ、そしてあまり知られていないシャーロット・スミスやトマス・フッドといった作家たちだ。

 ロマン主義と聞くと、ロマンチックなものを想像しがちだが、実際にはそういうわけではない。ロマン主義が生まれた時代、世界はナポレオンの台頭と没落、奴隷貿易の廃止、工業化の進展を経験した。ロマン派の作家たちは、その世界を表現しようと、現実をゆがめて、幻想的に、ときにグロテスクに描写した。

ロマン派の誕生と広がり

「悩める詩人たち」の原型となったロマン主義は、18世紀後半に登場し、19世紀を通じて続いた運動だ。英国の詩人ワーズワースは、19世紀はじめに『抒情民謡集(リリカル・バラッズ)』への序文に、「あらゆる優れた詩は、強い感情のほとばしりから生まれる」と書いている。

 ロマン派の作家たちの多くは、それ以前の啓蒙主義時代の合理主義や秩序に反発し、現実を大げさに描いたり、現実にないものを描いたりした。自発性、直感、崇高さといったものを重視し、愛、自然、超自然、人間の経験といったテーマを扱う作品を追求した。

 その影響はヨーロッパの外にも広がった。たとえば、アフリカ系米国人の女性詩人フィリス・ホイートリーは、18世紀後半の奴隷制度という厳しい現実の中で、自由と精神性をテーマとした詩を書き、共感を呼んだ。奴隷制度の廃止を目指したオラウダ・イクイアーノは、自伝的物語に詩を取り込み、奴隷となった人々の苦境に注目し、その解放を訴えた。

 キューバの詩人フアン・フランシスコ・マンサノは、植民地主義による圧政からの解放を訴えた。メキシコの修道女ソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルスは、詩を通して愛と知性を探求し、社会規範に挑んだ。ロマン主義運動の地平を広げたのは、そういった人々の声だった。

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