2024年2月、ポーランドのアマチュア考古学者の調査がきっかけとなり、ナチスドイツでアドルフ・ヒトラーに次ぐ地位にあったドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリングの住居跡の地中から5体の人骨が発掘された。この住居跡は、ポーランド北東部の小都市ケントシン近郊にあるナチスドイツの総統大本営「ヴォルフスシャンツェ(狼の砦(とりで))」の遺構の一画にある。

 1940年、ヒトラーはソ連侵攻の準備のため、人里離れたこの森に秘密の軍事司令部を建設するよう命じた。出来上がったヴォルフスシャンツェは、掩蔽壕(えんぺいごう)、シェルター、兵舎、発電所、鉄道駅を含む約200の建物からなり、1941年のバルバロッサ作戦(ソビエト連邦奇襲攻撃作戦)では実際に司令部として利用され、ピーク時には2000人以上の将兵がいた。

 ヒトラーやゲーリングをはじめとする多くのナチス指導者たちは、作戦後も1944年までここで長い時間を過ごした。

 ヴォルフスシャンツェは、ヒトラー暗殺未遂事件の現場にもなった。1944年7月、ドイツ陸軍将校クラウス・フォン・シュタウフェンベルクがヒトラーを殺害しようとして、会議室でスーツケース爆弾を爆発させたのだ。会議室にいた4人が死亡、20人以上が負傷したが、肝心のヒトラーはテーブルの脚が盾になり、ほぼ無傷だったという。

 やがてドイツの敗色が濃厚になり、1945年1月にソ連軍の侵攻が始まると、ドイツ軍はヴォルフスシャンツェを爆破して撤退していった。

 ヴォルフスシャンツェの遺構は冷戦時代のポーランドではほとんど忘れられていたが、1989年に共産党政権が倒れて現在の体制になると、1990年代から観光地として開放されるようになった。今では1カ月に数万人の観光客が訪れる名所になっている。最近では、ヒトラー暗殺未遂事件を題材にしたトム・クルーズ主演の映画『ワルキューレ』で一躍有名になった会議室を復元する工事も行われている。

5体は一列に埋葬されていた

 今回、人骨を発見したのは、ポーランドの「ラテブラ財団」のメンバーであるグダニスクの技術者アドリアン・コストジェバ氏だ。ラテブラ財団はポーランドの激動の歴史のさまざまな時代の考古学的遺物の発掘を専門とする団体で、今から30年前に設立された。

 現在は森林公園になっているヴォルフスシャンツェの管理者と政府関係者の許可を得て、ラテブラ財団は5年以上前から週末に発掘調査を行っている。コストジェバ氏らは、ヒトラーの地下壕のそばにあるゲーリングの住居跡を発掘していて、釘や建築資材と一緒に配管パイプのようなものを見つけたが、それが人間の頭蓋骨だった。

 発掘チームは警察に通報し、警察は同じ場所からさらに1人のティーンエイジャーと1人の新生児を含む4人分の遺骨を発見した。5人の遺骨は一列に埋葬されていたという。

 この地域を管轄するワルミアン・マスール県警察の発表によると、発見された人骨はケントシンの警察官と検死官によって調べられた。検死官によれば、人骨の古さを見ると1918年から1939年の間に埋葬されたと考えられるが、状態が悪く、死因は特定できないという。そのため警察は犯罪が行われたと考える理由がなくなったとし、捜査を打ち切った。

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