夜食でも食べようとベッドから起き上がり、キッチンの明かりをつけると、冷蔵庫の下にツヤツヤと光る茶色い昆虫の群れがうごめいているのを見つけた経験はないだろうか。その昆虫とはもちろん、チャバネゴキブリ(Blattella germanica)だ。

 この嫌われ者の訪問客は、どのようにして世界に悪名をとどろかせる害虫となったのだろうか。5月20日付けで学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された新たな研究によると、その答えはチャバネゴキブリのDNAに記されていた。

いつ、どのように世界中へ広がった?

 チャバネゴキブリは英語で「German cockroach(ドイツゴキブリ)」と呼ばれるが、今では南極大陸を除くすべての大陸に生息しており、地球上に生息する4600種のゴキブリの中で最も数が多いと考えられている。

 これは驚くべきことだ。というのも、1767年にスウェーデンの生物学者カール・リンネが初めて記述するまで、チャバネゴキブリの存在はヨーロッパでほとんど知られていなかったからだ。さらに、彼らはヨーロッパに近縁種をもたず、野生では生息していない。

 科学者らは今回、6大陸17カ国で捕獲したチャバネゴキブリ281匹のDNAを分析し、それらが互いにどの程度の近縁関係にあるかを調べた。それにより、チャバネゴキブリがどのように急速な増加と拡散を遂げてきたのかを、世界で初めて明らかにした。

 分析の結果は、チャバネゴキブリが約2100年前に現在のインドとミャンマーにあたる地域でオキナワチャバネゴキブリ(Blattella asahinai)から進化したことを示していた。

 チャバネゴキブリはやがて野生を捨てて人間のそばに潜んで生きるようになり、約1200年前、中東に姿を現した。その原因はおそらく、かつてアフリカ北部からアジア西部まで勢力を広げていたウマイヤ朝やアッバース朝などのイスラム帝国で、貿易や軍事活動が活発化したことだ。

 チャバネゴキブリがさらなる地理的な飛躍を遂げたのは、約390年前、植民地活動が急速に進んだ時代だ。彼らはヨーロッパ、それから世界各地へと広がっていった。その背景には、輸送手段の発達とヨーロッパの貿易の拡大があった。そして家庭用の暖房器具が登場したおかげで、彼らが寒い時期を生き延びられるようになったからでもあった。

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