そうした症状には、感覚の麻痺、不明瞭な発語、視覚障害、運動失調などがあるが、ほかに感知されにくい症状もある。疲労や膀胱機能障害のようないわゆる「目に見えない」症状の方が、より一般的かつ治療が困難だと、シャルベ氏は言う。

 見えない症状はまた、多発性硬化症の患者でない人には認識しにくいため、支援や理解を得るのが難しいと、ボーブ氏は述べている。

 アップルゲイト氏も言及している通り、多発性硬化症の患者にとってうつ病は一般的だ。患者の約半数が診断後のどこかの時点で経験する。多発性硬化症と診断された反応としてうつ病を発症する場合もある一方、脳へのダメージなど、別の要因が関与していることを示唆する証拠もあると、米国立神経疾患・脳卒中研究所の神経免疫学クリニックの院長代理マリア・ガイタン氏は言う。

ウイルスが原因の可能性も

 多発性硬化症の原因は明確にはわかっていないが、有力な手がかりがひとつある。EBウイルスとして知られるエプスタイン・バール・ウイルスだ。2022年に学術誌「サイエンス」に発表された1000万人以上の成人を対象とした研究では、EBウイルスに感染すると、多発性硬化症の発症リスクが30倍以上高まることがわかっている。

 実は、これを読んでいる皆さんも、すでにEBウイルスに感染している可能性が高い。ウイルスは唾液を介して広がり、「ほぼほとんどの人がEBウイルスを持っていると言っていいでしょう」と、米ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院の疫学者で、論文の著者のひとりであるアルベルト・アシェリオ氏は言う。

 とはいえ、必ずしも心配する必要はない。ウイルス自体が無症状性で休眠状態かもしれない。また、世界の成人の90%がEBウイルスに感染しており、自分がウイルスに感染しているとしても、多発性硬化症を発症する割合は世界平均とほとんど変わらない。

 アシェリオ氏は、ウイルスと多発性硬化症の関係を、喫煙とがんの関係にたとえている。「喫煙は肺がんを引き起こしますが、喫煙者の大半は肺がんにはなりません」。つまりEBウイルスが多発性硬化症を引き起こす可能性はあるものの、その確率は低いということだ。

 EBウイルスは多発性硬化症の唯一の決定的な原因ではないかもしれないが、今のところ、有力な因子ではある。

リスクが高い人は?

 EBウイルスへの感染以外にも、多発性硬化症のリスクを高めると思われる原因は存在する。

 女性は多発性硬化症になる可能性が男性よりも3倍高い。その理由は科学者にもわかっていない。ひとつの理論としては、女性では胎児の外来DNAを許容するために免疫系が敏感に反応する必要があり、自己免疫の問題を抱えやすいという。

 染色体が関係している可能性もあるが、この問題の答えは「『女性ホルモンのエストロゲンは善玉か、悪玉か』といった単純なものではありません」とボーブ氏は言う。

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