【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】

 秋田県の山中で、今年5月、クマに襲われた3人が死傷した。

 ここ数年、秋田、岩手、青森3県の境界付近で、ツキノワグマとは思えない大型の個体の目撃例が増えており、そのほとんどが赤毛なのだという。特徴からすると、本州にはいないはずのヒグマに近い。

 猟師たちがそれらを隠語で「ハイブリッド」と呼ぶので、ヒグマとツキノワグマの交雑種ではないかと言われているようだが、実際はただそう呼んでいるだけで、DNAの検査などをしたわけではないという。

 とりあえずここでは北方領土を除いて話を進めるとして、私は、北海道にいる野生のクマはヒグマだけで、ツキノワグマがいないのは、単純に、北海道と本州が地続きではなくなったタイミングの問題だと思っていた。が、実は、ヒグマとツキノワグマは種としてそれほど近くなく、交雑種は確認されていないらしいのだ。

 ヒグマとホッキョクグマは遺伝的に近いため、少ないが交雑種は存在したとのこと。ツキノワグマは、メスにいじめられると頭を抱える仕草で人気者になったツヨシで知られるマレーグマに近いというのは納得できる。

 では、3県の境界周辺で目撃例が増えている赤毛の正体は何なのか。その付近に1987年から2012年6月まで「秋田八幡平クマ牧場」というヒグマを飼育する観光牧場があり、脱走したヒグマによる従業員の死亡事故も起きていた。管理がずさんだったため、そこから人知れず脱走したヒグマがもっといて、それらが生きているのではないか、とも言われているようだ。

 仮に、脱走したヒグマにオスもメスもいたなら、交配してさらに数が増えている可能性はある。個体としてツキノワグマより強く、ツキノワグマを人里のほうに追いやるため、近隣でのクマの出没の増加につながっているのかもしれない。国内でのことではあるが、本州でのヒグマはいわば外来種で、アメリカザリガニやブルーギルのように、在来種を駆逐してしまう恐れがある。

 しかし、例に挙げた2種と、脱走した(可能性のある)ヒグマとでは個体数が違う。ツキノワグマとの交配が可能なら、そのまま数を増やしていくだけだろうが、ヒグマ同士でしか交配できないのなら、近親交配がつづいて、やがて絶滅するのではないか。

 ネアンデルタール人は近親交配が増えた結果、遺伝的多様性が低下し、絶滅に至った可能性があるのだという。東北3県境界付近の赤毛のクマのみならず、昨年訪ねた木曽馬の里にいた木曽馬たち、そして、日本の生産界に多くいるサンデーサイレンスの血を持つ種牡馬や繁殖牝馬も、そうした脅威にさらされていると言えそうだ。が、クマと馬とでは交雑の自由度がまるで異なり、馬同士ではいろいろな組合せのハイブリッドがつくられ、1代限りではなく、それらがまた繁殖をつづける例もある。

 木曽馬もサラブレッドも「純血」と言われるが、サラブレッドに関して言うと、私が競馬を始めた1980年代後半に「人と馬の300年ロマン」というJRAのCMコピーがあったので、せいぜい350年になるかどうかだ。動物の進化というのは、万年の単位で見られるものだというから、産声を上げたばかりというか、生き物として、進化のプロセスを歩みはじめたかどうかもハッキリしない時期なのかもしれない。

 今、イクイノックスの5代血統表を見ている。先日、社台スタリオンステーションの徳武英介場長が、3代前まですべてカタカナ表記の馬、つまり、日本で生まれたか輸入された馬というのは、同場の種牡馬としても、年度代表馬としても初めてだ、という話をしていた。

 この馬のクロスは、ヘイローの4×4と、リファールの5×4(父母それぞれのなかでのクロスは考慮せず)だが、これは例えば、現在(2022年末の数字)約1万2000頭に増えたという北海道のヒグマと比べると、血が濃いのか、それとも薄いのか。

 繰り返しになるが、血が濃くなりすぎて存続に黄色信号が灯った場合、サラブレッドの場合、ほかの種と交配するという絶滅回避策を取ることができる。現行ルールの競馬には出られなくなるが、その場合は、種の保存を優先させて、ルールを変えていくしかないだろう。

 ヒグマだって、もともと北海道にいたヒグマ同士の交配によって、30年前の2倍以上になったのだから、いろいろなクロスが生じているはずだ。絶滅が危惧される状況にはないということだが、クロスによって強くなることもあれば弱くなることもあり、本当の結果は、何万年もあとにならないとわからない、ということなのか。

 東北3県境界付近の赤毛と北海道のヒグマ、木曽馬とサンデー系の繁殖馬については、定点観測をつづけていきたい。

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