「報道部畑中デスクの独り言」(第303回)

ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、安倍元首相の「国葬」について—

2022年9月27日、献花をする岸田総理〜出典:首相官邸ホームページ(https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202209/27funeral.html)

9月27日、安倍晋三元首相の国葬儀が営まれました。事務局発表で4183人が集った東京・千代田区の日本武道館の会場で、私はラジオの中継スタッフとして入りました。

午後2時に始まった式典は午後6時15分過ぎ、安倍氏の遺骨が会場を出発して終了となりました。終了は予定より1時間近く遅れ、この間、中継スタッフは終了までは館外に出られない状況でした。改めて館内で見た様子をお伝えします。

葬儀そのものは静謐な雰囲気でした。高さ約5m、幅約3mの遺影に、式壇はうっすらと雪化粧を施した富士山をイメージ。「四季を織りなす自然の美しさを愛し、我が国が誇る富士山の雄大な姿をこよなく愛した」安倍氏の思いを表現したということです。

式壇にはその他、中央に日の丸、その上に大勲位菊花章頸飾などの勲章がありました。大勲位菊花章頸飾、つまりは首飾りですが、安倍氏が亡くなってから授与が決定したものです。最高位の勲章で、外国の元首を除くと、吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘の3人の歴代首相に次いで戦後4人目の授与となります。

さらにその上には遺骨とともに議員バッジと、安倍元首相が生前、解決に向けて心を砕いてきた拉致問題のシンボル、ブルーリボンが安置されました。式壇の両わきには大型プロジェクター。スタンド席にはぐるりと鯨幕が囲んでいました。

安倍元首相の「国葬」が行われた日本武道館

諸般の事情を鑑みてか、全体にシンプルかつ質素な印象がありましたが、式典の進行もシンプルなものでした。

冒頭、安倍氏の功績を振り返る約8分間のVTR。戦後最も若い総理大臣の誕生(2006年第一期)、災害への危機管理、大胆な金融政策、成長戦略、地方創生、働き方改革、TPP発効、地球儀を俯瞰する外交、拉致問題への対応、平和安全法制の制定など……安倍氏自身が弾く「花は咲く」にのせて紹介されていきます。

演奏を終えて最後、誤って鍵盤に触れてしまう一幕も残さず映し出され、場内からほっこりした笑いが起きていました。

弔辞は葬儀委員長の岸田文雄首相はじめ、細田博之衆議院議長、尾辻秀久参議院議長、戸倉三郎最高裁判所長官と三権の長が続き、最も心が入っていたのは、友人代表としての菅義偉元首相でした。

安倍氏が銃撃を受けた7月8日のことを振り返り、「あなたならではの、あたたかな、ほほえみに最後の一瞬、接することができました」「天はなぜ、よりにもよって、このような悲劇を現実にし、いのちを失ってはならない人から、生命を、召し上げてしまったのか。口惜しくてなりません」……三権の長と同じく、認められた書面を読み上げるものでしたが、語り始めから追悼への“魂”がやどっていたと思います。

周辺は厳しい交通規制が敷かれた

「明日を担う若者たちが大勢あなたを慕い、あなたを見送りに来ています。総理、あなたは今日よりも、明日の方がよくなる日本を創りたい。若い人たちに希望を持たせたいという強い信念をもち、毎日毎日、国民に語りかけておられた」

安倍氏の若者への思いを綴ったところで、こみあげるものがあったのでしょう。気丈な表情に見えた昭恵夫人が初めて目頭をハンカチで押さえました。

「2人で銀座の焼鳥屋に行き、私は一生懸命、あなたを口説きました。それが、使命と思ったからです。3時間後には、ようやく、首をタテに振ってくれた。私はそのことを、菅義偉生涯最大の達成として、いつまでも誇らしく思い出すであろうと思います」

安倍氏の2度目の自民党総裁選出馬に向けて、説得を試みるエピソードは、まさにその情景が浮かぶような、菅氏ならではのものでした。

「総理大臣官邸で共に過ごし、あらゆる苦楽を共にした7年8ヵ月。私は本当に幸せでした」

何度も声を詰まらせる菅氏。弔辞が終わると、会場からは自然な拍手が湧き、昭恵夫人のマスクの下は涙でいっぱいだったのでしょう。マスクをずらして鼻の下をハンカチでぬぐっていました。

安倍氏の総理在任期間は歴代1位ですが、菅氏も7年8ヵ月、官房長官として安倍氏を支えてきた年月があります。弔辞に立つ菅氏はかつての官房長官、総理のときには見られない姿でした。失礼ながら、これほどのスピーチ力があれば、菅政権はもっと長かったのではないか……そんなことも感じました。

2020年12月4日、会見を行う菅総理〜出典:首相官邸ホームページ(https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/actions/202012/04kaiken.html)

「菅元首相が友人代表……?」と、開催前は現場でも違和感をもつ記者がいました。本来ならば、長らく“盟友”と呼ばれていた麻生太郎元首相では?……そんなイメージではありましたが、麻生氏は矢面に立ちませんでした。結果的には“正解”だったと言えます。

この他、式典開催前は外交団のメンバーが会場に入ってもなかなか着席せず、立ち話に花を咲かせていました。式壇をバックに記念撮影する面々もいました。日本人にはなかなか見られないその姿は、やはりお国柄でしょうか。一方、日本側は歴代首相が姿を見せると、周辺がにぎやかになりました。葬儀は故人を偲ぶものではありますが、実は参列者の旧交を温めるものでもあります。これも1つの形と言えるでしょう。

一方、会場のスタンド席には現職の議員、元議員が座りました。元議員の席には河村建夫さん、松本純さんら、さまざまな意味で話題になった元議員や、金子恵美・宮崎謙介夫妻、西川きよしさんの姿もありました。そして、印象的だったのは塩崎恭久・石原伸晃の両氏が姿を見せたこと。

政界にはかつて「NAIS(ナイス)」という言葉がありました。N=根本匠、A=安倍晋三、I=石原伸晃、S=塩崎恭久……小泉純一郎政権のころ、次世代を担うニューリーダーとして挙げられた4人の略称でした。そのメンバーは、根本氏はいまも現役(衆議院予算委員長)ですが、石原氏は昨年(2021年)の衆議院選挙で落選、塩崎氏は政界を引退しています。安倍氏も含む4氏が一堂に会する姿は、時の流れを正直に映し出していました。

今回の葬儀は「国葬」であるべきかどうか、大きな議論となりました。当日、武道館の外では、多数の人が献花に訪れた一方、反対集会やデモも行われましたが、館内は粛々と進みました。故人を送り出すという意味で「葬儀」そのものは極めて真っ当であったと言えます。(了)