米イラン戦争が現実になる日

<制裁を使ったチキンレースの先にはトランプ政権もイラン指導層も望まない本格的な軍事衝突が待ち受けている>

中東にまたも戦火の気配が漂い始めた。

2015年にイランが米英独など6カ国と締結した核合意を、ドナルド・トランプ米大統領が破棄してから1年余り。トランプ政権はイラン経済への締め付けを強化し続けている。

日量250万バレルを誇ったイランの原油輸出は経済制裁によって半減し、イラン経済は急激に悪化している。トランプは「最大限の圧力」政策を掲げて、残りの輸出を標的に。5月にはイラン産原油について8カ国・地域に認めていた禁輸の適用除外措置を打ち切るなど、大幅に制裁を強化した。トランプの最終的な目的はイランを困窮させ、アメリカ及び中東の同盟国に有利な新たな核合意を受け入れさせることだ。

戦争を望んでいないという点では、トランプとイラン指導部の意見は一致している。だが5月の制裁強化以降、中東の緊張は高まる一方だ。

中東の在留米軍に対するイラン軍の不穏な動き、米軍の増派、イランの関与が疑われるサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)船籍のタンカーへの攻撃、イエメンのシーア派武装勢力ホーシー派によるサウジ国内のパイプラインへのドローン攻撃。6月13日にはホルムズ海峡付近で日本のタンカーが攻撃される事件も起きた。

その一方で、衝突回避に向けた動きも米イラン双方から突然に湧き出している。イランのハサン・ロウハニ大統領は6月1日、アメリカがイランに「敬意」を払うなら対話に応じることは可能だと発言。マイク・ポンペオ米国務長官も、米政府は前提条件なしでイランと対話を行う用意があると応じた。

だが、両国がどれほど必死に衝突を回避しようとしても「軍事衝突の可能性は残されている」と、歴代の米政権で中東和平交渉に携わったウッドロー・ウィルソン国際研究センターのアーロン・ミラーは指摘する。実際、米政府が湾岸地域の軍備を縮小させる気配はなく、最大限の経済的圧力をかける方針も変わっていない。

イラン経済の生命線である原油輸出がさらに落ち込めば、イラン軍がイラクのシーア派民兵組織に命じて、イラク駐留米軍やアメリカ人外交官らを攻撃させる可能性は十分にあると、オバマ政権下で国防次官補代理(中東担当)を務めたコリン・カールは言う。

トランプ以上の強硬派も

アメリカ人が攻撃されれば米軍がイラクの民兵組織に反撃し、その報復としてイランがペルシャ湾でタンカーを攻撃するかもしれない。対立がさらに高まれば、米軍がイラン国内の核施設などを空爆するシナリオもあり得ると、カールは言う。

そうなればイランは、レバノンのシーア派武装勢力ヒズボラを使ってイスラエルにロケット弾を撃ち込み、多数の死者を出すだろう。それを受けてイスラエルが報復として大規模な反撃に打って出るのはほぼ確実だ。



原油価格が高騰し、イラン陣営の攻撃によってイスラエル人やアメリカ人の犠牲が出れば、米軍をイスラエルに派遣してイランの現体制を一気に葬り去るべきだという強大な政治的圧力がトランプ政権に押し寄せるだろう。その先にはイランへの地上軍派遣と、「トランプもイラン指導層も望んでいない」全面戦争が待ち受けていると、カールは言う。

まさに悪夢のシナリオだ。ただし米政府の対イラン政策は今のところ、トランプが主張する穏健路線と、ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)とポンペオが主張する強硬路線に分裂している。

交渉力に自信を持つトランプは、イランを交渉の場に引きずり出し、オバマ前米政権が制裁解除と引き換えに達成した15年の核合意よりも有利な合意に到達できると確信しているようだ。

一方、ボルトンとポンペオはミサイル開発停止やシリア撤兵など核問題だけにとどまらない新たな合意を結び、中東の大国としてのイランの力を大きく低下させたいと考えている。

「アメリカの強みは、トランプの動きをイラン側が予測できないことだ」と、オバマ政権下で大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたジェームズ・ジョーンズ退役大将は、米政治紙ザ・ヒルに語る。「ある朝目覚めたら、(イランの)海軍が消えているかもしれない」

あり得ない話ではない。イラン・イラク戦争末期の1988年4月、イラン軍がペルシャ湾に敷設した機雷によって米艦艇が損傷したことへの報復として、米海軍がイラン海軍を攻撃した。米軍にとって第二次大戦以降最大規模の水上戦闘となったこの衝突で、出動中だったイラン海軍の艦艇のうち約半数が沈没・損傷した。

「イランは従来どおりの手法で米軍を攻撃するのではなく、非対称的な形でアメリカの利害関係者を攻撃すべきだとの教訓を得た」と、ミラーは言う。「だから小型潜水艦で湾岸諸国のタンカーに機雷を仕掛けたり、ホーシー派がサウジアラビアのパイプラインにドローン攻撃を行ったりする」

米大統領の「自殺行為」

さらに、イランが核開発プログラムの一部を徐々に再開させるとの見立てもある。そうした行為を止める見返りとして欧州諸国から経済的支援を引き出したり、アメリカとの交渉の材料として利用するためだ。

「イランの立場に立てば、現状は持続可能ではない」と、コンサルティング会社ユーラシア・グループの中東アナリスト、ヘンリー・ロームは言う。「原油を輸出できなければ経済は立ち行かないから、彼らは圧力を緩和させるためにさまざまな手を試さざるを得ない」



米イラン両国が突然、交渉に前向きな姿勢に転じたことを明るい材料と見なす専門家もいる。だがイランにはイランの言い分があり、両者を交渉のテーブルに着かせるのは容易ではない。

イランは、まずは米政府が15年の核合意を遵守しない限り、新たな合意に向けた交渉には応じないとしている。つまり制裁を解除し、「最大限の圧力」を取り下げろという意味だ。

「核合意からの離脱で交渉のテーブルから離れたのはイランではなくアメリカだ」と、イラン側の担当者として欧米諸国との核交渉に当たり、現在は米プリンストン大学で教鞭を執るホセイン・ムサビアンは言う。

20年の再選を目指すトランプにとっては、厳しく批判してきた15年の核合意を容認するのは政治的な自殺行為になると、アナリストらは口をそろえる。

このまま外交上の膠着状態が続き、イラン経済への締め付けが強まれば、情勢が不安定化して軍事衝突につながる可能性は否定できない。アメリカとイランが戦争を望んでいないといくら声高に訴えたとしても。

<本誌2019年6月25日号掲載>


※6月25日号(6月18日発売)は「弾圧中国の限界」特集。ウイグルから香港、そして台湾へ――。強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴とは何か。香港デモと中国の限界に迫る。



ジョナサン・ブローダー


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