デジタルでは足りない、アナログ復権の裏に“不完全”の価値

デジタルでは足りない、アナログ復権の裏に“不完全”の価値

 私は音楽好きで、ロック・ポップス系ならば洋楽邦楽、時代を問わず幅広く聴くのだが、リスナー歴を振り返ると、「新しいメディア」の導入は割と早い方だったと思う。

 CDプレーヤーも、普及し始めの頃に買った記憶がある。初めてCDで曲を聴いた時の衝撃は忘れられない。ぐんぐん迫ってくるような音圧があり、今まで聴こえていなかった楽器の音が識別できる。それまでのオーディオシステムがショボかったのかもしれないが、こんなにも違うとは、思いもよらなかった。

 それまでは、アナログレコードやカセットテープで聴いていた。結構な枚数のレコード盤を持っていた気がする。でも、CDプレーヤーを購入してからは、レコードで持っているアルバムもCDで買い直していった。

 何より便利だったのは、CDが「ひっくり返さなくていい」ことだ。レコードで音楽を聴いたことがない人には通じないかもしれないが、レコードは、10曲入りのアルバムならば5曲ずつ「A面」と「B面」に分かれており、途中で盤を裏返して、もう一度針を落とさなくてはならなかった。

 曲を飛ばしたり、順番を変えたり、シャッフルしたりできるのも感動的だった。それまでは、好きじゃない曲が途中に入っていても、我慢して聴くことが多かった。レコードで曲を飛ばすには、当時持っていたプレーヤーでは、いちいち針を持ち上げて、顔を盤に近づけて溝を探し、そこにもう一度、そっと針を落とさなくてはならなかったからだ。

 もっぱらサブスクリプションの音楽配信サービスを利用している今では到底考えられないくらい、アナログレコードは「不便」だった。「アナログレコードへの郷愁」のようなものは、私の中にはかけらもなかった。配信とCDで十分満足していた……『アナログの逆襲』(インターシフト)を読むまでは。

 カナダのトロント在住のジャーナリスト、デイビッド・サックス氏による同書では、近年、レコードや紙製のノート、写真フィルム、ボードゲームといったアナログの製品が「復権」している現場を取材。急速なデジタル化の先にある「ポストデジタル時代」のあり方について論じている。

 読後、レコードプレーヤーと、イタリアのブランドであるモレスキンのノートブックが、たまらなく欲しくなった。本記事が掲載される頃には、あの「不便な」レコードプレーヤー(昔持っていたものは、引越しの時に捨ててしまっていた)が部屋に鎮座しているかもしれない。

 レコードを聴いてみたくなったのは、やはり「聴こえ方の違い」を確かめてみたかったからだ。すっかりデジタルな音に慣れた耳に、アナログレコードのサウンドはどう聴こえ、どんな感情を惹起するのか。

 かといって、CDに切り替えた時のように「これからはすべてアナログで聴こう」と思っているわけでもない。その時の気分やTPOによっては、配信やCDで聴くことになるだろう。要は、アナログレコード“も”聴くことで、音楽の聴き方のバリエーションを広げ、より豊かなリスニング生活を実現したいのだ。

 近頃の「アナログの復権」の理由も、同様だろう。デジタルに足りないもの、あるいは、デジタルだけでは満足できない要素を、多くの人が意識するようになってきた。だから、それを補うものとしてアナログが求められた。そして、アナログとデジタルを使い分け、時には融合させることによって、生活をより豊かにする――。そんな流れになってきているのだ。

デビッド・ボウイの声の震えが修正されなかった理由とは
 『アナログの逆襲』で興味深かったのは、音楽の制作サイドでも、アナログが見直されていることだ。

 今、世界中のポップ・ミュージックの制作現場では、プロ・アマ問わず、あまねく「プロ・ツールス」という音楽編集ソフトウェアが使われている。これを使えば、PC上で曲の一部を切ったり貼ったりできる。また、プラグインにより、ボーカルの音程を正したり、複雑なエフェクト(音響効果)をかけたりといったことも、いとも簡単にできる。レコーディングで、以前ならばミスで「録り直し」になったケースも、1クリックで処理できたりもする。

 しかし、最近になって米国では、昔ながらのアナログレコーディングができるスタジオに、ミュージシャンが殺到する現象が見られるという。アナログならではの音質を求めてのことだが、もう一つ理由があるそうだ。それは、プロ・ツールスでは「作業が終わらない」というものだ。

 つまり、プロ・ツールスは「何でも簡単にできる」がゆえに、「完璧な仕事」を目指そうとすると、ああでもない、こうでもないと、何度でもやり直してしまう。しかし、アナログならば、録り直しには手間とコストがかかるため、多少のアラがあっても、それを「味」として残し、OKとする。どうしても気に入らない時のみ、録り直しをする。

 幾多の伝説的なレコーディングに立ち会ったエンジニア、ケン・スコットの述懐が、こうしたアナログの「不完全の価値」を如実に物語っている。デヴィッド・ボウイの不滅の名曲『ジギー・スターダスト』のレコーディング時のエピソードだ。ボウイは、曲のエンディング近くに、涙を流しながら感情を込めて歌い上げた。

 その時のテイクは採用され、今も聴くことができる。だが、もし当時プロ・ツールスが存在し、その扱いに慣れたエンジニアが担当していたら、どうなっていただろう。おそらくその時のボウイの声の震えは、曲を「不完全」なものにするエラーとして、さっと1クリックで修正されただろう。

 ボウイの録音のように、不完全なもの、無駄なものを排除せずに残す決断が大事なのだ。それが、優れた創造につながる。制約があるからこそ、そうした決断をせざるを得ない。これこそが、アナログの「不完全の価値」だ。

 音楽を聴くときも、簡単に曲を飛ばせるCDや、延々と聴き続けられる配信だと、どうしても「聴き流す」ことになりがちだ。ところが、制約のあるアナログレコードならば、じっくり聴く姿勢になりやすい。集中して聴くことで、曲の新たな魅力、これまでとは違う感じ方を発見できるかもしれない。

 しかし、よく考えれば、「不完全の価値」はデジタルでも引き出すことができる。プロ・ツールスの便利な機能をあえて使わなかったり、配信やCDを、曲を飛ばさずにじっくり聴いたりすればいいだけだ。

 つまり、デジタルなツールを、アナログのマインドで使えばいいのだ。これこそ、もっとも簡単にできる「デジタルとアナログの融合」に他ならない。

 『アナログの逆襲』に取り上げられたさまざまな事例を参考に、身の周りにあるアナログにどんな価値があるのか、立ち止まって考えてみてはどうだろうか。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)


『アナログの逆襲』
-「ポストデジタル経済」へ、ビジネスや発想はこう変わる
デイビッド・サックス 著
加藤 万里子 訳
インターシフト
400p 2,100円(税別)

【ファシリテーターのコメント】
ビジネスの場で今でもよく使われるアナログ・ツールの一つに、「ポストイット」の商標で知られる付箋紙がある。会議や研修などでブレストが行われる際に用いられることが多い。1枚1枚にアイデアを書き込み、ホワイトボードなどに貼り、位置を変えながらディスカッションをしていくのだが、1枚のサイズに制限があり、中断した時に保存ができないなど、デジタルツールに比べると「不完全」ではある。だが、それゆえにポイントを絞ってアイデアを書き込んだり、短い時間で整理できるようにするといった工夫も生まれる。これもアナログの「不完全の価値」の一つと言えるだろう。
高橋 北斗


関連記事

おすすめ情報

ニュースイッチの他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

経済 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

経済 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る 動画一覧を見る

記事検索