長野県伊那市では、国内初の自治体によるドローンデリバリーサービス「ゆうあいマーケット」を運用している。サービス発足の経緯、利用者の反応、今後の課題を伊那市長の白鳥孝さんに伺った。

河川の上ならドローンを飛ばして物資を運べる

−伊那市では、全国で先駆けてドローンによるデリバリー事業を行なっています。事業を開始した経緯を教えてください。

「伊那市は東に南アルプス、西に中央アルプスがそびえ、3000m級の山に囲まれた地方都市です。中山間地域には集落が広い範囲に点在し、高齢者が買い物に行くにも、病院に行くにも移動手段がなくて生活が困難な状況に陥っています。居住者が長く土地に住み続けるには、伊那市がどういったサービスを提供できるか。その手段としてドローンが使えるのではないかという構想は実は6年ほど前からありました」

−そして2019年に、KDDIと伊那市の間で事業協定が結ばれました。

「市内を実証フィールドにして実験が行われ、そこで培った知見を元に航路の作成とプラットフォームを構築。自治体初のドローンによるデリバリーサービス『ゆうあいマーケット』が実現したというわけです」

−河川の上空にドローンを飛ばす提案は、市の職員から出たそうですが。

「はい。法律上、ドローンを住宅の上に飛ばすことができません。国交省と職員が知恵を絞って検討した結果、安全に飛ばすには、人が少ない川の上がいいだろうとなったわけです」

−昔は船で物資を運んでいたけれど、今ならドローンというわけですね。

「そうです。運ぶツールが船からドローンに変わっただけなのです。伊那市は中央部に天竜川や三峰川などの大きな川が流れています。郷土史を紐解いても、伊那市は河川沿いに集落が発展していきました。河川の上空で物資を運搬するのは、歴史的にも理にかなっているわけです」

白鳥孝市長

最先端デジタル技術に、人の手が加わるのが重要

−ドローンポートから公民館まで荷物を運び、公民館からはボランティアがユーザーの自宅まで運ぶという2段階のプロセスになったのはどういう理由ですか?

「現在の技術や法律では、ドローンで利用者宅まで運ぶことが難しいのがまず一点。二点目は、全てオートメーションで完結するのはなんとも味気ないという話になったからです。職員の提案で『ラストワンマイルは人の手で運びましょう』との結論になりました。ボランティアが運ぶことで、利用者と会話もできますし、それが高齢者の安否確認にもなります」

−素晴らしいアイデアですね。最先端技術に、人の手が加わった温かなサービスです。

「『地方創生事業』として評価されているのは、“最後は人が介在する”という点です。テストフライトを繰り返して、2020年8月5日にサービスをスタートさせました」

−利用者は高齢者が多いと思いますが、反応はいかがでしたか?

「概ね良好です。ほとんどのお年寄りはテレビを見ますので、ケーブルテレビのリモコン操作でデリバリーの予約ができるのがポイントです。ボタンを押せば、品物が300種類以上も出てきますから、買いたいものを選択して、会計ボタンを押すだけ。料金はケーブルテレビの受信料に加算されるので、キャッシュレスで行えるのも便利です。自分がいま欲しいものを、誰に気兼ねすることなくオーダーできますよね」

−スマホやパソコンではハードルが高くても、テレビならば簡単ですね。

「コールセンターが電話受付も行なっていますが、カタログから商品を選ぶので、注文できる品物の数が少ないのが難点。しかもカタログは紙資料なので、情報がアップデートしにくい。ケーブルテレビのデータなら更新も簡単です。朝11時までに予約していただければ、指定のスーパーマーケットからドローンポートに品物が運ばれ、公民館を経て夕方には利用者の家に届きます。ドローンが飛んでくるのを楽しみにしているお年寄りも多いのです。地域の理解と協力がありますので、2022年中にはさらにドローン物流エリアを拡大する予定です」

ケーブルテレビでの注文の様子。タクシーの予約もできる
−今後のデリバリーサービスの課題を教えてください。

「採算面で、ある程度は商業ベースにのせていかないといけないでしょうね。半面、利益優先にしていくと、そこに住み続けていきたいという利用者の満足度を高くするのが難しくなります。あくまで行政サービスの一環であることが大事です。ただ、配達のついでに安否確認やお年寄りの寂しさを紛らわせるなど、福祉的なメリットも出ているのも事実。そこに人員を配置すると、新たなコストもかかりますから。莫大な赤字が出ない限り、継続していけると思っています」

官民の柔軟な交流がサービス実装を可能に

−サービスが実装できている秘訣は何でしょう?

「職員の発案を市政に反映していること、また官民の連携も柔軟に行われていることです。ゼンリン、富士通、ソフトバンク、NTT東日本、沖電気工業といった大企業から、優秀な人財が伊那市に出向してきています。何か問題があった時にはすぐに各本社に投げて、それを事業チームにフィードバックしているのです。また、国交省などからキャリア官僚が出向しているのも、市単位では珍しいようです。そういう体制がなければ、我々だけではとても実装できなかったので、非常にありがたいことですね」

−デリバリーサービス以外ではどういったドローンの活用を考えていますか?

「農薬の散布、田畑に被害を与えるニホンジカの駆除の活用をすでに行なっています。今後は老朽化した橋梁や建物の点検にも利用する予定です。さらには3000m級の山にある山小屋の荷揚げと荷下げにも活用したいですね」

−高い山々に囲まれた伊那市ならではですね。

「ヘリコプターで荷揚げや荷下げを行うと、人件費を含め莫大なお金がかかるのが課題です。だから山小屋で欠品が出ても簡単に運べません。山小屋でビールを頼もうとしても、無くなっていたらとても残念…。でも、ドローンならば、その日のうちに美味しい生ビールが届けられます。これは山男である私の夢ですね(笑)」