戦前、航空機の部品メーカーとして立ち上がったマックス。戦後はその精密な技術を転用し、さまざまな文具機器をはじめ、建築資材・機器、農業資材や機器など製品の幅を広げてきた。同社製品で最も身近な存在となっているのがホッチキス。藤岡工場はその針を製造する主力工場で1日1億本を生産。工場長の松田伸之氏は、同社では珍しい化学のバックグラウンドを持つエンジニアとしてさまざまな生産技術刷新プロジェクトに関わり、生産性や安全性、品質の向上を実現。現在は「マックス針」に込められた数々の先輩や社員、内職の方の技術や思いを胸に、究極の工程間仕掛品ゼロに挑んでいる。

大学院で化学を研究就職は化学の知見を活かせる化学以外のメーカーを希望し、マックスへ

ー高校時代は医学部志望だった松田氏。浪人時代に一転、理学部に入学して化学を専攻。さらに大学院で“金属と有機物の新たな化合物質”を 100 種類ほど生み出すなど化学の世界に没頭。卒業後は化学を活かせる化学以外のメーカーを探すと、地元群馬のマックスが目に止まった。

生まれは群馬県の太田ですが、父の仕事の関係で関東を転々として、中学校から群馬県に戻りました。高校では医者になろうと思い、東京で浪人までしたのですが、東京生活をエンジョイしすぎて(笑)、金沢大学の理学部に入りました。金沢の街は知らなかったのですが、受験前に行ってみたら素敵なところで、ここに入ろうと方針転換し、頑張ったら無事入学することができました。

理学部では化学を専攻してそのまま大学院まで進み、金属の性質を利用して新しい化学物質をつくることに熱中しました。ニッケルやコバルトなどを化合してこれまで世の中になかったものを100種類くらいつくりましたね。何に使えるかはわからないんですが(笑)。ものが変わることが好きなんですね。混ぜ合わせて冷やしたり、熱したり…。数多く失敗しました。それこそ爆発させたこともあります。よく教授からは「なんでこんなものを混ぜたんだ」と言われましたが、「変わるのが面白い」と答えるしかありませんでした(笑)。就職に際しては、化学メーカーではなく、化学の知識を活かせる化学以外のメーカーを探していました。それと群馬の生活が長かったので、群馬に拠点がある会社を探していました。その中にあったのがマックスです。化学専攻ということが気に入られたようで、工場案内してもらった時から、「貴重な知識を持っているのでぜひ来てほしい」と言われ、そのまま入社しました。ボーナスが良くて、休みもたくさんあるのも魅力でしたね(笑)。

入社2年目で4億円のライン一新プロジェクトの責任者にだが大失敗でクビを申し出る

ー入社後、化学を専攻した松田氏に用意されていたのは総額 40 億円、期間4年の再開発プロジェクトの一環である、めっきライン全面刷新。規模は4億円。新人が任される仕事としては“無謀”とも思える規模だった。

最初配属されたのは生産技術部設備設計課。設計はやったことはありませんでしたが、アイデアを出して形にする。それをみんなが使って生産性が上がるというのはやりがいがあると思いました。

当時、藤岡工場では4年の歳月と40億円の予算をかけて生産設備を全面的に刷新する再開発プロジェクト(PJ)が始まったばかりで、私はその最初の工程、めっきラインを任されました。再開発PJのコンセプトは運搬の自動化と生産性を極限まで高めることでした。めっきラインの目標は生産性を3倍にすること。化学出身ですが、めっきは初めてだったので一からの勉強です。原理は割と簡単にわかりましたが、生産性を上げるために、取引先の大手鉄鋼メーカーさんに聞いたり、いろいろな工場を拝見して勉強させていただきました。もちろんいきなり本番ではなく、最初は1,500万円の実験ラインをつくりました。

日産 1 億本の製造ライン。めっき後、線材を直径 0.4mm に伸ばし(写 真)、接着、曲げ、箱詰めと工程が続く

めっきの効率を上げるには、いかに電気をたくさん流せるかなのですが、工夫を重ねて目標に近い数値が出せるようになり、いよいよ本番の高速ラインの建設に入りました。予算は4億円。新人同然の社員に4億の予算を任せるのは結構無謀なことをする会社だと思いましたが、そこまで割とうまくやれていたので、本番でもうまくいくと考えていました。ところがこれが大失敗。電極にプラチナを使っていたのですが、1カ月もしないうちに溶け出してしまったんです。導入費2,000万円が溶けた。当然ラインは動きません。上司に「プラチナが溶けました」と報告すると、「ラインはどうなった?」と聞かれ、「めっきはできません」と答えました。恐る恐る「私はクビですか」と聞くと、上司は「クビになんかするか。責任を取れ!」と。「ここから何を学ぶかが大事だ。お前がこれで成長するなら2,000万円なんて安いものだ」と。太っ腹な上司だと思いました。

それから日本中を飛び回りました。プラチナに代わる溶け出さない材料を探して。ここでも大手鉄鋼メーカーさんからいろいろな会社を紹介してもらったりしながら、何とか新しい金属を見つけ、めっきラインを稼働させました。2,000万円がさらに追加となりましたが、今でもそれが使われています。私はその後もいろいろ失敗しますが、めっきラインは思い入れが強くて、もう自分の子供のようにかわいい。毎日見に行っています(笑)。

工程間仕掛品ゼロへ挑む社員のアイデアから生まれた各工程時間がわ かるモニター

工場長という立場になった今、私はこのエピソードを若い人たちに研修で必ず話します。失敗は糧だと。失敗から何を学ぶかが、成長の糧、自信につながると。もともとマックスは「失敗、大いに結構」という会社。失敗してもいいからまず行動を起こすことが大事。そこから何を学ぶかが人と会社の成長につながるという考えなんです。

ーめっきライン完成後は、次工程刷新のサポートにまわりながら、4年がかりのすべてのラインの再開発の実現に関わった。その後は関連会社で、次世代の釘製造機開発に挑戦する。

関連会社では釘を製造していたのですが、そこの製造機を次世代のものに変えるという話でした。まったく新しい考え方で次世代の機械をつくる“夢のプロジェクト”。でも結果としては“夢”とまではいきませんでした。生産性は5倍くらい上がりましたが、次世代というほど画期的なものではなく、上司からは「お前のはこの程度か」と言われてしまいました。今でも思い出したくない過去です(笑)。でもそれはそれで勉強になりました。

ーその後は再び藤岡工場に戻り、生産技術業務などに関わり、樹脂製クリップの製造ラインの開発に取り組む。2005 年からは玉村工場に異動。品質保証部と製品品質課で釘打ち機を担当する。

樹脂製クリップは、スーパーなどで見かける野菜や果物などが入っている袋を止めるクリップです。この生産ラインの開発を担当しました。これも楽しい仕事でした。樹脂に刻みを入れて50m流して最後に巻き取る。樹脂は初めての経験で、ちょっと引っ張ると伸びて切れる。工夫を重ねてなんとか完成させました。一緒に開発を担当した先輩との相性が良く、失敗も多かったのですが、アイデアを出し合ったりするのが楽しく、よく徹夜もしました。思い返すと先輩の性格だけでなく、会社としてのベクトルや価値観が合っていたのだと思います。

特に藤岡工場の人はそういう人が多い。「おらが工場」の意識が高く、誤報で火災報知器が鳴ってもすぐにみんなが駆けつける。同じ目的に「行くぞ!」となるとビシーッと揃う感じで、気持ちいい。玉村工場で私は釘打ち機の品質保証を担当しました。これまた一から勉強です。玉村工場では7年間過ごしましたが、さまざまな部品の管理方法など、知見の幅も広がり、どこで問題が起きたのかとかという解析方法も増えていきました。

歴代工場長のイメージを引き継ぐも挫折フレンドリーで盛り立て役に徹しミーティングが活性化

ー玉村工場でさまざまな問題の解析方法を身につけ藤岡工場に戻った松田氏。待ち受けていたのはトラブルの解決だった。めっきした針金を伸ばす工程で針金が途中で切れる問題が発生していた。原因は潤滑剤で松田氏は化学の知見でこれを解決。その後は製造技術・品質課で課長などを経て、2017 年より工場長に。誰もが意見を言い合える活気ある環境づくりの“潤滑剤”として、「工程間仕掛品ゼロ」という究極のテーマに挑む。

工場長になるとは思っていませんでした。向かないと思っていましたから。工場長ってどこかビシーッとしていて近寄りがたいオーラを出す感じ。代々の工場長はそういうタイプでした。最初、そういう工場長になろうと頑張っていたのですが、1カ月も持たなかった(笑)。だったら工場全体を盛り上げる工場長になろうと。ピリッとした工場より、働くことが楽しいと思える工場にしていこうと変わっていきました。最近は工場全体に活気が出るようになったと言われています。特にミーティングが変わりました。

それまで私自身が感じていたことですが、発言しにくい会議って、出席すること自体が苦痛だなって。そこで、私は、会議に参加している感をもってもらうことが大事だと考え、間違ってもいいから言いたいことは言い合おうという方針で発表してもらうようにしました。発言したことは認め、はなから否定しない。誰もが発言しやすい空気をつくり、私もできるだけ話しかけられやすいように心がけています。今はどんどん意見が出ています。もともと私は人とコミュニケーションを取るのが好きで、入社後にあった販売実習では、営業の楽しさを知って、実習後「営業部に入れてください」と言ったくらいですから。さすがにその時は「理系だろ、ふざけるな」と言われましたが(笑)。

工場長としての最大のミッションは、工程間にある仕掛品をなくすこと。ほかの工場も同じで、もう7年間続いているテーマです。これまでは工程間に仕掛品があると、お客様から要望があったときにすぐつくれるから悪いという認識はなかった。でもそれを会社は「なくせ」という。仕掛品がなくなれば、設備が故障したり、急にオペレーターが休んだりすると生産が止まってしまう。思い切って休めないし出荷の予定も組めない。いろいろと課題が出てくる。つまり仕掛品をなくすことであえて課題を出すのです。するとどうしたら良いかをみんなが考えるようになる。

最近は各工程にモニターがつきました。工程間の連動性を高めるために前の情報がほしいというみんなの意見で設置されたのです。また従来一斉に行っていたラインメンテナンスもラインごとの稼働時間を分析して、日にちや時間を変えて動かしながら行うようになりました。メンテナンスのスケジュールはモニターで確認できます。これでやり忘れも不必要なメンテナンスもない。多能工化も進み、休みを思い切って取れるようになった。「これってムダじゃないか」ということがどんどん出てきて、みんなが自主的に動いている。工場がどんどん強くなっている。誰かに言われての改善は本当の改善ではない。みんなが本当に困ったことがあるから、痛い思いをするから必死に改善を考える。私はそれを聞いて会社の予算を考え、お金を使う。みんなの潤滑剤になるだけ。食堂やトイレのリニューアルも進んで、より使いやすい、リフレッシュしやすい環境も整備されています。みんながすごく喜んでくれた。今、仕掛在庫は半分まで減っています。

今でも針の箱詰めは内職者の手作業小さなホッチキスの針1本1本にものすごい思いとノウハウが詰まっている

内職者による針の箱詰め作業。自動化が進んでも内職者への依頼は続 けていく

強い工場にするためには、やるべきことはまだまだあります。針の箱詰めの自動化もその1つ。実は藤岡工場は操業開始から箱詰めは外の内職の今でも針の箱詰めは内職者の手作業小さなホッチキスの針1本1本にものすごい思いとノウハウが詰まっている方にお願いしていました。一般の方や障がい者施設の方などに幅広くやっていただいてきたのですが、それでも急な需要があると無理なお願いができず、お客様の要望に応えられないこともあった。そこで自動化を進めているのですが、すべてを自動化しようとはしていません。マックスという会社はそういった地域の方々に支えられてここまできた。

そこは忘れてはいけない。そもそも単純にコストだけを考えれば、海外でつくったほうが安くなる。でもそういう考えではなく、海外より安くつくれる強い工場になるよう、改善を積み重ねて頑張っているんです。小さなホッチキスの針ですが、ここにはものすごい技術やノウハウ、思いが詰まっている。だからこそこれから先も支えてきた人、未来のお客様のために、選ばれる工場として極限までリードタイムを減らし、品質を上げていきたい。この藤岡工場のみんなと一緒に。(取材・文 佐藤 さとる)

プロフィール
松田 伸之氏(まつだ のぶゆき)

1965年群馬生まれ。91年金沢大学大学院理学研究科卒業後、91年マックス㈱入社。生産技術部設備設計課に配属。いきなり4億円規模のめっきライン刷新に取り組む。2003年設備戦略推進プロジェクトで関連会社を支援。05年玉村工場品質保証部、製品品質課。12年に藤岡工場に戻り、製造技術・品質課などを経て17年より現職。小学校から大学まで水泳を続け、大学時代は北陸代表に。金メダリストの鈴木大地氏と泳いだこともある

マックス㈱ 藤岡工場
1963年8月操業開始。消耗品専用工場として事務機器、機工品などの各種ステープルや鉄筋結束機用ワイヤの生産をはじめ、オートステープラ用高精度針などを製造。素材から完成までの一貫製造システムを自社開発設備で構成。93年スクラップアンドビルドで再開発を実施し、97年に再開発完了。従業員数164名(派遣社員等含む)。敷地面積19,157㎡。所在地 〒375-0004 群馬県藤岡市森33-1
【販売サイトURL】

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 日刊工業新聞ブックストア

【雑誌紹介】

雑誌名:工場管理 2021年7月特別増大号
 判型:B5判
 税込み価格:1,870円

【特集1】“モノづくりDX”ファーストステップ!
【特集2】間接業務効率化の切り札になる!はじめてのRPA

今、モノづくり現場で「DX(デジタル変革)」が声高に叫ばれているが、その広がりは諸外国に比べて遅い。その原因の根底には、「DXがなぜ必要か」「DXで何が起こるのか」への理解不足があるのではないだろうか。特集1では、「そもそもDXとは何か」といった基礎からモノづくり現場のDXをやさしく解説。モノづくりDX推進の具体的手法にも触れるとともに、実際にDX推進で変革に成功した企業の事例を紹介しながら、モノづくりDXによるビジネスモデル変革の実際を紹介する。 特集2では、業務の自動化システム「RPA(Robotic Process Automation)」について、初心者を対象にRPAの基礎知識や導入の進め方、活用イメージをわかりやすく解説する。