科学用基盤モデルの構築に向けてロボット技術が不可欠になっている。再現性の高いデータを大規模に集める必要があるためだ。計測機器は高速化したが、細胞培養や試料調製などの前処理は人手で行われている。前処理プロセスのデータを記録し、再現性を担保する必要がある。

「同じ人でも半年たてば実験を再現できなくなる。ロボット技術は必須だ」と、キャトルアイ・サイエンス(京都府京田辺市)の上島豊社長は断言する。研究施設や組織のデジタル化とシステム化などを手がける。

研究者はアイデアを思いついたらすぐ実験し、結果を見て次のアイデアに夢中になりがちだ。実験条件などをノートに記録するのは後世に残す目的よりも、本人の備忘録程度の内容が多い。そのため記録されない実験項目は多い。

上島社長が調査した研究室では細かな設定を含めると300項目ほどの実験条件があった。その論文に書かれた実験条件は10項目。上島社長は「研究者本人も意識していない項目が少なくない」と指摘する。一方で、すべてを記録していると負担が大きく、研究活動が停滞する。そのため記録を丁寧に残す運用が定着しているのは放射光施設や共用先端機器などの受託測定部門に限られる。データが再現しないと責任問題になる部門だ。

その受託部門でさえ長期的な課題がある。測定手法や実験手技が日進月歩で開発されるため、ほしいデータやプロトコル(手順)がどんどん変化する。上島社長は「当初のデータベースや管理システムに収まらなくなる」と指摘する。結果として記録されない条件が増え、データの価値が下がっていく。

ここで実験のロボット化が注目されている。ロボット化する手間はかかるが、細かな手技までデータに残る。そのため再現実験がしやすくなると期待されている。

東京大学の長藤圭介准教授は粉体の塗布成膜工程をロボット実験で最適化した。卓上小型ロボで懸濁液を塗布し、加熱乾燥の条件をベイズ最適化で絞り込む。長藤准教授は「学生は『僕は実験職人になりたくない』と考えて実験ロボットを構築した」と振り返る。クラックを抑える成膜条件が見つかった。

この実験システムを引き継いだ後輩が再現実験をすると最初はデータが合わなかった。これは季節が違うため湿度が原因だと予想できた。調湿機能を追加するとデータが再現され、新しい研究テーマが進んでいる。長藤准教授は「ロボットを使っても、すべては同じにならない。だが原因の絞り込みが格段に楽になった」と目を細める。ロボットの普及は研究管理の柔軟性を広げ、データの価値を高めることにつながる。