空前の大ブームから一転、全盛期の頃に比べると陰りを見せている高級食パン市場。一時は高級食パン専門店に行列ができるほどの人気ぶりだったが、ここ最近では「閉店ラッシュ」や「ブーム終焉」の報道が相次いでいる。

 こうした逆風をものともせず、冷静に戦局を見つめているのが乃が美だ。

 高級食パンブームの火付け役として市場を切り開いてきた乃が美は、国内250店舗を誇る高級食パン専門店のリーディングカンパニーとして、今後の動向が注目されている。

 乃が美ホールディングス取締役 営業本部長 小林祐人さんに、高級食パンブームに対するスタンスや事業展開で見据えていることを聞いた。

◆普通の食パンの「不満」を解消できた高級生食パン

 乃が美は2013年に大阪・上本町に1号店を出店以来、高級食パン市場を牽引し、今や日本全国に展開するほどの高級食パンブランドに成長した。

 普通の食パンと比べて高価格帯にもかかわらず、なぜこれほどまでに支持されるようになったのか。

 小林さんは「普通の食パンを食べる人にとって、潜在的な“不満”を解消できたのが大きい」とし、次のように説明する。

「当時の社会背景としては、少子高齢化や女性の社会進出の影響でお米の消費が減り、代わりにパンの消費が増えていました。こうしたなか、普通の食パンは耳の部分が硬くて食べられなかったり、サンドイッチにした際に捨てざるを得なかったりといった課題があった。

 社内では『美味しいパンはあるけど、美味しい食パンはないよね』と話していて、普通の食パンを食べている方の物足りなさを解消し、喜ばれる食パンが作れたらいいのでは。そう考えるようになり、何度も試行錯誤をして乃が美の高級生食パンが生まれたんです」

◆雑誌に掲載されたことで行列ができるように

 だが、高級食パン専門店として出店してから1年ほどは客足が伸び悩み、苦労を経験したという。

 これまでになかった値段の高い食パンだったことや、大阪の上本町の店舗が人通りの少ない路地に構えていたこともあり、苦戦を強いられた。

 転機になったのは、とある雑誌に取り上げられたことだった。

「創業以来、『歴史に残る日本一のものをつくる』というミッションを掲げ、食パンの品質にこだわっていたので、“いいものを作ればお客様は来る”と思いながら高級生食パンを販売していました。味もさることながら、食パンなのにお土産や差し入れにも喜ばれる商品としての魅力が訴求ポイントになり、ギフト需要を取り込めたのが成長のきっかけになっていると思います。このような普通の食パンとは違う高級生食パンの特徴を雑誌が取り上げてくれたことで、店舗には行列ができるようになり、他の地域へも出店する足がかりとなったんです」

◆好立地や中心地への出店を避ける理由とは?

 2015年からFC展開を始め、その1号店を愛知、2号店を福岡へ出店。東海地方や九州地方へは初の店舗展開だったが、売り上げに手応えを感じ、この勢いで全国展開を画策していったという。

 さらに同時期には、BALMUDAなどの高級トースターが台頭し、消費者が自宅で美味しいパンを食べる需要が高まったのも、多店舗展開の追い風となった。

 そんな乃が美だが、好立地や中心地への出店を極力避けるような形の出店戦略をとってきている。

 無論、立地が全てではないが、ブランド認知やアクセスのしやすさを考えれば、駅近物件や大通り沿いの物件に出店した方が多くのメリットを享受できることに変わりはない。

 乃が美独自の出店戦略について、小林さんは「高級生食パンは、偶然お店を見つけて入る『機会来店』ではなく、高級生食パンを求めて買いに来る『目的来店』なので、立地環境はあまり関係がない」と話す。

「我々はプロダクトアウトの会社ですので、品質のいいものを作ればお客様に手にとっていただけると考えています。そのため、あえて好立地な物件を選ばなくても、パン工場を併設したお店を出せる立地であれば出店し、店舗を拡大してきたんです。路地裏やメイン通りから少し外れた場所に出店すれば、家賃も抑えることができ、収益性も高まる。このような理由から、立地に縛られない店舗展開を行っています」

◆感度の高い東京は最後まで出店機会を遅らせていた

 だが、東京については一号店を出店する場所選びについて、 慎重に進めていったという。

 現在、乃が美は全国47都道府県に店舗を構えているが、東京進出は46番目と最後の方まで出店を遅らせていたのだ。

「東京は最もポテンシャルの高い街で、市場のニーズも大きいことはわかっていました。ただ、流行の移り変わりが激しく、たとえ大阪発の高級食パン専門店が話題になっているという前評判があっても、最初の出店場所は相当吟味しながら機会をうかがっていました。中途半端に出店しても、感度の高い東京のお客様には受け入れられないのでは、という懸念もありましたので、ここは慎重な判断を持って東京進出しようと考えていました」

◆満を持して東京進出。一号店に選んだ場所は…

 満を持して出店場所に選んだのは、東京でも富裕層が多く集まる麻布十番店だ。乃が美にとって、念願の東京初進出を果たしたのは2018年。

 奇しくも、ちょうどその頃は「銀座に志かわ」や「ハレパン HARE/PAN」など、他の高級食パン専門店ができ始めていたこともあり、東京での高級食パンニーズの下地が整ってきたタイミングだった。

「東京でも高級食パンブームが盛り上がり始める時期だったのは、大阪では名のある乃が美にとって、ベストなタイミングだったと思います。特に出店時期については肌感覚で決めた部分もありますが、それが功を奏して麻布十番店に関しては、オープンからずっと好調を維持しています」

◆高級食パンブームを仕掛けた自負はない

 そんななか、昨今では高級食パンブーム終焉の声も聞かれる。高級食パン専門店にとっては、市場が成熟してきたからこそ、新たな成長戦略を描いていく必要があるだろう。

 乃が美は逆風が吹き荒れると言われる市況感をどう捉え、事業を運営しているのか。

「まず、乃が美として高級食パンブームを仕掛けたとは思っていないんです。純粋に美味しい食パンをつくろう、世界一の食パンをつくろうという思いが根本にあるため、高級食パンブームに合わせてビジネスを展開しているわけではない。

 逆にブームが巻き起こったことで、高級食パンを食べてもらうお客様が増えたことは、すごくプラスになっていると思います。ブームが終わっても食は普遍的なものですので、乃が美のつくる食パンで美味しい食卓を彩り、食パンを通じて食の豊かさを提供できるように取り組んでいます」

 現在、乃が美の主力商品は創業期の味わいを復刻させた「創業乃が美」と、9年の歳月をかけて独自のおこげ製法を編み出し、新感覚の食感を生み出した「黒山乃が美」の2種類だ。

 特に後者の黒山乃が美は、食パンにおいてタブーとされる“焦がし”を製法に取り入れる斬新な商品となっており、 乃が美の技術を結集させたものとなっている。

◆ライバルはお米。食パンを食べる機会を増やしたい

 商品開発に力を入れるほか、小林さんは「食パンの喫食機会を増やし、食文化を豊かにしていくためにもペアリングやレシピの提案もしていきたい」と意気込む。

「従来、食パンは朝食が主流でした。ですが、これからはランチやお酒にも合うような食パンを提案できるようにしていければと思っています。ライバルはお米だと思っていて、それはどんなおかずにも合わせられるから。こうした既存概念を覆し、食パンが朝昼晩のどのシーンでも食べてもらえるように工夫していきたい」

 レシピ開発は、「ミシュランガイド東京2020」から3年連続でミシュラン一つ星を獲得した、フレンチレストランSioのオーナーシェフとして知られる鳥羽周作氏とアンバサダー契約を結び、さまざまな食シーンに合ったレシピを作っていくという。

 また、子供からお年寄りまで、誰もがひと手間加えれば簡単に美味しい食パンができるレシピも考えていくそうだ。

 世界一の高級食パン専門店を目指し、乃が美の挑戦はまだまだ続く。最後に小林さんに今後の展望について聞いた。

「東京に関して言えば、まだ8店舗しか展開しておらず、もっと出店できる余地があるので、今後も時期を見極めながらさらに店舗を増やしていきたいと思っています。また、マクロな視点で見ると、日本全国で1000店舗、2000店舗と広げていくのは現実的ではないと考えていて、成長ドライバーは海外にあると捉えています。

 昨年、台湾に1号店をオープンしましたが、気候や手に入る材料が日本と異なるゆえに、レシピを安定させ、乃が美の求める品質を担保するのに苦労しました。こうした課題を乗り越え、さらにはコロナや物価上昇などの社会背景を踏まえながら、折を見て海外へも店舗を広げていきたい」

<取材・文/古田島大介>

【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている