第5回WBCは侍ジャパンが3大会ぶりに王座を奪還した。現役メジャーリーガーが4人も参加した今大会は侍ジャパンも他国の例に漏れず、本気で頂点を目指すことができ、それを結果として残すことができた。結果も素晴らしいが、指揮官の栗山英樹監督をはじめ、野球の楽しさを伝えてくれたメンバーにはただただ敬意を表したい。
◆「やりたい野球」に選手をはめ込まなかった

 今回の侍ジャパンの戦いぶりの中で強く感じたのは、これほど「個性」が際立ったチームはなかったのではないかということだ。もちろん、野球はチームスポーツなので、試合の中ではミスをカバーし合うことは多々あったが、個人の力が試合に反映されクローズアップされることが少なくなかった。

 それは栗山監督が「個性」を重視して、自身の「やりたい野球」に選手をはめ込まなかったことに起因するだろう。

◆「あまり動かなかった」栗山監督

「とにかくすごいメンバーが揃っているので、僕としてはその邪魔をしないようにと思っています」

 栗山監督はそう語り、あまり動かなかった。それが準決勝の苦戦に繋がったという背景もあるのだが、劇的な逆転劇も生んだ。結局、個性を殺さなければ、たとえうまくいかないときがあっても、挽回できるということであろう。

 個性が生きた背景には、いい空気で選手がプレーしやすい環境を作った一人のメジャーリーガーの存在も大きい。

◆若手をリスペクトしたダルビッシュ

 それは直前の宮崎合宿に、メジャーリーガーで唯一参加したダルビッシュ有(パドレス)だ。ダルビッシュはとにかく参加した若い世代の選手たちとの会話を多くして、彼らの取り組みをリスペクトした。

「なぜ、その練習してんの?」
「それやってみてどうなの?」

 スーパースターが自分のところまで降りてきて話しかけてくれる。野球を始めたときからプロに至るまで、監督やコーチ、先輩から厳しく指導を受けてきた若い選手たちからすれば、自分のやっていることを立ててくれるダルビッシュの姿勢は居心地がよかった。そして、それがプレーしやすい環境につながった。

◆メジャー組と国内組がうまく融合

 メジャーリーガーと国内組と分け隔ててしまうと溝ができかねないが、ダルビッシュが直前合宿で空気を作ったことで、のちに大谷翔平やヌートバー、吉田正尚が合流してもその空気は変わらなかった。

 栗山監督と“影のキャプテン”ダルビッシュ。彼らがともに個性を重視したことが今回の結果につながったことは紛れもない事実だろう。

「今のチームはフィールド外で笑顔が溢れていますし、みんな仲がいいですし、本当にチームとして一致団結していました」

 優勝後の会見でダルビッシュはそう語っている。

◆個性を生かすチーム作りは継続すべき

 一方、ダルビッシュはチームへの最後の挨拶で、「3年後も金メダルを取りにいきましょう」と選手たちに呼びかけている。これには連覇をしようという想いと、みんなそれまでに成長して選ばれるような選手になろうという意味も含んでいると推察するが、世間が気になるのは今後の代表チームの動きだろう。

 国際Aマッチーデーなどがあり定期的に活動するサッカーとは違い、活動が少ない野球のナショナルチームは姿が見えにくいところがある。監督の人選にしても、どうやって決まったのかがよくわからない。それは他国を見てもそれほど変わった感じでもなく、往年のスーパースターが監督やコーチをやっていたり、現役選手がGM(ゼネラルマネージャー)をやっているというケースもある。比較的リラックスして、監督選考を行えるのはややもすると野球のいいところかもしれない。

 ただ、一つ忘れてはいけないのは、今回の栗山監督が作り出した空気は継続していきたいというところだ。選手ファーストであり、個性を重視する指揮官であることは今度の代表チームを指揮する指揮官の人選には大事してもらいたい。また、決勝戦の継投がそうであったように、世界の野球事情に敏感なマインドの持ち主であることも重要だ。

◆次の監督は誰が適任なのか?

 報道などでは、古田敦也氏や原辰徳氏、工藤公康氏などが挙げられているが、実際に適任者は誰なのだろうか。

 こういった報道でよく耳に入ってくるのが、テレビ局の意向が反映されるなどの風説だ。正直、そういった決勝戦の中継をしたテレビ朝日のキャスターだった栗山監督や東京五輪の監督になった稲葉篤紀氏にはそういう経緯があると言う人もいるが、情報に興味がない筆者はそんな夢のない話は議論の対象としてはいない。極力、代表監督の選出はクリーンに進めてもらいたいものだ。

 今回の栗山監督が生み出した空気を踏襲する意味では、やはり慎重な人選が迫られるが、たくさんのヒントをもらったのも事実だ。

 たとえば、ダルビッシュの存在。パドレスと6年契約を結んでいるだけに、3年後も第一線で戦っているはずだ。しかし、コンディションの問題でどこまで参加に前向きになってくれるかわからない。とはいえ、ダルビッシュの存在は不可欠だ。

◆ダルビッシュが「選手兼GM」になれば…

 そこで提案したいのは、ドミニカ共和国代表が採用している選手兼GM制度だ。今大会は、選手として過去に優勝経験のあるネルソン・クルーズがその役を務めた。クルーズは選手たちの相談役などを務めたり、球団との出場の交渉役を進めたりしたという。チームをまとめる役を担ったという点では、今回のダルビッシュと似ているところがあるようだ。ならばと思うわけである。

 今大会はダルビッシュ選手が買って出てくれた「チームのまとめ役」をポストとして用意し、代表の中枢にいてもらう。監督の人選までもダルビッシュに任せるかどうかは別としても、大谷翔平や今の若い選手たちにとって心酔度の高いダルビッシュ選手は適任なのではないか。

 そして、もしかするとダルビッシュはこんなお願いをしてくれるかもしれない。

「イチローさん、監督やってくれませんか」

 夢みたいな話だけど、実現してほしい話である。
 
<文/氏原英明>



【氏原英明】
新聞社勤務を経て、2003年にフリージャーナリストとして活動開始。『Number』(文藝春秋)、『slugger』(日本スポーツ企画)などの紙媒体のほか、WEBでも連載を持ち、甲子園大会は21年連続、日本シリーズは6年連続、WBCは3大会連続で取材している。2018年8月に上梓した「甲子園という病」(新潮新書)が話題に。2019年には「メジャーをかなえた雄星ノート」(文藝春秋)の構成を担当。 Twitter:@daikon_no_ken