昨今、地政学への関心が高まっている。中でも有名なセオリーといえば、領地内の自給自足を完結させるため、新たな領地を開拓しようとするロシア、中国といった大陸国家「ランドパワー」と、自由で開かれた交易を重んじる独立主体のイギリス、アメリカ、日本などの海洋国家「シーパワー」による対立だろう。
 経済学者の上念司氏は、「世界で過去に起こった戦争をこの理論から紐解くと、より理解が深まる」と続ける。

「ランドパワーVSシーパワー」の構図で読み解く、世界大戦の枠組みとは?

 経済学者・上念司氏の新刊『経済で読み解く地政学』(扶桑社刊)の一部を抜粋、再構成してお届けする。

◆第一次世界大戦では、シーパワーがランドパワーの対立を利用した

 これまでの歴史上の戦いを振り返ると、19世紀のヨーロッパにおける帝国主義戦争は、シーパワーのイギリスがランドパワー同士の対立を利用して彼らを一つに結束させないようにする構図であることが分かります。

 しかも、シーパワーのイギリスにランドパワーのフランス、ドイツ、ロシアなどが入れ替わり立ち替わり戦いを挑むという構図です。

 イギリスにとっては、ランドパワー諸国が統一されて巨大な力を持つことを避けなければならないので、いろいろな駆け引きをしてランドパワー諸国を対立させたり、一部と同盟を組んでかき回したりするわけです。

 このような大きなフレームワークで第一次世界大戦を解釈すると、シーパワーのイギリスがフランスとロシアというランドパワーと同盟を組むことで、同じランドパワーのドイツ、オーストリア、トルコを分断したという構図が浮かび上がってきます。

 そして途中から強力なシーパワーとして台頭してきたアメリカがイギリス側に味方して参戦します。当時、アメリカに次ぐシーパワーだった日本もアメリカ同様、イギリス側で参戦しました。

 つまり、第一次世界大戦では、シーパワー諸国は一致団結し、ランドパワー諸国は分裂していたわけです。

◆日本がランドパワーに味方した第二次世界大戦

経済で読み解く地政学 ところが、第二次世界大戦においては、日本はほかのシーパワー諸国であるイギリス、アメリカと分断され、ドイツ、イタリアといった当時のランドパワー側に味方するようになります。それは、陸海の最強国であるソ連とアメリカを同時に敵に回すことを意味します。

 当時の政策担当者は「日ソ中立条約があるのでソ連は敵ではない」と信じていたのでしょうか?

 もしそうなら、かわいそうなぐらいのお人好しだったとしか言いようがありません。結果的にソ連はこの条約を一方的に破棄し、敗戦直前の日本に総攻撃を仕掛けます。

 満州や樺太、千島列島で犠牲者を出し、一部の日本人はシベリアに抑留され極寒の地で強制労働させられるというトンデモない人権侵害が行われました。これは国家による大規模な拉致事件と言ってもいいでしょう。

経済で読み解く地政学 戦前の日本の中にはシーパワーを志向する人々と、ランドパワーを志向する人々の対立がありました。

 そして、日露戦争以来、軍や政府の中でもこの対立は曖昧にされたままで、白黒をハッキリつけませんでした。

 マハンのテーゼでも、「いかなる国も、大海軍国と大陸軍国を同時に兼ねることはできない」と指摘されていましたが、奇しくも日本はこのテーゼに反して戦略の混乱を招いてしまいました。

 日露戦争に勝てた要因は日英同盟とアメリカによる多額の国債引き受けであったにもかかわらず、シーパワー同盟に自ら背を向けた。

 第一次世界大戦から第二次世界大戦に至る間の戦間期において、国際政治は19世紀的な大国のバランス・オブ・パワーから、現代につながる国際秩序へと変わりつつあったのに! 

 当時の日本の為政者たちは時代の変化に鈍感で、満洲事変、支那事変と武力による現状変更に手を染めてしまいました。確かに、19世紀的なルールではOKだったかもしれませんが、この時点ではもうNGでした。

 しかも、当時日本は国際連盟の常任理事国です。現在、国連の常任理事国であるロシアがクリミア併合やウクライナへの戦争(自称「特別軍事作戦」)を強行し、全世界から総スカンを食らっています。当時の日本もまさにこれと同等かそれ以上のことをやってしまったのです。

◆「一発逆転」の考えに足を取られた、日本の大敗戦

経済で読み解く地政学 さらに、日本はシーパワー陣営を自ら敵に回すような日独伊三国同盟を結ぶ始末。支那事変という名の特別軍事作戦(日中戦争)はどんどん泥沼化して収拾がつきません。

 そんな中、アメリカの経済制裁は激しさを増します。日本の資産が凍結され、対日石油禁輸措置も発表されて万事休す。座して死を待つよりは、九死に一生を得るとのことで対米開戦の世論が盛り上がります。これは行動経済学で言うところの「プロスペクト理論」です。

 負けが込んだ投資家は、一発逆転を狙って無謀な賭けに出る。人は損失を回避しようとするときに支払う高いコストを恐れないと言います。

 当時の日本人はアメリカと戦っても負けることは分かっていました。しかし、負けると分かっていたのに大きな賭けに出てしまったのです。

 第二次世界大戦の中でも日米の戦いは歴史上稀に見る強力なシーパワー同士の戦いです。意外に思われるかもしれませんが、人類史上、正規空母対正規空母、機動艦隊対機動艦隊の戦闘が行われたのは、この日米決戦だけです。

経済で読み解く地政学 アメリカは予想以上の犠牲を出しましたが、軍事的に日本を屈服させることに成功しました。それは、皮肉にも開戦8カ月前に日本の総力戦研究所が行ったシミュレーションの結果通りでした。

 さて、戦争に負けた結果、日本は二度と国際秩序を破壊する側には回らないことを誓いました。ポツダム宣言の受諾とはまさにその国際的な約束です。

 そして、憲法改正は武力による現状変更は絶対に行わないことを国内法的にも宣言し、未来永劫約束するという意味がありました。これはアメリカを中心とする安全保障システムに日本が組み込まれ、今後は国際秩序を守る側に立つということでもあります。

◆日本は、何があってもウクライナを支援しなければならない

経済で読み解く地政学 だからこそ、日本はいまロシアによる侵略を受けているウクライナを応援しなければいけません。

 ウクライナは侵略から自国を守るために武力を行使しているのであって、それは国際法上完全に合法な行為です。ウクライナを見捨てることは、国際秩序に背を向けることであり、それは日本国憲法の精神に反します。

 日本国憲法はその成立過程から考えて、国際法との調和なしに解釈することは不可能です。日本国内に流布するガラパゴス憲法解釈(東大憲法学)に惑わされてはいけません。

 その東大憲法学は、もともと大日本帝国憲法を解釈するために生まれたドイツ国法学を祖とするランドパワー系の憲法学なのですから!!

「憲法9条教」と揶揄される東大憲法学が、かつて日本を惑わせたランドパワー系の観念論から出てきているというのは驚きですよね。

 このように、一度敗れ去ったランドパワー系の地政学とそれに関連するドイツ観念論はたびたび姿を変えて現代に復活しているのです。

〈上念司 構成/日刊SPA!編集部〉



【上念司】
1969年、東京都生まれ。経済評論家。中央大学法学部法律学科卒業。在学中は創立1901年の弁論部・辞達学会に所属。日本長期信用銀行、臨海セミナーを経て独立。2007年、経済評論家・勝間和代氏と株式会社「監査と分析」を設立。取締役・共同事業パートナーに就任(現在は代表取締役)。2010年、米国イェール大学経済学部の浜田宏一名誉教授に師事し、薫陶を受ける。リフレ派の論客として、著書多数。テレビ、ラジオなどで活躍中