元THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(以下、ミッシェル)のボーカルで、バンドThe Birthdayのギターボーカルであるチバユウスケさんが、11月26日に死去したことが発表された。
その音楽も生き様も唯一無二のロックであった故人の思い出を投稿し悼むミュージシャンも多い。そして、漫画家の井上雄彦氏をはじめ、各界から悲しみの声があがっている。

そんなチバさんと、アマチュア時代の福岡での共演をきっかけに仲良くなり、数十年来に渡ってお酒を飲む友人であったという福岡のあるバンドマンに、若き日のチバさんとミッシェルについて聞いた。

◆「客が十数人のライブハウス」の思い出

話を聞いたのはナオキさんという男性で、若い頃から福岡を中心に若い頃から現在に至るまでバンド活動を続けている人物だ。

「ミッシェルと初めて対バンしたのは、1995年の2月で雪が降った日。場所は当時は博多駅の近くにあったDrumBe-1っていうライブハウスやったね」と、出会いを回顧する。

ミッシェルはシングル『世界の終わり』で1996年2月にデビューしているので、ちょうど一年前ということになるが、「俺らが呼んだのが十数人で、ミッシェルは2〜3人やったと思う。わりとガラガラだったよ」という。

その後の活躍を知っていると、集客が2〜3人とは信じられないが、当時はまだ、“全国的に大人気”というバンドではなかったようだ。

◆自分の音を前に出さなかった

ロックといえばギターサウンドが中心の音作りとなるが、そうしたサウンド面ではどうだったのか。

後に爆音で世界を魅了するミッシェルだが、当時のチバさんは音のバランスに独特なこだわりを持っていた。

「ミッシェルのリハで、チバちゃんがギターを弾く曲でも、PA(音響)さんに『ギターの音はアベ(ギタリストで2009年死去)9に対して、俺は1で出して下さい』って頼んでたのが可笑しかったね」(ナオキさん、以下同じ)

アベフトシという、後に世界中を魅了することになるギタリストの音を、バンドのサウンドの最前面に出す意志があったことが伺える。

「あの頃、俺もパブロック(ミッシェルのルーツになった音楽の一つ)が大好きだったんやけど、当時はパブロックと言うと、古臭くて田舎臭いイメージを持たれとった。でも、ミッシェルを見た時『歌詞とメロディーがオシャレだなぁ』と感心したのをよく覚えてる」

1960〜70年代にイギリスを中心に流行した古い音楽が、ミッシェルによって新しさを纏って世界に広がっていく萌芽がそこにあったのだ。

◆言葉少なに見えるが、意外な一面も

1996年のデビュー後、ミッシェルは飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を集め、テレビなどの出演も増える。そうした中でチバさんは、何かを饒舌に話すようなことはなく、どこかシャイそうにしている様子が印象に残っている人も多いだろう。

しかし、ナオキさんは違う一面も見ていたようで「俺はチバちゃんの言葉数が少ないと思ったことは一度もないよ!」と話す。

なかでも、特に盛り上がった話題について聞くと「やっぱり、好きなバンドのレコードの話でしょ! 打ち上げでも、パイレーツやDR.FEELGOOD、ルー・ルイスなんかの話をすると誰よりも止まらんかったし、ネットのない時代に全国のレコード屋マップを手に入れた時はマジで嬉しそうに話してくれたよ」と、憧れられる存在でありながら、いつまでも憧れる気持ちを失わなかった人だったようだ。

◆ロックスターであっても、どこまでもバンドマン

後に日本はもちろん、世界的にも認知されるようなロックスターとなったチバさんだが、どこまでもロックでバンドマンらしいエピソードは他にも。

「福岡に来ているチバちゃんから連絡あって、何かと思ったら『買ったレコードを見せてやる』とか言われて、レアなレコードをホテルの部屋で自慢されたりもした。あと、酔っ払って親富孝通りの飲み屋のシャッターを蹴飛ばして弁償させられたこともあった(笑)。酒の失敗をして『またやっちまった』っていうのは、何回も聞いたね(笑)」

取材を受ける時でも、ビールとタバコを手放さなかったことは有名だが、その背景には人間らしい失敗もあったようだ。

何よりバンドをやることがが大好きだったことがうかがえるエピソードも聞かせてくれた。

「俺が、当時やりよったバンドを辞めて『やる気が出ない』とチバちゃんに話したことがあったっちゃん。そしたら、『絶対またやりたくなるはずだよ!その時は一緒にやろうね!』って言ってくれたのを覚えとる」

◆突然やってきた永遠の別れ…

しかし、「いつか一緒に……」という願いは叶わず、チバさんは逝ってしまった。ナオキさんは「当時は冗談だったと思うけど、チバちゃんが『俺もお前も、長生きしてもしょうがないよなぁ〜』とか言ってたけど」と追憶する。

東京スカパラダイスオーケストラの谷中敦氏は自身のX(旧ツイッター)で「誰にも真似できない、という言葉は彼にこそ相応しい」と悼んだ。

代替のきかない存在としての唯一無二性こそ、チバさんの大きな魅力なのだろう。

「昔もそうだし有名人になってからも、とても自由でフランクな、ナチュラルマンだった。チバちゃんの立ち位置がどんなに変わっても、それが一つもぶれなかった」

いつも自然にロックに憧れて愛し続けたからこそ、徹頭徹尾ロックのアイコンとして輝いた存在だった。今回の話を聞いてまた、チバさんのあの声が聞きたくなる。

<取材・文/Mr.tsubaking>



【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。