Creepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」が話題です。アニメ『マッシュル-MASHLE-』のオープニングテーマに起用されると、TikTokで“BBBBダンス”をする動画が大バズり。アメリカやイギリスなど7カ国のビルボード「Japan Songs」チャートで首位に輝き、世界的にヒットしています。
◆「Bling-Bang-Bang-Born」言語の壁を超える魅力とは?

 この曲の何が人々の心をとらえているのでしょうか? 音楽ライターの北野創氏は、Webメディア『Mikiki』の記事内においてジャージー・クラブ(註)というサウンドの影響を指摘し、流行を意識した作りだと分析しています。(註・2000年代初めにアメリカ、ニュージャージー州で生まれた音楽ジャンル。特徴的なキックドラムのパターンを持ち、ヒップホップにハウスの要素をミックスさせたダンスミュージックの一種。韓国のガールズグループ「NewJeans」なども取り入れている)

 トレンドに乗ることは大切です。しかし、みんなが音楽に詳しくはないし、また知識がなければ楽しめないわけでもありません。だとすれば、言語の壁を超える背景には、もっと普遍的な魅力があるのではないか?

「Bling-Bang-Bang-Born」、中毒性の理由を考えてみたいと思います。

◆ピコ太郎「PPAP」との共通点も

 まず「Bling-Bang-Bang-Born」はすべてがサビのようにキャッチーであると気づきます。ふつうポップスは、AメロがあってBメロがあってからサビ、といった具合に、起承転結がはっきりしています。

 しかし「Bling-Bang-Bang-Born」には前フリらしい前フリが一切ありません。R-指定のめくるめくリズムと声色でリスナーを飽きさせません。言葉の意味を追わなくても、彼の発声で音楽を感じることができるからです。この離れ業がすでにサビなのですね。

 メロディの助けもなく、同時進行では歌詞の意味もつかめないのに決して退屈させない。声のリズムと抑揚がつけるニュアンスだけで音楽たり得る。これをいきなりクライマックスのテンションで展開することで、曲の軸が定まる。

「Bling-Bang-Bang-Born」がラップでありながらポップスのフィールドでも勝てる理由です。

「Bling-Bang-Bang-Born」を聞いて思い出したのが、同じく世界的ヒットのピコ太郎「PPAP」です。こちらも冒頭にインパクトの重心を置いています。形ではなく、曲の作りや意図するところが似ているのですね。

 ピコ太郎の場合は、間と呼吸による引き算のキャッチーさ。いまどき中学1年の教科書にも載っていないような英語をつぶやくだけ。にもかかわらず、聞く人の意表を突きます。ヌメッとした声色、選びぬかれた電子音、吟味されたテンポなど、配置の妙それ自体が強烈なフックになっているのでのっけからインパクトを生むのです。

「PPAP」にメロディらしいメロディはなくともまぎれもない音楽です。だから起承転結の“転結”だけで勝負をかけられるのですね。

◆歌詞の意味がわからなくても楽しめる理由
  
 そして「Bling-Bang-Bang-Born」と「PPAP」は、音数を最小限にとどめている点でも共通しています。聞き手の意識を集中させられるので、楽曲のキャッチーさがより凝縮して伝わります。サウンドを削ぎ落とすことで、曲のエッセンスがわかりやすく残る。Creepy Nutsがどのようなアイデアで組み立てていったか。その骨格を聞きながら確認できるほどにクリアなのですね。歌詞の意味がわからなくても楽しめる理由です。
 
 かつてアメリカのヒップホップ・グループ「ブラック・アイド・ピーズ」のウィル・アイ・アムは、こんな予言をしていました。曲からヴァースやコーラスといった区分はなくなり、すべてのセクションがコーラスになるだろう。男女問わずキーの高い低いも関係なく歌える曲が売れる時代が来る、と。

 シュプレヒコールのような「Bling-Bang-Bang-Born」のボーカルパートも、その要素を備えていると言えるでしょう。

 この煮詰めたシンプルさのおかげで、「Bling-Bang-Bang-Born」という弾ける言葉の響き、歌のメロディが効いてきます。

 せっかちなテンポとロシア民謡風の重厚なメロディはユーモラスです。大正時代の映像みたいな早送り感で、その組み合わせにも作者が皮肉を込めているのだと感じます。

 そうした土台があって、巻き舌気味に“ぶりりぃん ばん ばん ぼん”と歌うと、言葉にマジックが生まれるのですね。何の意味もない語句の羅列なのに、テンポ、Bフラットマイナーのキー、オリエンタルなメロディとあいまって、この曲のタイトルが「Bling-Bang-Bang-Born」以外にはありえなくなる。

 繰り返しになりますが、意味には何一つ重要なメッセージは込められていません。しかし、あらゆる音楽的な計算、策略がハマると、「Bling-Bang-Bang-Born」という言葉は替えの効かないものになる。テクスチャーを変質させ、トーンを一変させること。その瞬間に、音楽のミラクルが生まれるのですね。

◆“芸術的な荘重さ”ではなく、“計画的な軽薄さ”
 
 アメリカのロックギタリスト、フランク・ザッパ(1940-1993)はこう語っています。

<言葉が音声学上、音楽を助けるように使われるのだとしたら、歌詞はあくまでも控えめであるように曲全体を構成しなければならない。音楽に質感を与える、という機能だけのために。そのいい例が、1950年代のドゥワップ・ミュージックだよ。例えば「Da Doo Ron Ron(ダ・ドゥ・ロン・ロン)」。一体、この歌詞にどういう意味がある? でも立派な曲であることに違いないんだ。>(『インスピレーション』 著ポール・ゾロ 訳丸山京子 アミューズブックス刊 p.249)

 まさにこの質感を抽出するために、R-指定、DJ松永、それぞれの能力を駆使している。同時に、余計なギミックを我慢しています。「Bling-Bang-Bang-Born」の歌メロ部分は、「Da Doo Ron Ron」そのものです。語句の中にあるサウンドを引き出すことに集中しているからです。

 このように目的と方法が明確なので、ユニバーサルデザインのように形状と機能が一致しています。言っていることの中身が理解できなくても、何をしているか、もしくはしたいのかが伝わる音楽だというわけです。

 それが芸術的な荘重さではなく、計画的な軽薄さによってもたらされている点が、本質的にヒップホップである点も見逃せません。

 ゆえに「Bling-Bang-Bang-Born」は立派な曲であり、言語の違いを超えて決定的な響きを得ることに成功したのです。

文/石黒隆之



【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4