メジャーリーグ、ロサンゼルス・ドジャース大谷翔平の連日の活躍が日本人を喜ばせている。MLBを観察し、取材してきたライターの内野宗治氏はその圧倒的な力でさまざまな障壁や閉塞した世界を変えた「ゲームチェンジャー」だと評する。そんな大谷の活躍は「漫画のよう」とも言われているが、大谷自身もそれを自覚しているきらいがある……。
※本稿は、内野宗治著『大谷翔平の社会学』(扶桑社新書)の一部を抜粋、再編集したものです。

◆「ビデオゲームのよう」。パワプロ的な大谷翔平

 日本のメディアはよく、大谷の活躍を「漫画のよう」と表現するが、個人的には「ビデオゲームのよう」のほうがしっくりくる。「漫画のよう」と言うと、たとえば現実的にはありえない変化をする「魔球」を投げたり、あるいは「トルネード投法」的な飛び道具が出てきそうだが、大谷の場合はそうではない。大谷は投打ともに極めてオーソドックスな選手だが、単純に、すべての能力がありえないくらいハイレベルなのである。

 言うなれば人気野球ゲームである実況パワフルプロ野球、通称「パワプロ」でオリジナルの選手を育成するサクセスモードを極めた人が、裏技を使って全能力「A」ランクを持った完璧な選手を作り上げたという感じだ。まさにビデオゲーム的であり、実際にアメリカのメディアは投打の両方で突出した活躍を見せる大谷の成績を〝video game numbers〟(ビデオゲームのような数字)と表現することもある。

 ということを考えていたら2024年1月、大谷がそのパワプロの「アンバサダー」に就任したことが発表された。大谷はやはり幼少期にパワプロを楽しんでいたようで、インタビューでこう語っている。

◆「自分自身がパワプロの選手だと思って(練習を)やっていた」

「ある種、自分が選手というか『サクセス』みたいなものだと思う。自分に合った練習をして、休むこともですけど、練習したものが返ってくるという意味では、ゲームも現実も大ざっぱに言えば同じ。そういう感じで、自分自身がパワプロの選手だと思って(練習を)やっていたので、子どものころは単純に楽しかった」

「ゲームのなかの選手を自分で育てることもすごく好きだったので、今は自分の体を使って(パワプロのサクセスと)同じようなことをやっている感じですかね。自分の育成ゲームみたいな感覚というか。趣味みたいなところもありますし、そういう部分は(影響が)あるかなと思います」

「ゲームも現実も大ざっぱに言えば同じ」というセリフを昭和のプロ野球選手が聞いたら腰を抜かしそうだが、まさに「自分育成ゲームみたいな感覚」で飄々と、涼しい顔で野球を楽しんでいるように見えることが大谷のすごさであり、何より時代を体現している。

◆野球は「武士道」だとアメリカ人作家は喝破した

 1970年代に日本の野球文化をアメリカに紹介する『菊とバット』を著したアメリカ人作家のロバート・ホワイティングは、日本において野球というスポーツは「武士道」を体現するものだと書いた。朝から晩まで続くつらい練習、「型」の習得を重視する姿勢。厳しい上下関係や礼儀作法、そして楽しむことよりも苦しむことに価値を見いだす美意識……。『菊とバット』には当時まだ現役選手だった王貞治が日本刀をバットに見立てて振り下ろすモノクロ写真が載っている。日本球界のレジェンドは何ともわかりやすいかたちで、野球というスポーツが「武士道」に通ずることを体現していた。

 野球というスポーツが「武士道」に通ずるという考え(あるいは信仰)が今も根強く残ることは、日本代表チームの「侍ジャパン」という愛称からもうかがえる。たかが野球選手と言うなかれ、日本代表選手たちは国を背負って戦う「侍」なのだ。もっともこれは野球に限った話ではなく、サッカー日本代表チームの愛称も「サムライブルー」だ。この国では何でも「侍」または「サムライ」にすることを好む。僕ら日本人はいまだに映画『ラスト サムライ』を見て、トム・クルーズが「武士道」を体現すべく無謀な戦いを挑む姿に涙するのだから……。

 大谷の代名詞である「二刀流」という言葉のルーツも、日本史上に残る伝説的剣豪・宮本武蔵が約400年前に編み出した剣術にある。その言葉通り、武蔵は片手ではなく両手に刀を持って戦っていたのだ。では現代の「侍」である大谷も両手にバットを持っているのかというと、もちろんそうではない。投手と打者の両方をやることを半ば強引に「二刀流」と僕らは言っているのだ。ちなみにアメリカで大谷は〝two-way player〟とシンプルに表現される。

 個人的には、投打の両方をやることで相乗効果が生まれるという意味を込め〝hybridplayer〟(ハイブリッド・プレーヤー)とでも言ったほうが的確で響きもいいと思うのだがどうだろうか? 世界で普及しているハイブリッドカーも日本メーカーの発明というのは余談だが。

◆大谷翔平を称すなら「コントローラー2台持ち」

 大谷の「二刀流」は今や完全に定着しているが、しかし大谷が影響を受けているのは宮本武蔵ではなく、幼少期に遊んだパワプロである。大谷にとって野球は「武士道」の追究などという大げさなものではなく、ただ単に楽しくて仕方がないゲームなのだ。だから「二刀流」ではなく「コントローラー2台持ち」とでも言ったほうが、本当は大谷のキャラクターに合っているのかもしれない。

 そういえば、野球の試合は英語で〝game〟と表現する。イギリス生まれのサッカーやラグビーの試合は〝match〟だが、アメリカ生まれの野球は〝game〟なのだ。そう考えると、大谷のように野球をゲーム感覚で楽しむというのは、それこそが野球本来の正しい楽しみ方であるような気がしてくる。

 パワプロを発明した日本から現代野球最高の選手が生まれたのは、もしかすると必然だったのかもしれない。



【内野宗治】
(うちの むねはる)ライター/1986年生まれ、東京都出身。国際基督教大学教養学部を卒業後、コンサルティング会社勤務を経て、フリーランスライターとして活動。「日刊SPA!」『月刊スラッガー』「MLB.JP(メジャーリーグ公式サイト日本語版)」など各種媒体に、MLBの取材記事などを寄稿。その後、「スポーティングニュース」日本語版の副編集長、時事通信社マレーシア支局の経済記者などを経て、現在はニールセン・スポーツ・ジャパンにてスポーツ・スポンサーシップの調査や効果測定に携わる、ライターと会社員の「二刀流」。著書『大谷翔平の社会学』(扶桑社新書)