今から56年前の1968年、理工系の創業者(現会長)が、八百屋の2階を借りてスタートした「サイゼリヤ」。最初の頃は「お客様にどういう価値を提供したいのか」が曖昧で、コンセプトがブレまくったために、失敗の連続だったよう (J-Net21「起業の先人に学ぶ」2018/05/30)だが、今では誰もが知る約1500店舗を有するコスパ最強のイタリアンレストランチェーンにまで成長した。飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士の立場からその成功要因を見ていきたいと思う。
◆コスパ最強と評価されるサイゼリヤ

 サイゼリヤは1000円あればお腹いっぱいになれるコスパ最強の店とお客さんから評価されている。ミラノ風ドリアやスパゲティなども人気だが、なかでもハンバーグは400円(税込、以下同じ)と驚きの価格である。

 ライス(中)をつけても550円。一人暮らしなら、スーパーで食材を買って家で作るより、サイゼリヤでテイクアウトしたほうが時間や調理負担を考えても、経済的だろう。牛肉100%、付け合わせは目玉焼き、コーン、ポテトでこの価格とは、物価高などいろいろな要因で値上げが回避できない状況にある外食業界で、信じ難い価格である。

◆どうすればこの価格で提供できるのか?

 それは創業者がチェーンストア理論をベースに、将来の変化を科学・分析することで店を柔軟に適合させていくという考えの上で、最適なビジネスモデルを確立したからだ。外食他社のように複数の業態を持ち、管理する「ブランド・ポートフォリオ戦略」からは一線を画し、単一業態に一点集中し、改善を重ねて確立させた効率的・効果的な仕組みである。

 衣料品業界で有名な「SPA(製造小売り:商品の企画から生産、販売までの機能を垂直統合したビジネスモデル)」のように、サイゼリヤは外食業において製造直販業を目指しているからだ。自ら商品開発〜食材の生産〜加工〜配送まで一貫して行い、生産と販売のリズムを一体化させ、高品質と低価格販売を両立させるのである。

 これらの最大のメリットは、品質と価格を自社で管理統制できる点である。中間にさまざまな事業者を介入させると、その分だけ意思疎通が難しくコストも膨らんでくる。それらを排除し、整理することで、高品質で低価格の商品がスムーズに提供できるのである。自ら産地に赴き、素材の開発、素材の採り方、保管の仕方、加工の仕方、輸送の仕方に至るまで、すべての工程に踏み入り、品質の向上とムダの削減に取り組んでいるようだ。

◆100%直営店だから実現できる合理的基盤

 サイゼリヤでそれらを効果的に管理統制するために「計画生産」に取り組んでいるが、これらが実現できるのは「①約1500店のすべてが直営店舗」だからだ。そのため日々の商品販売のデータや客数動向をリアルタイムで管理することが可能なこと。

 そして「②40年以上主力となる基本商品を変えずに販売し、辛味チキン・サラダ・ミラノ風ドリア・ハンバーグといった主力商品があること」である。40年以上売り続けている間に専用農場・専用工場を持てるようになり、販売実績を積み上げることでさらに進化させている。最適な原料を使い、美味しさを磨き上げることを課題に日々改善に取り組み、その結果、顧客に支持されるロングセラー商品を多く出しているのである。

 サイゼリヤでは<自社農場での種や土壌・栽培方法の開発研究、ソースやハンバーグ加工の自社工場の運営、自社工場からの毎日配送など、素材開発から加工機能・製造機能を自社で保有し管理統制>(HPより一部引用)をしている。

 品揃えにおいても、むやみにメニューを増やさず、定期的に季節折々の企画でお客さんの来店を促すなど、身の丈にあった商品開発を心がけているようだ。

◆サイゼリヤの現状:増える海外店舗数と国内客数も回復

 現在、国内店舗数は1055店舗、海外店舗数は485店舗で、海外の店舗数比率は31.5%(23年8月期)である。売上は1204億8200万円(前年比119.1%)、客数1億5158万9000人(前年比116.8%)、客単価795円(前年比102.1%)である。ちなみに、海外の客単価は日本より高く850円である。

 国内の損益状況(2023年8月期)は、

売上:1204億8200万円
原価:514億9400万円(42.7%)
粗利益:689億8800万円(57.3%)
販管費:704億7900万円(58.5%)
営業利益:▲14億9100万円
(カッコ内は売上比)

 となっており、国内の本業の儲けである営業利益は14億9100万円の赤字となっている。この海外事業の黒字に国内事業が助けられているのは周知の事実である。もちろん、国内事業のスケールメリットや最適な仕組みの確立があるから、海外の黒字が実現できている点もある。

 コロナ前の実績(2019年)では、6.1%の営業利益率が確保できているなど収益構造は盤石だった。直近では客数もコロナ前の110%と回復しており、これから、正常運転に戻れば、国内事業の黒字化は期待できるだろう。財務状態はコロナ前(2019年)と比較すると、自己資本比率は14%低下しているが、63.5%と、盤石で経営の安定性に問題はない。

◆円安・物価高で外食業界は厳しい環境に

 長く続いたデフレで値下げは得意だが、値上げに慣れていなかった飲食店。物価高の中、メニュー改訂をきっかけに、さりげなく値上げする店も多くなっている。

 なかにはデフレで、なかなか値上げができなかった店がこれを機会に便乗値上げする動きもある。価格は据え置くが、クーポン券の割引率を低くしたりと、どの店も売上と利益を確保するのに苦労しているようだ。何でもかんでも値上がりする消費環境に、感覚が慣れてしまったり諦めたりする消費者も多い。

 飲食店も最初の頃は、値上げすると客が離れるとのことで、周辺の店の価格動向を注視していたが、最近は動きが活発で、もう生き残りのために背に腹は代えられぬと、当然のように値上げする店が多くなっている。店によっては、お客さんに「今までが安すぎたんだ」と理解を示してもらえる店もあるが、そういう店ばかりではない。

 お客さんが値上げする価値なしと顧客離反が著しい店もある。やはり営業姿勢など普段の行いが大切で、価格変更が栄枯盛衰の分岐点になっており、その店の真価も問われている。

◆サイゼリヤは「値上げしない宣言」理由は?

 コロナが収束し、人流が復活して外食にお客さんが戻りつつあるのに、円安による仕入れ食材の高騰・物価高騰であらゆるコストの上昇・人手不足と賃金上昇・エネルギーコストの上昇などの要因で外食産業を取り巻く環境にさらなる逆風が吹いている。

 顧客の側も値上げに不満の声を上げるというより、仕方ないというムードが漂っている。やむを得ず、各店が値上げしている中、「値上げしない」宣言をしてくれたサイゼリヤの姿勢を多くのお客さんは評価しているようだ。

 しかし、 サイゼリヤは、国内では値上げをしない宣言をしたが、アジアなど海外では、機動的で柔軟な価格政策をし、客単価も国内の795円より55円高い850円となっている。その理由は、中国では賃金の上昇が続き、値上げを行っても「リーズナブルなイタリアン」として認識されており、客数も伸びているからだと社長は説明する(東洋経済オンライン2023/10/21)そうだ。

 一方で、日本国内では、賃金が伸びておらず、名目賃金が上がっても実質賃金は上がっていないから、値上げを行えないとのことである。

◆値上げを回避したオペレーション

 あらゆるコストが値上がりしているのは、どこも同じ条件だが、業務プロセスを日々改善して低価格を維持してくれるサイゼリヤ。取締役は12人の中で8人が理科系大学出身だそうで、合理化に向けた仕組みの確立はお手の物であろう。この点は、店内オペレーションを見たらよく分かる。

 サイゼリヤは、外食を真に産業化するために、店舗作業を数値化して分析・工程改善を行うことにより、“ムダ・ムラ・ムリ”を減らし、作業負担の軽減化を図っている。

 店舗での接客や調理作業などは個人の技能に頼りがち。しかし、個人店では仕方ないかもしれないが、多店舗展開する外食チェーンではそうはいかない。ローコストオペレーションの確立にはコックレスが必須条件となる。そのためには、習熟度合いが低いアルバイトでも、標準化した作業が可能になるためのマニュアルに基づく運営が必要。

 サイゼリヤでは数値化しにくい店舗での作業を、IE(生産工学)の技術の考え方を用いて数値化しており、個人の技能に頼らなくても、誰もが簡単に、かつ素早く作業をマスターできるように、作業を単純化・標準化させている。

◆トレイを使わずにバッシングするワケ

 店に行けば気づくと思うが、少ない人数で多くのお客さんを捌いており、生産性向上に向け、IEに基づき、徹底した工程分析や動作研究などから、導き出された効率的なオペレーションを確立しているようだ。

 サイゼリヤはトレイを使わずにバッシング(片付け)をしている。これには客から見ると賛否両論があるが、これもマニュアルで細かく決められている。お皿やグラスの持ち方や下げ方を周知徹底させているようだ。料理皿が手で持ちやすく工夫されており、お客さんが帰った後にまとめてバッシングするのではなく、中間バッシングを促して、お客さんが快適に時間を過ごせるように、卓上を整理させている。料理を提供したら終わりではなく、常に客席への気配りを求めているようだ。

 繁忙時と閑散時の固定作業と変動作業も細かくマニュアル化されており、時間帯責任者にとって、スタッフの作業管理が容易になっているようだ。

◆少人数でも対応できる仕組みの確立

 来客数が1日平均400人、客単価795円のサイゼリヤ。ランチもディナーも、キッチン・ホール合わせて5〜6人が配置され、ピークの波はホールからキッチンに流れるから、その都度、ホールからキッチンに応援に行くなど、スクランブル体制で対応している。繁忙時の週末はそれぞれ1人追加されるようだ。

 それらは各自に合理的な分業がされ、作業手順や作業動線などで高い効率性が仕組み化されているから、最小限の人数で無理なく客を捌けるのである。キッチンとホールの人数比率はセントラルキッチンを有するチェーン店と同様にキッチン45%・ホール55%の割合になっている。

 飲食店は人の良し悪しで業績の差が出るもの。サイゼリヤは仕組みや作業手順が明確だから、誰でも新人に教育できるし、新人も覚えやすいから、即戦力化に時間を要さないのが特徴でもある。アルバイトがなかなか定着せず、入れ替わりが激しい中で、新人に教えるわずらわしさが付きまとうが、その解消策にもなる。アルバイト中心の体制だが、みんなやりがいを持ってイキイキと働いている。学生さんにとって、まかないがメニューの半額で食べられるというのも魅力のようだ。

 また、店舗間でスタッフを融通する際も、どの店にヘルプで行っても同じ作業と店内レイアウトだから、容易に作業ができるのはチェーンのメリットであろう。

◆飲食DXを進めるチェーン店が多いなかで…

 最近のファミレスでお客さんの注文は、タブレット端末などデジタル化が当然になっているが、サイゼリヤは紙による注文方式(客がメニュー番号を記入)にしている。

 これは、注文時間の短縮化・オーダーミスの防止などで業務の効率化に貢献しているからである。従業員がお客さんから直接、注文をうかがう時のやり取りに要する時間はけっこうかかるし、従業員の聞き間違いやお客さんの言い間違いから発生する無駄やトラブルはなくしたほうがいいから、紙注文を採用しているようだ。

 付加価値額を高く頂戴する飲食店にとって、顧客との最低限の接客は必要であり、最後の接客機会である会計もセルフではなく人での対応である(昨年末より一部店舗でスマホによるオーダー方式を導入)。

◆アプリもクーポンもなしにしている理由

 多くの外食チェーンが、アプリやクーポンで集客力の強化と顧客の囲い込みを図っているが、サイゼリヤは一切そういうことをしない。

 広告を出さない、クーポン券も出さないのでも有名で、支払いも現金払いが多く、クレジットカードの取り扱いを始めたのも日が浅い。これだけ安いから、クーポン券やその他で店の費用負担が大きくなるようなことまで要求したら厚かましい。過剰な要求をして、サイゼリヤが存続できなくなる方が、客としては損失が大きいだろう。

 お客さんが価値を認めない無駄をとことん削って安く美味しいイタリア料理を提供してくれるサイゼリヤ。人件費や物価などあらゆる経費が高騰し、利益を出せない外食企業が多い中で、顧客から絶対的な支持を受ける経営手法はさすがであり、今後もさらなる成長を期待したい。

<TEXT/中村清志>



【中村清志】
飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士。自らも調理師免許を有し、過去には飲食店を経営。現在は中村コンサルタント事務所代表として後継者問題など、事業承継対策にも力を入れている。X(旧ツイッター):@kaisyasindan