セクハラや性被害を受けるのは何も女性だけではない。今の時代、男性が被害者になるケースも珍しくない。佐藤広典さん(仮名・36歳)は大学三年生のとき、渋谷のビジネスホテルで夜勤のアルバイトをしていた。そのとき、苦い思い出がある。同僚からの執拗なセクハラで、心身のバランスを崩してしまったのだ。
◆なぜか40代の女性社員と毎回シフトが被る

「ホテルの社員に野村さん(仮名)という40代の女性がいたんです。仕事を丁寧に教えてくれるいい人のイメージだったのですが、徐々に距離感が近くなってきて……」

 佐藤さんの仕事は主にフロントでの受付業務やパソコンを使った予約入力だ。夜勤の場合、アルバイト一人と社員一人の組み合わせになるのだが、不思議なことに佐藤さんが入るときには、必ずと言っていいほど野村さんと一緒になった。

「最初はあまり気にしていませんでした。社員の数も少なかったので、そういうものだろうと。でも、のちに僕と一緒になるように野村さんが仕組んだとを知って、ぞっとしましたね」

 野村さんは佐藤さんの教育担当になるよう自ら名乗り出て、佐藤さんが夜勤になるときは自分も夜勤になるよう暗躍していたという。そして、深夜に二人きりになると、お待ちかねといったばかりに、野村さんのセクハラはヒートアップしていく。

「まず僕がフロントで接客をしていると、隣にぴったり寄り添うんです。こうした方がいいよ、というアドバイスをくれるんですが、そのたびに体に触れてきて。お尻や背中を指で撫でてくるんですが、相手は社員だし女性だし、あんまり強く言えないんですよ……」

◆後ろから近づいてきて、胸を…

 40代でも相手は女性。セクハラと騒ぎ立てることもできず、遠慮して黙って流してしまうことを選んだ。誰かに相談しなかったのか? と聞くと、静かに首を横に振る。

「言えないですよ。なんか、恥ずかしいじゃないですか」

 女性から男性への性加害は言い出しにくかったという。黙認し、現状維持する道を選ばざるをえなかったのかもしれない。しかし、その後も野村さんのセクハラは収まることはなかった。

 出社すると、「今日も一緒だね。よろしくね」と挨拶をされるが、この一言を聞くだけで気分が悪くなりだす。何度も辞めることを考えたが、当時にしては時給もよく、他の仕事のあてもなかった佐藤さんは、野村さんからのセクハラの嵐に耐えて働くしかなかった。

「パソコン作業をしていると、野村さんが後ろから近づいてくるんです。体越しにパソコンの画面を眺めて、わざとらしく僕の背中に胸を押し当ててきて……。それが本当に気持ち悪くて」

◆女性が苦手に。母親とも疎遠になってしまう

 それだけではない。

「結構ハードな質問もされて。『一人でシテるの?』とか、『そのまま出したことある?』とか。笑って誤魔化してました。一人暮らしをしていたんですが、何度もアパートに来たいと言われたり」

 どんどん過激になっていくセクハラを恐れ、佐藤さんは別の社員に相談しようと思った。が、野村さんは周りからの信頼が厚く、かつ「レズビアン」として知られていた。

「他の社員と野村さんの話になったとき、『あの人はレズだからね』と言っていたんです。女性が好きだから結婚していないんだよって。でもそれは絶対に嘘だなって僕は瞬時に思いました。レズは結婚できない言い訳に過ぎず、セクハラを誤魔化すための嘘だなって」

 佐藤さんは半年ほどそこで働いた。その結果、ほぼ毎回何かしらのセクハラを受けたせいで、世の中の女性がすべて気持ち悪く見えてしまったという。

「そのせいかは断言できませんけど、母親とも連絡を取らなくなりましたね。年齢も同じぐらいだったので、なんとなく敬遠してしまいました」

◆今でも中年女性は怖い

 佐藤さんは徐々に鬱っぽくなってしまう。しかし、ある日職場へ行くと、野村さんが解雇されたことを知る。

「職場に行ったら野村さんのロッカーや名札、机がなくなっていたんです。社員さんに理由を訊ねたら、前にいたアルバイトからうちのオーナー宛に手紙が届いたとのことで。その手紙には野村さんから受けたセクハラの内容と、それによって受けた精神的苦痛がびっちり書かれていたみたいです。僕だけじゃなかったんですね。まあ、そうだろうとは思ってましたけど」

 野村さんがいなくなった後も仕事は続けたが、今でも中年女性は怖いと話す。

「セクハラを受けるかな、という怖さじゃないんです。ただ、この人に何をされても誰にも相談できないんだろうなって思っちゃうんですよ。それが怖いですね」

 ノーと言えないのは女性だけではない。男性でも被害者になるし、立ち直れないほど辛い記憶になることもある。レアなケースとして片付けられないことを望む。
 
<TEXT/山田ぱんつ>

―[“逆セクハラ”エピソード]―