<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

元女優で、花創作家の志穂美悦子(本名・長渕悦子)が、「鬼無里(きなさ)まり」の芸名で、シャンソン歌手デビューする。シャンソンは、20歳過ぎから親しんだ音楽である。

歌手デビューが明らかになった直近のインスタグラムに、真っ赤なバラの写真をアップした。そして「ルージュ・ドゥ・ロンサール それは、数年かけて地に根を下ろし、今年、やっと真っ赤な花を付けた。天に向かって咲け!『On your mark!』」とつづった。

ルージュ−はバラの品種名だが、シャンソン歌手として活動していくことが明らかになった直後のコメントだけに、バラは志穂美自身で、今の心情をつづっているように読める。

「数年かけて、準備をして、今年、ついに開花の時を迎えた。やるぞ!」という意気込みを、バラにたとえたように思える。

志穂美はかつてインタビューに「挑戦しようかどうかで悩むのと、挑戦し失敗したうえで悩むのとでは、絶対に後者の方がいい」と話した。また「誰もやっていないことに挑戦したいという『開拓者精神』のようなものが、昔から私の中にあった」と話した。昔も今も、それは間違いなく変わっていない。

中学の時、持ち前の運動神経を生かして、まだ誰もやっていないアクション女優になると決意した。元軍人の父親を説得して、日本を代表するアクション俳優の千葉真一さんが創設したジャパンアクションクラブ(JAC)の試験を受けて合格した。

最初は映画の空手シーンなどのスタントマンとして、女優の代役を演じた。顔はもちろん出ない。エンドロールで流れるクレジットは、まだ本名の「塩見悦子」。端っこの端っこ。それでもうれしかった。

本格デビューを前に、芸名を本名の字を変えた「志穂美悦子」にした。穂は尊敬する千葉真一さんの本名・前田禎穂(さだほ)からもらった。「志」は強い意志、「穂」は稲穂のような実りある人生、「美」は美しさという意味が込められているという。

18歳で映画「女必殺拳」に初主演。シリーズ化され、人気女優となった。映画「上海バンスキング」(深作欣二監督)などの演技で、日本アカデミー賞優秀助演女優賞を獲得した。映画「二代目はクリスチャン」(井筒和幸監督)は、希代の劇作家つかこうへい氏が志穂美のために書いた作品だった。

テレビでも水谷豊が主演した日本テレビ系の学園ドラマ「熱中時代」でマドンナ教師を演じ、最高視聴率は40%を記録した。

だが別のドラマで共演した音楽家・長渕剛と結婚すると、スパッと芸能界を引退し、家庭に入った。「アクションはやり切った。次は実生活を実り豊かなものにしたい」と語った。

20年以上の歳月が流れた2010年、義父の七回忌にとてもきれいなフラワーアレンジメントが届いた。「自分でも作ってみたい」と、毎日のように作っては写真を撮った。

翌11年3月11日、東日本大震災が起きた。「私もなにか役に立ちたい」と、撮りためた花の写真を自費出版して、全額を寄付した。その行動や写真が話題となり、花創作家となった。「まだ誰も見たことのない花を生けてみたい。それは日本で最初のアクション女優になることを夢見ていたころの気持ちと通じると思うんです」と話した。

アクション女優、家庭人、花創作家。次はシャンソン歌手になるという。フランスの歌であるシャンソンは、人生の喜怒哀楽や情景を詩的な歌詞で情感豊かに歌い上げる。関係者はシャンソン歌手になる理由を「それを歌える人生経験を積んで来た。いくつになっても新たな挑戦をして、あっと言わせたいと思っているようです」と話した。

インスタグラムにつづった「On your mark!」は、陸上競技などでスターターが言う「位置について」の意味。

新たな芸名「鬼無里まり」として位置についた。あとは、「Get set!Go!」(用意、ドン)を待つだけである。

    【笹森文彦】