「おおらかにやりたいが…」元“満塁男”駒田徳広さんの葛藤

「おおらかにやりたいが…」元“満塁男”駒田徳広さんの葛藤

 1981年、巨人にドラフト2位で入団し、プロ初打席で満塁本塁打を放つなど、勝負強いバッターとして活躍。94年に横浜に移籍し、2001年に引退後は解説者や横浜などのコーチを務めていた。駒田さんは今、どうしているのか。

  ◇  ◇  ◇

 駒田さんに会ったのは、東京メトロ銀座駅からすぐの喫茶店。

「昨日、高知から来ました。ラジオ番組『駒田徳広のミュージックブルペン』の収録があるので、月2回ぐらいはこっちに来ているんです」

 駒田さん、16年から独立リーグ・四国アイランドリーグplus所属のチーム「高知ファイティングドッグス」の監督を務めていて、普段は家族と離れ、高知で単身生活を送っているという。

「女房は女房の生活がこっちであるので。でも、しょっちゅう高知に来ていますよ」

 しかし、なぜ高知の監督に? 駒田さんは奈良県出身だ。

「15年の日本シリーズ最終戦、文化放送の解説のために神宮球場に行ったら、隣のブースにニッポン放送の解説で来ていた江本孟紀さんにバッタリ会い、『いいところで会ったよ!』と依頼されました。江本さんは高知出身で、ファイティングドッグスの総監督なんです。野球はどんどん進化して、戦略を細かく立てて理屈で戦っているけど、ボクはそういう型にはまった野球じゃなくて、もっと肩の力を抜いておおらかにやった方が面白い試合になると思う。そんなふうにチームを率いたらどんな結果が出るかな、面白そうだなと思って、引き受けました」

 四国アイランドリーグplusは前期・後期の2期制で、高知の18年の成績は4チーム中、前期2位、後期3位と悔しい結果だった。

「勝てないのはボクのせい。おおらかでも、むちゃくちゃじゃいけない。そのさじ加減が難しいですね。もっと頑張れ、という気持ちが、選手にうまく伝わらなくて、もどかしいし……。つい、選手を叱り過ぎちゃうんですよ」

 監督業だけでなく、慣れない一人暮らしも大変そうだ。

「いや、それは大丈夫。選手の住むチームの寮にボクも住んでいるんですけど、食事も買い物も洗濯も自分でやっていますよ。高知は“陽”の空気が流れている土地柄。ボクに合っていますね」

 18年3月、高知市内にバー「KOMA’S HOUSE」を開店した。

「ボクが経営してるんじゃなくて、ボクは手伝っているだけ。顔を出すのは週1回ぐらい。高知での試合が終わった後は、必ず行きますよ。バーの経営は引退後、2年ぐらい横浜の関内でやっていました。何にしても、誰かの指示でやるんじゃなくて、自分でアイデアを出してやることが楽しいから、自分の店を持ち、自分でやりたいようにやるのは面白いですね」

 さて、駒田さんは81年、ドラフト2位で桜井商業高校から巨人に入団。83年、史上初のプロ初打席満塁本塁打の華々しいデビューを飾り、槙原寛己、吉村禎章とともに背番号から“50番トリオ”といわれ活躍した。

 勝負強く“満塁男”と愛され、92年のシーズンオフに、日本人としては球団初の1億円プレーヤーに。

「バブルの真っただ中で給料が上がっていきましたから、横浜の70坪超の土地を1億数千万円で買い、特注の家を2億円近くで建てました。車もフェラーリとかポルシェとかクラシックカーとか、いろいろ乗りましたね」

 90年、4歳下の自身のファンと結婚。26歳の長男、24歳の長女はともに会社員。長女は独立し、現在は夫人と長男が川崎の自宅に暮らす。

(取材・文=中野裕子)


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