長嶋茂雄さんへの国民栄誉賞授与決断 安倍晋三元首相が12年前に語っていた「真意」

日刊スポーツ6/3(火)14:56

長嶋茂雄さんへの国民栄誉賞授与決断 安倍晋三元首相が12年前に語っていた「真意」

国民栄誉賞の授与式で、安倍晋三首相(左)から金のバットを授与される長嶋茂雄氏(右)と介添えする松井秀喜氏=2013年5月5日 代表撮影

選手として多くの国民の記憶に残るプレーで一時代を築き、巨人の監督を2期15年にわたり務めた巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄(ながしま・しげお)さんが、3日午前6時39分、肺炎のため、都内の病院で亡くなった。89歳。葬儀・告別式は近親者のみで行う。

長嶋さんは2013年5月5日、師弟関係で知られた松井秀喜さんとともに国民栄誉賞を授与された。2人にこの賞を贈る判断をしたのは、安倍晋三首相だった。安倍氏は当時、日刊スポーツなどスポーツ各紙のインタビューに応じ、長嶋さんに贈る決断をした「真意」について明かし、東京ドームで授与セレモニーが行われた当日も、長嶋さんへの思いを語っていた。

◇  ◇  ◇

2013年4月1日。長嶋さんへの国民栄誉賞受賞が発表された日、安倍氏は官邸で、スポーツ各紙の取材に応じた。その時に聞いた安倍氏の話で印象的だったのは、国民的大スターの長嶋氏がそれまで、国民栄誉賞を受賞していないことへの、「素朴な疑問」だった。

「長嶋さんに贈られていなかったことは、むしろおかしい。気になっていたんです。時期を逃すと(亡くなった後に授与された)大鵬さんのようになってしまうのではないかと…」。

2012年12月に第2次政権を担った安倍氏が第48代横綱、大鵬の納谷幸喜さんに国民栄誉賞を授与したのは、政権発足からそう時間がたっていない2013年2月。納谷さんはその年の1月に亡くなったが、その際に「長嶋さんにも(国民栄誉賞を)あげてほしい」という国民の声があるということが、周囲から安倍氏の耳に届いていた。

授与を決めたそもそものきっかけは松井さんの現役引退だったと聞いたが、2人の師弟関係はだれもが知る話だ。松井さんへの国民栄誉賞とともに、長嶋さんの現役時代のスーパースターぶりを知る安倍氏としては、自身の手で、それまで「懸案事項」でもあった長嶋さんへの国民栄誉賞を贈りたい、という心境に至ったようだった。

5月5日に東京ドームで行われた授与式。松井さんの引退セレモニーに合わせたものだが、国民栄誉賞の授与式が首相官邸で行われたのは、それが初めてだった。安倍氏は当時「長嶋さんと松井さんだから、やっぱり後楽園だと思った」と、当時出演したテレビ番組で語っていた。2人に贈られた記念品のバットは表面が金で覆われ、特殊加工した特別仕様だった。

安倍氏は、授与セレモニー後にも日刊スポーツなどの取材に応じ、感想を語ってくれた。「式で、おふたりが登場した瞬間、雰囲気が明るくなった。この明るさこそ、私たちが今の日本に求めていたもの。日本に漂ってきた暗い雰囲気を変えたい。そんな思いも込めて賞を贈った」と話し、「文句なしの国民栄誉賞だと思いません?」と、我々に問いかけてきた。

少年時代、地元の野球教室で長嶋さんに指導してもらうなど、実は交流があったと聞いた。ただ、少年時代の安倍氏はサンケイアトムズ(現ヤクルト)のファン。ドームのセレモニーでは「長嶋さんが打席に立つと、『アンチ巨人』の私も、手に汗握りました」と、まさかのアンチ告白。当然、スタンドの巨人ファンはどよめいたが、安倍氏はそのシーンすらも楽しそうに振り返っていた。

授与式後に行われた巨人対広島の始球式では、松井さんが投げ、長嶋さんがバッターボックスに立った。捕手役は当時の原辰徳監督。安倍氏は、巨人のユニホームを着て、「審判役」として見守った。「2人の姿を見て、相当の国民が、元気を感じてくれたんじゃないか」。長年感じていた「懸案事項」を自らの手で解決した安倍氏がそう話す姿は、今も記憶に残っている。【中山知子】

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