英雄ネイマール原点、危険な街で紙くずリフティング

英雄ネイマール原点、危険な街で紙くずリフティング

ブラジルのスターといえば、FWネイマール(27=パリサンジェルマン)。今回の南米選手権はけがの影響で欠場となったが、地元サッカーファンの誇りであることは変わらない。世界的名手は、どのようにして生まれたのか。そのルーツをたどった。

   ◇   ◇   ◇

かつてFWカズがプレーした名門サントスの練習場から車で5分。当時13歳だったネイマールを見つけた同クラブ下部組織の練習場「メニーノス・ダ・ヴィラ」(サントスの男の子の意味)は、さびれたフェンスと垂れ下がったネットに囲まれていた。訪れた際には、U−11の選手たちが懸命にボールを追っていた。

サントス市はフットサルが盛んな街。ストリートでフットサルをしていたネイマールは、03年に発見された。きっかけは一般人の雑談。広報のマイコン氏は「スタジアムの目の前でバーを経営をする、クラブのエンブレムをおでこに入れた店長がいてね。『1人、12歳のいい子どもがいる』と言ったんだ」と回想する。薄暗いストリートを訪ねると、丸めた紙くずでリフティングをしながら廃虚の階段を駆け上がる少年がいた。見たことのない才能だった。

他クラブに見つかる前にすぐに入団させたい。勧誘のために訪れた家は、プライアグランデ市の外れにあった。実際に訪ねると、何人ものホームレスと野犬が同じゴミ袋をあさって回る、よどんだ空気に囲まれた中にたたずんでいた。道案内を頼んだ同じ地区の住人には「あのエリアは危ない。僕は立ち止まらずに去る。本当に気をつけろ」と何度も念を押された。

家は貧しく、クラブのスタッフが訪ねた際にはネイマールの誕生日の残り物のお菓子が出されたという。当時サントス下部組織は最年少がU−17だったが、監督とコーチ陣が会長に頼み込み、12歳だったネイマールのためにU−15を作った。「そこからはあっという間だった」とマイコン氏。09年にU−17ブラジル代表に選ばれると、翌年にA代表に招集され、デビュー戦でゴール。一躍スターへと成り上がった。

14年、英雄となったネイマールはプライアグランデ市と提携し、家の近くに複合施設「ネイマール基金」を建てた。8400平方メートルの敷地にサッカーだけでなくプールやバレーボールコートを作った。語学教室などもあり、同じ地区で育つ子どもたちが社会的に自立するための手助けになっている。施設の前で会った9歳のルーカス君は「ブラジルの選手だったらネイマールが1番」と笑った。

サントスU−11のレナン君とエドゥアルド君は、9歳にしてそれぞれナイキ、アディダスとスポンサー契約を勝ち取った。レナン君はすでに自身の稼ぎで家族を養っている。大先輩と似通った生い立ちの少年は「ネイマールのようになりたい」と無邪気に笑った。貧しい街から駆け上がった名手のDNAは、次のスター候補たちに受け継がれている。【岡崎悠利】


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