働く世代ががんになると、治療と仕事の両立や家族との向き合い方など、様々な不安を抱えることが多い。まして、新型コロナウイルス感染症の収束の見通しが立たない中、感染への不安も加わり、もんもんとした気持ちになりがちだ。

自身もがんになったライター、福島恵美が、がんになっても希望を持って働き続けるためのヒントを探るシリーズ。精神腫瘍医としてがん患者やその家族と対話しているがん研有明病院の清水研さんに、がん患者が抱える不安の状況やその向き合い方を聞いた。

■がん患者や家族の心をケアする精神腫瘍医

――清水さんは精神腫瘍医として、これまでに4000人以上のがん患者や家族らの相談を受けられたと聞きます。精神腫瘍医とは聞きなれない言葉ですが、まずはその役割をお聞かせください。

精神腫瘍医とは、がんを専門とした精神科医、あるいは心療内科医のことです。精神医学や心療内科における心の問題に関しての専門性を持つとともに、がんという病気のことや、がんになったときの患者さん、そのご家族の気持ちを熟知していることが特長だと思います。がんの患者さんが精神的につらくなった際に町のクリニックに行ったら、精神科の医師から「がんのことは分からないので…」と言われることが時折あると聞きます。私たちはがん患者さんが抱えている心理的・精神的な問題に、きちんと対応することができるのです。

一番多い問題は、がんになって気持ちがひどく落ち込んで適応障害[注1]になることです。がんを告知されたり、がんの再発を告げられたりすると、5人に1人くらいは適応障害など精神医学的な診断に該当するような状態になることが、過去の調査で分かっています。そのような方や「眠れない」、「不安である」という方の相談に乗ったり、がんの進行や手術の影響で起こる幻覚の「せん妄」のようにお薬の投与が必要な症状にも対応したりしています。

――ご家族を診察されることもあるのですね。

私の外来に来られるのは、がん患者さんが8割、ご家族が2割です。ご家族も患者さんと同じ、あるいは患者さん以上に精神的な負担が大きいといいます。患者さんご本人を支えるために「自分が頑張らないといけない」と思いながらも、どうしていいのか分からずに相談に来られる方が多いです。

[注1]強いストレスが原因で現実の生活に適応できなくなる状態、あるいは病気のこと。ストレスとなる出来事が明らかなのが特徴。

■不安とは不確実な脅威に対する心の反応

――不安については、具体的にどのような相談が多いですか。

不安という感情は、不確実な脅威に対する心の反応ですので、「これから自分はどうなってしまうんだろう」ということが起きると不安になります。一番多いのは、「治療が終わってから、またがんが再発するのではないか」「治療効果がなくなってしまうのではないか」という病気に対する不安です。仕事をしておられる方は「これから働いていけるのだろうか」など、先行きに関する様々な不安を感じていらっしゃいます。がんの特徴として、治療後も病気が悪くなる可能性が残されているため、将来に対する不安が出てくるのだと思います。

治療中の患者さんは、目の前の治療に一生懸命です。治療が終わって定期的な検査などで体の状態をチェックする段階になると、「がんがまた襲ってくるかもしれない」という不安が出てきます。時間とともに不安と向き合うことに皆さん慣れていきますが、初期治療が終わった直後は非常に不安になられます。

――私も治療が終わり、落ち着いてから再発の不安が高まってきました。

そうですよね。最近はAYA世代[注2]と言ったりもしますが、20〜40代のがん患者さんにとって就労は大きな問題ですし、子育てや子どもを産めるかどうかのストレスもあるでしょう。60、70代でがんになるのとは違い、社会の中でこれから家庭を築いていく、子育てをするという中での不安はたくさんあると思うのです。

――その働いている世代の人たちには、どのような心掛けで向き合っておられるのですか。

基本的に私は、人にはそれぞれに困難と向き合っていく力があると思っていて、その力を出せるようにお手伝いする気持ちでいます。例えば、患者さんが課題を抱えながらどう働いていくかに悩んでいたら、ご本人が何を大切にしたいと思っているのか、何を諦めないといけないのかなどを聞き、一緒に問題を考えて整理していきます。

――1回の診察には、どれくらいの時間をかけられるのでしょうか。

人それぞれですが、最初の診察には60分はかけると思います。2回目以降は15分です。よりしっかりとしたカウンセリングが必要な場合は、「レジリエンス外来」という1時間程度のカウンセリングを5回ほど提供する取り組みも行っています。

[注2]Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)の頭文字を取ったもので主に、15歳から30代までの世代を指す

■不安は人間に必要な感情

――そもそも人は、なぜ不安になってしまうのでしょう?

オンラインで取材に応じる清水先生。「不安」は人間にとって必要な感情だという

感情にはいろいろな役割があり、不安は人間に危険を教えてくれます。例えば暗闇の中、知らないところを歩いていたら、「何か怖いものがあるかもしれない」という不安の感情が出てくることで危険を察知できます。危険を知らせるアラームのようなものですから、心構えをさせてくれるわけです。ですから、「不安を消そう」と考える必要はなく、「不安は人間に必要な感情だ」と思われたほうがいいのです。

ただ、問題になるのは、このアラームが鳴りっぱなしの方がいるということ。がんの再発のことばかり考えて他のことが何も手に付かなかったり、1日中ドキドキして落ち着かなかったり。そうなると、生活に支障が出てしまいますから、心を調整していくことが必要になります。

■コロナ禍で間違った情報に踊らされない

――不安は必ずしも悪いものではないのですね。とはいえ、現在、新型コロナウイルス感染症の収束が見えず、もともと不安になりがちながん患者は、より不安が増しているような気がします。

本当にそうだと思います。がんになることで先ほどに申し上げたような不安があり、コロナの落ち着く兆しが見えない中で、感染することへの不安や、自分たちは医療を受けられなくなるのではないかという不安もあると思います。特にがん患者さんが不安になったのは、乳がんだった女優さんがコロナでお亡くなりになられたことでした。その頃は、彼女が受けていた放射線治療の影響で重症化したように、臆測でマスコミに報道されたことがありました。しかしその後、日本放射線腫瘍学会が、乳がんの放射線治療は安全であることを示す情報を出しています。まず、間違った情報に踊らされないようにすることが大切です。

――私自身はがんの治療は終わっていて、特にコロナに対しての不安はないのですが、日本癌学会のウェブサイトに掲載されている「一般の方へ 新型コロナウイルス感染症とがん診療について」(http://www.jca.gr.jp/public/c_q_and_a.html)を参考に、がん患者とウイルス感染の情報を収集しました。

がんとコロナの情報に当たるなら、信頼できる公的、あるいは学術的な団体が発信しているものがよいと思います。情報には、調査などにより直接集めた一次情報や、それを解釈する二次情報があります。例えば東京都などが発表した「東京での新規感染者は2500人でした」というのは一次情報ですが、それを聞いた人が「東京はコロナだらけです」と言えば、これは二次情報です。このように短絡的な言い方をされると不安になりますから、二次情報には気を付けましょう。

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後編では、不安を和らげる対処法を具体的に聞いていく。

(ライター 福島恵美)

清水研さん
1971年生まれ。精神科医・医学博士。公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。金沢大学卒業後、都立荏原病院での内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院での一般精神科研修を経て、2003年に国立がんセンター東病院精神腫瘍科レジデント。以降、一貫してがん患者、その家族の診療を担当。2006年から国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院精神腫瘍科に勤務。主な著書に『もしも一年後、この世にいないとしたら。』(文響社)、『がんで不安なあなたに読んでほしい。』(ビジネス社)などがある。