藤波辰爾、初代タイガーマスクがダイナマイト・キッドさん死去を悼む声【追悼コラム】

藤波辰爾、初代タイガーマスクがダイナマイト・キッドさん死去を悼む声【追悼コラム】

 1980年代から90年代にかけて新日本プロレス、全日本プロレス、米WWE、カナダやヨーロッパのマットで活躍した“爆弾小僧”ダイナマイト・キッドさんが5日に死去したことが関係者の話で分かった。60歳という若さだった。

 キッドさんは1979年、国際プロレス(81年に解散)に初来日。ジュニアヘビー級戦線で活躍すると、同年8月に行われた新日本プロレスのカナダ・カルガリー遠征で、藤波辰巳(現・辰爾)が保持していたWWF(現・WWE)ジュニアヘビー級王座に挑戦。そのまま日本での活動拠点を新日本に移籍し、藤波の好敵手として台頭。1981年4月23日には蔵前国技館で、初代タイガーマスク(佐山サトル)のデビュー戦の相手を務め、この試合がキッカケになり、全国でタイガーマスクブームが巻き起こった。

 その後、藤波のヘビー級転向もあり、タイガー対キッドは新日本ジュニアの黄金カードに。キッドのツームストンパイルドライバーや、ダイビングヘッドバットはタイガーを大いに苦しめた。フェンスアウトによる反則裁定ながらも、タイガーから唯一シングルで勝利を収めている。このカードはWWEのMSG大会にも直輸入されアメリカのファンを虜にした。

 タイガー引退後は、従兄弟のデイビーボーイ・スミスさん(故人)とタッグを結成。ザ・コブラとWWFジュニア王座を争っていたが、1984年11月にスミスさんとともに全日本プロレスに電撃移籍。新日本のシリーズ参戦が発表されていた中での「事件」に激震が走った。この緊急事態に、来日していたWWEのビンス・マクマホンと、全日本のジャイアント馬場社長(故人)は会談を持っている。

 キッドさんは全日本マットでも2代目タイガーマスク(故・三沢光晴氏)や小林邦昭、マイティ井上らを相手にしジュニア戦線を活性化させ、NWAインターナショナルジュニア王座を獲得。85年にはスミスさんと「ブリティッシュ・ブルドッグス」としてWWEに本格参戦。WWEは新日本と業務提携していたが、ブルドッグスの全日本参戦は黙認していた。86年4月の『レッスルマニア2』ではWWE世界タッグ王座を獲得するなど、ヘビー級の選手として活躍。しかし、このころ体を大きくするためにステロイドを使用したことが、晩年キッドさんを苦しめたようだ。

 88年にWWEを離脱し、全日本マットに本格復帰。90年にはブルドッグスも解散。ジョニー・スミスとのタッグでアジアタッグを獲得するなど、再びタッグ屋として活躍。しかし、88年にカナダで椎間板を損傷した後遺症が年々響いて、カミソリファイターと言われていた技のキレに衰えが見えはじめ、肉体も小さくなってしまった。

 91年12月に突然引退表明。「俺はテリー・ファンクにならない」と言っていたが93年に復帰。96年にはみちのくプロレスの両国国技館大会で初代タイガーと、6人タッグながら13年ぶりにリング上で再会した。高速ブレーンバスターなどを披露したが、タイツのサイズが明らかに大きく見え、ファンやマスコミからは心配の声が聞こえていた。

 2001年には自伝を発表。ステロイドの使用や椎間板損傷の大怪我、デイビーボーイ・スミスさんとの不仲などを赤裸々に告白する衝撃的な内容だった。その後、新日本時代の名勝負を集めたDVD-BOXの特典映像でインタビュー出演、2016年にはNHK BSプレミアムの『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』では介護施設から車椅子姿で出演し、初代タイガーについて語った。これが日本のファンに見せた最後の姿になってしまった。

 リアルライブの取材に対して、かつてのライバルである藤波辰爾と初代タイガーマスクからコメントが寄せられたので記載しておきたい。

 「突然の訃報に接し深い悲しみでいっぱいです。同じ時代に全力を尽くしたキッド選手との試合は私にとって誇りです。キッド選手の人生とファイトに敬意を表します。心からご冥福をお祈りいたします。2018年12月6日 藤波辰爾」

 「私にとって偉大なライバルであります、トミーが亡くなって、悲しみに暮れています。現状は知っていたので、覚悟はしておりましたが、今はただやすらかに眠っていただきたい。 2018年12月5日 初代タイガーマスク」

 きょう6日に後楽園ホールで開催する初代タイガーマスクプロデュース『原点回帰プロレス』では、休憩明けに追悼のテンカウントゴングを含めたセレモニーを行うという。

 またツイッターでは、遠縁にあたるデイビーボーイ・スミスJr.が「“ダイナマイト・キッド”ことトム・ビリントンが亡くなったという知らせに深い悲しみを感じている」と追悼した。

 スミスJr.は「去年の6月イギリスで、最後にダイナマイトな一枚が撮れて本当に良かった。ダイナマイト・キッドは俺や多くのレスラーにインスピレーションを与え、変化をもたらしてくれたんだ」と感謝。「我々は今日もプロレスをしている。この舞台で彼は高く飛び、そしてどんな試合でも用いる全てを見せてくれた。全てに感謝します。そしてまた1人家族を失ったことが悲しいです。ゆっくり休んでくださいDyno」とキッドさんとのツーショット写真を投稿した。

 新日本、全日本でともにジュニアヘビー級戦線を盛り上げた小林邦昭さんも「タイガー ダイナマイト 良きライバルに巡り会えた私は幸せでした。ダイナマイト キッド永遠なれ」と投稿した。

 クリス・ベノワ(ベンワー・故人)をはじめ、キッドさんの影響を受けたプロレスラーは多い。きっとこれからも“あのころ”のキッドさんを目指すレスラーが続々と現れるはずだ。そんな選手を見るたびに私たちは、ダイナマイト・キッドという小さく偉大なプロレスラーを思い出すだろう。キッドさんがプロレス界に残した功績は大きい。

合掌

取材・文 / どら増田
写真 / ©︎リアルジャパンプロレス 、どら増田


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