風邪だと思っていたら…ステージ3のがん宣告 28歳サラリーマンが “花の絵を描き始めた理由”
日テレNEWS NNN6/7(土)6:45
都内で初の個展『花と人』を開催したのは、がんの闘病をきっかけに花の絵を描き、SNSでの活動を始めた会社員の“はなりーまん”さん(28)です。ステージ3の悪性リンパ腫と診断されながらも、なぜ花の絵を描こうと思ったのか。個展開催に至った経緯や、がんを経験して感じた社会とのつながりなどを取材しました。
■絵から「エネルギーをもらえる」 来場者が語る作品の魅力

5月16日から3日間にわたり、東京・渋谷区のギャラリーで開催された個展。来場者に話を聞くと「インスタグラムで絵を拝見させていただいて、すごく絵がすてきだったので個展にもお邪魔させていただこうかなと思って来ました」という人や、「すごく印象的な絵が多いなと思って。エネルギーをもらえるような、そういう作品が多くてすてきだなと思いました」と、作品の力強さにひかれて訪れたという人もいました。

この花の絵を描いたのが、はなりーまんさん。普段は、一般企業で働きながら自身が描いた絵をSNSに投稿する活動をしています。サラリーマンの男性が、なぜ花の絵を描き、個展を開催するにまで至ったのか。それには、28歳の誕生日目前だった2024年の夏、原因不明の体調不良で緊急入院したことがきっかけだったといいます。
■「風邪かと思っていた」 27歳でがんと診断されるまで

――がんと診断されるまでの経緯について教えてください。
(2024年の)夏の前だったんですが、喉の痛みですとか熱が出始めました。その時は風邪かと思っていたんですけど、全く治らずに総合病院に案内していただきました。それから数週間した時に、リンパの腫れが大きくなってしまって緊急入院をしました。それが入院生活のきっかけです。それが7月頃だったんですけど、首の検査をして(病名が)やっと分かったのが、入院してから1か月ほど近くたった時、がんと診断された経緯になります。
――がんと診断された時の心境について
正直、受け止めきれなかったというか、それが正直な感想で。特に自分の家族とか、親しい友人とかに状況を伝える時に、自分の言葉でがんだってことを伝えると、ようやく自分ががんなんだってことが分かってしまって。そこで、すごく涙がこらえ切れなかったのをよく覚えています。
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2024年6月頃、発熱や喉の痛みといった風邪のような症状が現れ、耳鼻科を受診したはなりーまんさん。しかし症状が改善せず、7月に緊急入院。それから約1か月後、血液がんの1つである『悪性リンパ腫』のステージ3と診断されたといいます。入院生活で不安な気持ちを抱えるなか、花の絵を描こうと思いたったきっかけは何だったのでしょうか。
――なぜ花の絵を描き始めたのですか?
私はそれまでピンピン生きてきたので、初めての病院の景色にうろたえてしまって。そんな中、入院生活のイメージっていうと例えばお花が飾ってあったりとか、お見舞いで果物をもらったりすると思うんですけど、私の場合は無菌室の窓も開けられないような所に入れられてすごく自然が恋しくなって。そこで、イメージにあったお花とか自然を絡めて、何か自分の気持ちを吐き出したくて選んだのが、目の前に裏紙とかボールペンがあったので、そこから絵を始めました。
■病室で初めて描いた絵は、“顔を花で覆われた人”

元々、クリエーター志望で学生時代に絵を学んでいたものの、就職後は創作活動から離れていたというはなりーまんさん。入院後、最初に描いたというのが“顔が花で覆われた人”の絵。緊急入院し、不安を抱えていた当時の気持ちが表れているといいます。
――入院して最初に描いた絵は、どんな思いで描かれましたか?
自分がなんの病気かも分からないまま、首を切られて焼かれて。一方で、(病院には)すごく幸せそうな人もいたり、今にも亡くなりそうな方もいらっしゃるような状況がすごくカオスに見えて、“自分の好きな花で視界が埋まればいいのに”という思いで最初、思いを吐き出す気持ちで描いたのがこの絵でした。
何度もこの絵を見返すんですけど、顔が花でどんどん覆われていく、“きれいなものしか見たくない”っていうような現実逃避で描きつつも、やっぱりどうしても私が伝えたかったのは、現実を直視するしかない、闘うしかないぞっていうような“意志”を持った瞳だなというふうに思っていて。精神的にも肉体的にもつらかったのはこの期間だったので、その時の“負けないよ”という気持ちに関しては、この絵を見ると思い出せると思います。
■抗がん剤の色がトラウマに…克服しようと描いた“オレンジの絵”

当初は、病気への不安な気持ちなどを吐き出すために描き始めた花の絵。それをSNSに投稿すると徐々に話題となり、中には約500万回再生され、約16万“いいね”がついた動画も。絵の活動を後押しする声が広がっていき、今回個展を開催することになったといいます。
そして、2025年1月。抗がん剤治療を終えたあとに描いたというのが、鮮やかなオレンジ色が印象的な花の絵です。
――この絵に込めた思いは?
当時は、オレンジ色というのが抗がん剤の色でして、トラウマになってしまっていました。本来であれば元気で明るくて、好きな色のオレンジであったのに、治療によってそんなことになってしまったので、この治療が終わった今からは、“自分の精神も体も100%にこれから元気になっていくぞ”という思いで、『100%』というタイトルでオレンジ色に咲く花と人の絵を描きました。
この絵を描き終わる頃には、オレンジという色が自分にとって抗がん剤ではなくて、元気とか回復を表す色にしたいという思いがありました。
――なぜ、闘病でつらい時に絵を描いたり動画の投稿が続けられたのですか?
むしろ、つらいから出来たかなと思っていまして。無菌病棟で、家族と会えるのも平日の15分だけみたいな縛りがあったりですとか、仕事も休んでいたのでどうしても社会とのつながりが失われたような感覚があったんですけれども。SNSで自分が闘病生活の様子とか絵を発信していると、誰かしらが見てくれて、応援のコメントをもらえたりしたので。まさに、それが私にとって社会とのつながりになったり。それがあったので、むしろないとしんどかったかなっていうような気がします。
ちょっと重い話になっちゃいますけど、“自分が生きててもいいんだな”っていうのを当時は実感できた感覚でした。
■個展には、同時期にがんで闘病していた女性も
はなりーまんさんが、病と闘いながら描き上げた花の絵たち。個展には、様々な思いを抱えた人が訪れていました。
30代の女性に訪れた理由を聞くと、「自分のめいっ子がまだ5歳なんですけども、(はなりーまんさんと)同じ時期くらいに白血病になりまして。治療をしてる、闘病をしてる姿と重なった部分があって、応援したいなって気持ちもあって興味を持ちました」と語りました。
そして中には、はなりーまんさんと同時期にがんを患い、彼の活動から力をもらっていたという女性も。「私も去年、病気をいたしまして。同時期だったものですから、病室で暇で。ずっとインスタグラムで見ていまして。入院したのも一緒くらいかなって思って。私は8月に手術したんですけど。寛解した時期も一緒だったので、今日静岡から来ました。がんになってもこんな力強く絵が描けるとか、優しい絵が描けるとかで、私もとても力が湧きました」と、個展の感想を明かしてくれました。
■がんとの闘い 前向きになれたのは“SNSでの応援の言葉”

――個展の初日を終えて、今の気持ちはいかがですか?
いや、もう一言、本当にジーンときましたね。病気になってまだ1年もたたない中ですけど、ずっとこれまで私のがんとの闘いを前向きに頑張れてきたのはフォロワーであったりとか、私の動画を見てくれた方からの応援の言葉にかなり救われてきた部分があったので。その方たちと実際にお会いできて、お話できて。その方たちが、じっくり私の作品を見てくださる姿が結構たまらないものがありました。
――実際に来場された方とはどんな言葉を交わされましたか?
特に印象に残っているのは、同じ闘病仲間の方かなと思っていまして。自分で病気のつらい経験であったりとか、ご家族を病気で亡くされた方が私の作品ですとか、文章を見て、その方の過去の経験ですとか、ご家族の思いと重ね合わせられて、涙を流すような方もいらっしゃったのでそういった姿はすごく印象に残っています。
■“自分の人生には意味がある” 絵を描き続ける理由
2025年3月にがんの寛解を報告した、はなりーまんさん。復職した現在も絵を描き続ける理由や、今後について伺いました。
――今も絵を描き続ける理由は?
人生でできるだけ深く、多くの人に何かいい影響を与えられたら、自分の人生には意味があるんじゃないかなっていうふうには思っていて。そこに今回がんになったことで、絵や自分の闘病するような様子や言葉で、そういった影響を与えられるんだったら、これはやり続けたいなっていうのがずっとありまして。
やっぱり絵っていうのは、もちろんSNSで見ていただく分にも良さは伝わるかと思うんですけど、実際生で見てもらった時、大きい画面とか生の絵の具とか、汗の跡がある絵を見てもらった時に、一番感動があるものだと思うので。こういった個展開催という活動は、今後も全国でやっていきたいと思っています。








