復帰したフェデラーに倣って……。錦織圭、右手首ケガの背景と重大性。

復帰したフェデラーに倣って……。錦織圭、右手首ケガの背景と重大性。

 トップ10のうち7人、〈ビッグ4〉のうち3人が欠場したシンシナティ・マスターズは、26歳のグリゴール・ディミトロフのマスターズ初優勝で幕を下ろした。

 これまで約10年間、マスターズ1000のタイトルはビッグ4にほぼ独占されてきたが、前の週にモントリオールで今季2度目のマスターズ優勝を果たした20歳のアレクサンダー・ズベレフといい、今回のディミトロフといい、10代の頃から才能を高く買われていた若いスターたちが、ツアーの異変の中でしっかりとそのチャンスを生かしている。

 本来なら、その中に錦織圭がいなくてはいけなかった。

 ウィンブルドンのあとに続けて年内いっぱいの活動休止を発表したノバク・ジョコビッチとスタン・ワウリンカに、まさか錦織が加わるかたちになるとは……。

 モントリオールの初戦で敗れた翌週、次のマスターズの舞台であるシンシナティでの練習中に右手首を負傷。同大会を欠場し、全米オープンに間に合うかと心配されていたが、全米どころか2017年の残り全ての出場予定大会を欠場することになった。

「好調時こそケガは起こりやすい」

 ジョコビッチらの離脱についてモントリオールで聞かれたときは、「あんなに強かったジョコがケガでいなくなったのは寂しいけど、若くて強い選手がたくさん出てきて、もちろん自分たちにもチャンスは大きくなっていると思う」と語っていた。

 しかし今季調子に乗り切れない錦織は、残念ながらビッグ4の崩れた勢力構造の中で優勝する勢いに欠け、さらにはシーズン終盤にかけるはずだったわずかな望みも断たれてしまったのだ。テニスでよく使われる〈流れ〉とは、こういうことなのだろうか……。

 しかし、たとえば昨年の楽天オープンの2回戦で、すばらしい立ち上がりの中で突然臀部のあたりを痛めて途中棄権となったとき、「好調時こそケガは起こりやすい」という分析を元プレーヤーやコーチの口から何度か聞いたことを思い出す。

 結局、ケガはいつどんなときでも起こるし、どんな一流でもケガを経験していない選手はいないのである。

ケガは多くとも沢山の大会に出続けた錦織。

 錦織は他の多くのプレーヤーと比較してそのケガの数が多く、部位も多岐に渡るのは確かだが、過去5年間のグランドスラム及びマスターズの全欠場回数は錦織よりもラファエル・ナダルのほうが多い。

 見るからに筋骨逞しい188cmのジョーウィルフリード・ツォンガも、実は若い頃から「ガラスの体」と呼ばれて何度もケガを味わった。

 ちなみに、左利きのナダルは2014年にまず右手首、昨年は左手首を痛めて全仏オープン以降、シーズン末までに計7大会を欠場している。体格や、見た目ではない生まれ持った体の強さ、プレースタイル、年齢など原因はさまざまだが、1年のうちの11カ月を転戦しながら戦うテニスでは、そうした弱点のごまかしがきかない。

 錦織に関しては、故障したことがない箇所を探すほうが難しいくらいで、手首を痛めたのもこれが初めてではない。

錦織にとって初めての手首の「重症」では?

 2012年のオフシーズン中が最初だったかもしれないが、その後も試合中に治療を受けたことが何度かあった。

 今年のマイアミの準々決勝での手首負傷は、クレー1戦目のバルセロナの欠場へと影響。その後、心配材料は芝で痛めた腰に移り、手首は引きずっていないように見えたが、今回シンシナティで痛めた際、錦織自身が聞いたという「音」は、手首に関しては初めての〈重症〉を意味するだろう。

 部分断裂と診断された小指側の腱は手首の曲げ伸ばしに使う部位で、テニスでは多いケガだという。

 テニスプレーヤーにとって手首は「命」といってもいい。

 肩よりも肘よりも小さな関節で、打球の衝撃を一番近いところで受け止めている部位だからだ。

手首の故障で有名なデルポトロの例を見ると……。

 パワー化した現代のテニスではなおさら手首の負担が高まっている。パワーヒッターのみならず、同時に、手首の操作の加減でショットのバリエーションを生み出す技巧派にとっても、手首の大けがは、それこそ致命的である。

 手首の故障と聞いて真っ先に思い浮かぶのはファンマルティン・デルポトロだ。

 20歳だった2009年に全米オープンを制覇し、2010年には世界ランク4位にまで上っていたパワーヒッターは、同年に右手首のケガから手術を決断し、9カ月間戦列を離れた。2010年後半に復帰し、一時は500位近くまで落としたランキングを自己最高の4位に戻すまでに約4年を費やしたというのに、2014年に今度は左の手首のケガでまた手術。約1年で一度ツアー復帰したものの一時的なもので、次にツアーに戻って来るまでさらに1年の時間を要した。その間に再び左手首を手術している。

 昨年初めの復帰は1000位以下からの挑戦だった。そこからほとんどフル出場してはいるが、ランキングを自己最高に近いところまで戻すのに意外と時間がかかっており、二度目の復帰後、トップ30前後からまだ抜け出せずにいる。

 利き腕でない左手首ではあるが、昨年の復帰後、3回戦で敗れたウィンブルドンでもまだバックハンドに対する不安を口にしていた。

「思いきり打つのが怖いんだ。100パーセントに戻るにはまだまだ長い道のりだと思う。毎日2〜3時間も手首のケアに費やすのはすごく大変だし、試合が終わったときにはどっと疲れが出る」

 それでも、またテニスができているという幸せと、少しずつでも回復しているという実感が、モチベーションであり続けているという。

無敵を誇ったジョコビッチでさえ、休養宣言を。

 そのデルポトロとリオ五輪の1回戦で対戦して敗れたジョコビッチは、その数日前にテニス人生で初めて手首を痛めていた。

 のちにこう振り返っている。

「彼の気持ちがわかったような気がしたよ。テニスプレーヤーにとってすごく大事なところを痛めて、何年もの間、戦えなかった彼の気持ちがね」

 ジョコビッチの手首のケガはその後、肘へと連鎖し、長く苦しんだ挙げ句に今回の休養宣言となった。

心も体も「休みたい!」と叫び続けていたでのは?

 それにしても、膝のケガに悩まされていたワウリンカ、そして錦織も含め、彼らがあと4カ月を残した時点で、全ての試合を捨てるという決断を次々と下したことは異例だ。

 昨シーズンの後半を完全に休んで今季の成功につないだロジャー・フェデラーの例は、その選択の背景に当然あったに違いない。

 彼らの共通点は、今季好調とはいえないシーズンを送っていたことであり、体も心も、「休みたい!」と叫び続けていたのではないか。

 特に錦織の場合は突発的なケガであり、全米の欠場はともかく、決断が早すぎないだろうか。完治までに要する時間と、コートで必要な練習時間を考えれば今季は絶望との判断だったというが、結局、年内復帰を目指すモチベーションが湧いてこなかったのだと思えてならない。そして、父親の厳しいコメントまでが長々と載った週刊誌の派手な報道合戦なども無関係だとは思えない。

 錦織は、公式アプリの動画でファンに「たくさんのメッセージをありがとうございます。なるべく気持ちを前向きに、来年までに治したいと思います」と語っている。

 復活への道のりの辛さは、19歳のときに丸1年ツアーを離れた錦織ならよくわかっている。取り巻く環境や年齢のことを考えると、ひょっとしたらあのとき以上の苦労を覚悟しなくてはいけないかもしれない。

文=山口奈緒美

photograph by Hiromasa Mano

関連記事

おすすめ情報

Number Webの他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る

記事検索