オグリキャップとホーリックス。ジャパンカップ「2.22.2」の伝説。

オグリキャップとホーリックス。ジャパンカップ「2.22.2」の伝説。

11月9日、オグリキャップを管理した瀬戸口勉元調教師が、
急性白血病のため、81歳でお亡くなりになりました。
その1カ月前の9月30日、Number937号「秋競馬特集」で、
オグリとホーリックスの「世紀の1戦」となった'89年の
ジャパンカップについて聴くために
私たち取材班は瀬戸口氏のご自宅を訪れました。
オグリのほかにもネオユニヴァース、メイショウサムソンを育てた名伯楽。
ご冥福をお祈りいたします。

ジャパンカップを前に、瀬戸口氏への取材をもとに
当時の「世紀の1戦」を完全再現した
Number937号「秋競馬最速最強レコード伝説」の記事を転載いたします。

 薄暗い馬房の奥に灰色の馬体が溶け込んでいる。馬はじっとして立ったまま動かない。眠っているようにも見える。

「さすがに疲れてるな」

 厩舎の前に集まっていた取材陣に聞こえるように、著名な競馬評論家が言う。「オグリは厳しいな」とも付け加えて。

「違う」と馬房にレンズを向けていたカメラマンが反論するように囁いた。

「オグリは燃えているよ。大丈夫だ」

 わたしは頷く。これほど静かなオグリキャップを見るのは初めてだったが、カメラマンの感性を信じたかった。

 '89年ジャパンカップの公開調教がおこなわれた東京競馬場でのことだ。4日前に京都競馬場のマイルチャンピオンシップに出たオグリキャップは、バンブーメモリーとの競り合いに勝利していた。そのまま馬運車に乗って東京に移動し、3日後にはジャパンカップに参戦する。この日の朝の調教は軽い調整ですませていた。

バブル経済を具現化したような芦毛のヒーロー。

 もう28年も前のことだが、「オグリキャップのジャパンカップ」で思い出したのはあの光景だった。それを瀬戸口勉に話した。調教師を定年引退して11年、この秋81歳になる瀬戸口は「そう、そう」と言った。

「オグリは無駄な動きをしなかった。いろいろ言われたけど、あのときは調子は良かったと思うよ」

 '89年の秋はオグリキャップの生涯でもっとも華やかで輝いていたシーズンだった。3人めの馬主に代わった直後に故障し、春シーズンを棒に振ったこともあり、3カ月余で6戦するローテーションを強いられた。人の思惑に翻弄されながら一戦一戦懸命に走り、スーパークリーク、イナリワンとともに「三強」と呼ばれ、メジロアルダン、バンブーメモリーと名勝負を演じた。バブル経済を具現化したような芦毛のヒーローにわたしたちは魅了され、応援した。

ホーリックスは「見栄えのしない牝馬」だった。

「そもそも、天皇賞で負けたから……」

 瀬戸口はいまでも悔しそうに言う。

 オールカマーと毎日王冠を連勝して臨んだ天皇賞・秋ではインコースを進んだ結果、直線で前が詰まって、先行したスーパークリークに首差届かなかった。この敗戦で、オーナーは「もう一回、マイルチャンピオンを使ってくれ」と言ってきた。

「こんなこと言っていいかどうかわからないが、リースだったからな」

 当時の新聞報道によれば、新旧の馬主間で1年間3億円というリース契約が結ばれていた。そうした事情もあってオグリキャップはマイルCSからジャパンカップという“連闘”を強いられることになった。冒頭の評論家をはじめ「オグリ陣営」に批判の目を向けていた人は多かった。

 いろんな面で騒々しかったあの日の東京競馬場で、ジャパンカップに出る外国馬を観察していた瀬戸口は「この馬にだけは負けないな」と思った馬が1頭いたと言う。ニュージーランドのホーリックスだった。

「見栄えのしない牝馬でね。この馬にだけは負けないなと思っていたら、その馬に負けちゃった」

アメリカのようなスピード競馬になっていた。

 レースは思わぬ展開となった。

 大方の予想はアメリカのGI3勝馬ホークスターが逃げるだろうということだった。来日直前には芝12ハロン(2400m)2分22秒8の世界レコードを樹立していた。ところが、その快速馬を制してイギリスのイブンベイが先頭に立った。ドイツのGIオイロパ賞など4連勝中の馬だ。3番手にホーリックス、1、2番人気のスーパークリークとオグリキャップが並ぶようにして4、5番手を進み、そのうしろに凱旋門賞馬キャロルハウス(イギリス)と、有力馬が前にポジションをとった。

 フジテレビで実況していた大川和彦は1、2コーナーを回る馬群を双眼鏡で追っていた。向こう正面の直線でペースが落ち着いたときに先頭から後方の馬まで追い、ポジションを確認するのが通常の東京2400mの実況パターンだったが、この日はペースが落ち着くどころかずっと速い流れがつづいていた。しかも有力馬が前に集まり、アメリカの競馬のような、力任せのスピード競馬になっていた。

「オグリ来た! オグリ来た!」と大川の声が。

 3コーナーの手前でうしろの馬を紹介しようと思ったとき、実況席の左脇にあるTVモニターが目にはいった。画面は正面から馬群を映していた。大川はとっさに映像に合わせた実況に切り替え、再び前の馬たちを追っていく。結果、レース中に大川が口にしたのは前の6頭だけだった。

 先頭のイブンベイは最初の1000mを58秒5で通過する。暴走ペースに近い。通常、ハイペースになれば追い込む馬が有利になるが、この日は前の馬が止まらない。そのまま直線に向き、3番手にいたホーリックスが抜け出してきた。

 それからひと呼吸遅れて外からオグリキャップが追い込んできた。

「オグリ来た! オグリ来た!」

 大川の声のトーンが高くなる。南井克巳が懸命に右鞭を振るう。まだ前にホーリックスがいたが、大川は「オグリ先頭!」と口にしている。それほどの勢いでオグリキャップが迫ってくる。

「オグリには借りは半分しか返してないですけど、来週は倍にして返したい」

 天皇賞の敗戦を自分の責任と感じていた南井の、マイルCSでの涙のインタビューが大川の頭にあった。3週間前、F1のオーストラリアグランプリで4位にはいった中嶋悟のレースの興奮を抑えきれずに実況した大川は、あのときとおなじように叫んでいた。

「オグリキャップ、頑張れ! オグリキャップ、頑張れ!」

2分22秒2は当時驚異的なタイムだった。

 オグリキャップは首差届かなかった。

 なんとか届いてほしいと祈りながら声を張り上げていた瀬戸口は、オグリキャップの追撃を抑えた馬がなんだったのか知らなかった。「どの馬やった?」と横にいた調教師にきくと、負けないだろうと思っていたあの牝馬だった。

 勝ちタイムを見て、瀬戸口はいま一度びっくりする。

 2分22秒2――。

 当時としては驚異的なタイムだった。ホークスターの記録を大きく上回る“世界レコード”である。あの速い流れについて行って、それでさらに前を追い詰めて、こんなタイムで走ってしまったオグリキャップに頭がさがる思いだった。

瀬戸口は「ほんと、よう走った」と何度も口にした。

「ほんと、よう走ったと思うよ」

 瀬戸口は28年前のレースを思いだしながら、何度もそう口にした。

「あれが、うしろのほうだったら批判が多くなったと思う。2着だから、だれも連闘が響いたとは言えなかった。悔しいけど、よう走った」

 そして瀬戸口は「結果論だが」と前置きしながら、あのジャパンカップに限ればマイルCSを使ったことがいい結果につながったのかもしれない、とも言う。

「あとになって、いいほうに考えるとね、マイルを使っていたから、スピードに乗って前に行けたのかなと思う。ペースが速かったから、ちょっと前過ぎるかなと思ったけど、前の馬が残っているからな」

「芦毛、芦毛の(2)(2)で、2分22秒2」

 と、黒い帽子の芦毛2頭が抜け出してきた直線をわたしたちは思いだす。逃げるホーリックス、首を低く下げ、懸命に前を追うオグリキャップ。モノトーンの記憶のなかに声がきこえる。

 オグリキャップ、頑張れ!

(Number937号「秋競馬最速最強レコード伝説。1989年 ジャパンカップ戦前の予想を覆すオグリキャップとホーリックスの死闘。」より)

文=江面弘也

photograph by JRA

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