F1界に奇跡を起こす1人の日本人。新興チーム・ハース快進撃の理由。

F1界に奇跡を起こす1人の日本人。新興チーム・ハース快進撃の理由。

 いま、F1というモータースポーツ最高峰の舞台で、奇跡が起きようとしている。新興チームの「ハース」の快進撃だ。

 ハースはすでに2016年も奇跡を起こしていた。開幕戦で6位に入賞。新規参入チームのデビュー戦でのポイント獲得は、'02年のトヨタ以来、14年ぶりの快挙だった。500人以上のスタッフがいたトヨタに対して、昨年のハースが100人にも満たない人員で戦い続けたことを考えれば、この6位入賞はまさに奇跡だった。

 さらにトヨタはその後は1回しか入賞できなかったのに対して、ハースは初入賞以降もポイントを重ね、終わってみれば合計5回ポイントを獲得。コンストラクターズ選手権で、ルノー、ザウバー、マノーを上回って8位という成績を残した。

 この活躍がビギナーズラックでなかったことは、2年目の2017年も再び8位を確保したことでもわかる。ポジションは昨年と同じだが、内容はまったく違う。1年目の'16年のポイントが、波乱が多かった前半に集中していたのに対して、'17年はシーズンを通してまんべんなくポイントを獲得。ドライバー2人合わせて13回も入賞した。

 あまりの快進撃に、いまではハースが入賞しても大きな話題にならなくなったが、'17年にハースがコンストラクターズ選手権で上回ったマクラーレンは800人以上、ザウバーですら320人のスタッフがいたことを考えれば、2年目になっても100人を少し上回った程度のスタッフで、老舗チームをしのぐ活躍を披露したことはやはり奇跡と言えるだろう。

小松礼雄がハースでした1つの提案。

 なぜハースは2年目に入っても快進撃を続けられたのか?

 そこには、1人の日本人エンジニアの存在が大きく関係していた。チーフレースエンジニアの小松礼雄だ。

 時間とスタッフの数が足りず、レースするだけで精一杯だった1年目。シーズン半ばに小松は、チームの首脳陣にある提案をした。

 それはスタッフの増員。ただし、それはサーキットで仕事をする現場スタッフではなく、ファクトリーで働くサポート部隊のことだった。じつは1年目のハースは「レースが始まると、ファクトリーにはほとんどスタッフが残っていない状態だった」(小松)のである。

組織の巨大化が風通しを悪くするのはF1も同じ。

 '16年のベルギーGPで、小松はチーム代表のギュンター・シュタイナーにこう言ったという。「いまウチのチームの問題はレースチームではなく、クルマを根本的に理解して、レースチームをサポートしてくれる人がいないこと。ファクトリーにビークルパフォーマンス部門を作り、まずリーダーになるような人材を獲得してほしい」

 先述のように、小松の役職はチーフレースエンジニア。ファクトリーの強化を考えるべき人物はほかにいた。通常のチームであれば、小松が担当する仕事ではない。

 しかし、それがいまの巨大化したF1チームの悪弊にもつながっている。業務が細分化され、専門的な分野の仕事は正確にできるようになったが、逆にチーム内の風通しが悪くなるという弊害が生まれているのだ。

王者メルセデスからエンジニアをヘッドハント。

 小松がこのチームに移籍してきたとき、まず考えたのが、チーム内の風通しを良くし、仕事をするスタッフが自分の能力をフルに発揮できる環境を作ることだった。そして、シュタイナーにスタッフの補強を進言することで、それを早速実行したのだ。

 ただ、小松には一抹の不安もあった。もし、自分の意見が通らなかったら……。このチームの首脳陣にはチームを強くしようという考えがないのかもしれない、という根源的な問題に直面することになる。

 だが、それは杞憂に終わった。シュタイナーの答えはひと言。「早く実行に移せ」だった。

 こうして'16年の秋に、小松はメルセデスからシニアクラスの優秀なエンジニアをヘッドハンティング。その人物は、小松の大学院時代の先輩で、20年以上の長い付き合いがあり、小松の結婚式ではベストマン(新郎の付き添い人や立ち会い人。日本式に言えば仲人)も務めたほどの深い仲だった。

能力を発揮する場所があれば、人材は集まる。

 なぜ、チャンピオンチームであるメルセデスのスタッフが、チーム創設2年目のハースに移籍したのか。

 この世界ではスタッフの移籍に大金が積まれることが少なくないが、もちろん小松はそのような方法をよしとはしていない。小松は「この世界には能力がありながら、それを十分に活かしきれていない人がたくさんいる」ことを知っていたからだ。

 彼らの能力を活かすことができる環境を整えておけば、自分の能力を発揮したい人なら、たとえトップチームでなくとも来てくれる。実際、'16年から'17年にかけて、ハースにはメルセデスだけでなく、レッドブルなどトップチームから多くのスタッフが面接に来ていた。

「メルセデスが100%の仕事をしたら追いつけない」

 チーム名を改称してできたケースは除き、組織を新しく興して作られた新生チームで2年連続8位以上というのは、'93年に新規参入してきたザウバー以来の快挙。しかし、小松は順位にはこだわっていない。

「相手があることですから。自分たちが100%の仕事をしても、メルセデスも100%の仕事をしたら、追いつけない。それよりも大切なのは、このチームをレースで戦える集団に成長させるために、前進させること。

 そのためには、いま自分たちに何ができていて、何が足りていないのかを分析し、変えなければいけないことを実行する。それを自分1人ではなく、チームのスタッフみんなと共有できれば、たとえ少ない人数でも、ビッグチームに対抗できると信じています」

 チーフレースエンジニアでありながら、レースが行われていないオフシーズンも多忙が続く小松。クリスマス前には、突然イタリアでの仕事の予定が入り、朝3時に起きて、その日の夜11時に帰ってきたこともあった。その間、働いていなかったのは、空港でピザを食べていたときぐらいだったという。もちろん、すべてはチームのためだ。

“One for All, All for One.”

 元ラガーマンの小松らしいチーム・スピリットだ。

文=尾張正博

photograph by UNIPHOTO

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