マリーンズの広報にカジワラあり。謎の魚、“We Are”をあやつる鬼才。

マリーンズの広報にカジワラあり。謎の魚、“We Are”をあやつる鬼才。

 2017年も残り数日となったある日。雪の降りしきる秋田駅に、2人の男が降り立った。

 ひとりは地元、秋田商業出身、千葉ロッテマリーンズの2年目の成田翔投手。雑誌の取材で帰省してきた19歳の若武者である。その傍らには、少年の面影を残す成田投手のあどけない笑顔を、ひと時も逃すまいと目を光らせる男がひとり。

 男ははにかむ成田投手のベストショットを逃さずスマホで撮影し、コマメにTwitterに上げた。慣れない取材に緊張する成田投手にアドバイスを送りつつ、懐に忍ばせたビデオカメラは隙あらばとベストショットを覗っている。

 取材のアテンドをつつがなく終え、宿に戻ると鞄の中からノートパソコンを取り出し、実に4本を抱える連載原稿の今年最後の執筆に取り掛かる。

 彼の名は梶原紀章。通称カジさん。千葉ロッテマリーンズ広報メディア室所属。

 球界関係者が彼を評すとき、こんな言葉が囁かれるのを聞いたことがある。

「幕張に過ぎたるものが二つあり。熱烈なファンと、広報カジワラ――」

朝から晩までマリーンズ情報を伝えてくれる男。

 マリーンズを愛し、マリーンズに生き、マリーンズを世に広く報せるためにはどんな手段も厭わない超絶怒涛の敏腕広報。

 幕張→台湾→ニューヨーク。マリーンズ戦士のいるところ、常に彼の姿があり。コラム執筆は20分で仕上げる鉄の筆を持ちながら、時にファン感でブルゾンに扮して「35億」とやり、時に雨のグラウンドで諸積ばりのヘッドスライディングをかます。

 その仕事ぶりは悪魔か天使かお守りか。マリーンズ広報としての通常業務をこなしながら、千葉ロッテマリーンズ公式Twitterやfacebook。YouTube「マリーンズチャンネル」の【広報カメラ】を担当し、千葉日報「千葉魂」、ベースボールチャンネル、文春オンラインなど、新聞雑誌Web等に連載コラムを持ち、おはようからお休みまでマリーンズ情報をお届けしてくれる。

 そんな梶原が2005年にマリーンズの広報になって12度目のシーズン、干支ひとまわり(2011年はチケット部)を終えた年の瀬に、深くため息をついていた。

「1年間、がむしゃらに働いてきましたが、今年はさすがにちょっと疲れましたね……」

負けている時に明るい空気を作るのが広報の仕事。

 54勝87敗2分。勝率は3割8分3厘。今年の千葉ロッテマリーンズは苦しい戦いの連続だった。

 どうにかして世間の目を集めたい。敗北のどん底の中でもがく選手たちを勇気づけたい。伊東監督に笑顔になってもらいたい。梶原は謎のサカナを第2形態に変態させながら、そんな苦悩を常に携えていた。

「これだけ負けたシーズンは僕も初めての経験でした。4月からずっと調子が悪いまんまという状態でしたから……難しかったですね。難しいですけど、やっぱり広報って、苦しいときにどういう風に明るい話題、希望のある話を伝えられるのかというのが腕の見せ所。

 それは、僕がマリーンズの広報になった1年目、日本一になった時に言った言葉でもあるんです。“優勝した時に盛り上げることは、誰でもできる。最下位になった時こそ本当の真価が問われる”ってね。

 まぁ、そんなカッコいいことを言いながら、実際に最下位になると何もできなかった。それが悔しい。『今年はしょうがない』、『よくやった』と皆さんが慰めてくれるほど悔しくなります。マリーンズは12球団でも最も魅力のあるチームなんですから」

大阪で育ち、関西スポーツ紙記者だった梶原がなぜ?

“ロッテは12球団イチ魅力のあるチーム”。

 それは2005年にロッテに入団した梶原がこの13年間、ずっと言い続けてきたことである。

 元々は大阪で育ち、関西のスポーツ紙でオリックス・阪神を担当してきた梶原にとって千葉ロッテは縁の遠いチーム。それでも梶原はこのチームが気にかかっていた。

「僕がオリックスの担当記者をやっていた'99年'00年頃。ちょうど山本功児監督のあたりですね。僕はロッテ戦が一番の楽しみでした。

 熱いファンがいて、マリンに行けば何かあるんじゃないかと思えるようなワクワクがあったんです。ファンとの一体感はロッテが一番ありましたよ。だって、ヒットを打った選手がファンに手を上げて応えるチームなんて他にないですよ。愛だなぁと思うんです。ただ、当時は僕がロッテに入るなんて思いもしませんでしたけどね」

 2004年、急転直下で転機は訪れる。6月に発覚した近鉄とオリックスの合併発表に端を発する球界再編問題。これにより「今のままではダメになる」と、危機感を募らせたパ・リーグ各球団は、それぞれに独自の改革を行うことになる。

 千葉ロッテマリーンズは改革のひとつに広報体制の見直しを掲げた。効率よく外に情報を発信するにはメディアを知る人間、即ちマスコミ出身の人材を求めた。

 白羽の矢が立ったのが、その年の6月に立川隆史(ロッテ)−平下晃司(阪神)のトレードをスクープしようとロッテサイドへの取材を開始していたサンスポの阪神番記者・梶原紀章だった。

ロッテを取材したら、「ご興味がおありかと」と誘われ。

「'01年から4年間は阪神担当だったので、特にロッテとは接点もありませんでした。そんな時にトレードの情報を得て、マリーンズの球団幹部の方に裏取りの取材をしたんですね。これは記者の手法なんですが、本題の前に雑談をいろいろする中で『ロッテはファンも熱いし、球場も魅力的。いろいろと可能性がありますね』なんて話を熱っぽくしたようです。その日は本題をちょろっと聞いて、名刺を渡して帰ったんですよ。

 それが5カ月後の11月11日に、急に球団幹部の方から電話が掛かってきた。『以前、お会いした時に梶原さんはマリーンズの事を熱く語っていらっしゃったが、ご興味がおありか……』と」

 突然の電話に戸惑いながらも、梶原の答えはひとつだった。

「あの2004年は僕の中でも物凄く悔しい思いをした年でした。球界再編という大事件を目の当たりにし、おかしい、理不尽だと思う事が物凄くたくさんありました。こうすればもっと良くなると思っても、新聞記者は記事を書いて伝えることしかできない。それが、もどかしくて、自分の力のなさを感じていたんです。

 同時に物事を変えるならば、中に入って動かさなければダメだとも。そんな時に本当に球団からオファーが来た。神懸かり的な奇跡ですよ。だから僕はお受けした時に言ったんです。『マリーンズを12球団イチ魅力のある球団にします』って」

1年目から日本一、WBCの広報にもなり世界一。

 梶原がロッテに入団した1年目の2005年。神懸かりは続いていた。プレーオフでの激闘から日本シリーズで阪神を4タテしての31年ぶりの日本一。

 シーズンを通じて殺到する取材依頼に、梶原は出来る限り応えた。

 里崎智也、渡辺俊介、今江敏晃、西岡剛……。若い選手を全国区の選手にするため寸暇を惜しんであらゆる媒体に売り込むと、マリーンズはアジアシリーズをも制し大フィーバーを起こす。

 続く2006年の春には第1回WBCにロッテから大量8選手が選出されたため、梶原もWBCの広報に選出されたと思ったら世界一。いきなり絶頂期を迎えてしまった。

「そうなんです。いきなり努力もしないですべてが上手くいってしまったので、その後が苦しかったですよね。何をしても2005年の秋〜'06年の春までの盛り上がりを超えることができない。“31年ぶり”という最強のストーリーを失った状態で、そこからもう一度どうやってストーリーを作っていくか。試行錯誤でした。

 ただ、マリーンズは組織が比較的小さいこともあり、他球団にはない瞬発力がある。他球団なら数日かかる案件も、ウチなら1日、下手すれば1時間でその企画を動かせたんです。

 そういう土壌があったから、実験的な新しい企画もどんどん進めることができた。逆を言えばマリーンズは発信力が劣るので、新しいことをやるアイデアと小回りを武器に補ってきたとも言えます。発信力のある大球団に同じことをされたら僕らはひとたまりもないですからね。

 試合後にヒーローが外野に挨拶に行くことも、ボールを投げてハイタッチで帰ってくることも今では他球団も当たり前のようにやっています。どんどん迫られている恐怖があるので、迫られたら僕らはまた1個次へと行かなければならない。同じ動画を撮るにしても、他球団よりもっと近くに、詳細に。我々はどんどん先へ先へと行かないと生き残れませんからね」

謎の魚は、意味も無く変態しているわけじゃない。

 梶原のポリシーはファン目線であり、マスコミ目線。

 試行錯誤の中でスタイルはできあがってきている。Twitterやfacebookの公式アカウントをいち早く持ち、独自の情報を呟き続けた。とある球団がベンチ裏の動画をオフに映画にしたと聞けば、梶原は自らビデオカメラを持ち、YouTubeで毎日のように選手や裏方の動画を即日配信した。

「TwitterやYouTube、コラムなどは当日の試合と連動するようにしています。これはホームゲームだけ差別化してやっていることなんですが、野球観戦は、家を出てから試合を観て、帰るところまでをフルセットだと考えています。

 大事なものは共有する一体感。試合前の練習から、試合後の選手のコメントや動きまで、TwitterやYouTube、コラムで僕が出した情報は、お客さんが球場へ来る電車やバスの中で読めるんです。それは時間を短く感じさせる効果がある一方で、“ロッテは球場に観に来た方が面白いよ”っていうメッセージでもあるんですけどね」

 記事を作る時は不自然に作り込もうとはしない。

 過剰な演出は熱を起こすには邪魔になることもある。与えるのではなく呼び覚ます、その塩梅が実に難しいという。

 ひとつの記事や呟きがプレーの感動を増幅させる一方で、いい記事が書けたとしても、チーム状況が悪ければ「偉そうな事言う前に勝て」と叩かれるリスクも背負う。そう。意味もなく謎のサカナが第3形態に変態しているように見えても、その実大自然の理にのっとり、様々なタイミングを計算しているのだ。

 出すぎず、怯まず。すべてはマリーンズの勝利のために。

 選手とファン、人間同士の熱情を呼び起こし、梶原が心底惚れたこのチームの一体感を高める。「ハフ満足」「デスパいいね」など、ファンに親しんでもらうため、外国人選手のお立ち台でのキメ台詞を考えても、「カジさんのダジャレはスベる」と選手間で流布され、スタンドから「梶原の仕業だろ!」と野次られたこともある。

マリーンズの象徴“We Are”はこう始まった。

 だがそんな試行錯誤の中で、梶原が目指した“マリーンズの魅力”、その結実を見たのが勝利後にライトスタンド前で選手が肩を組み、スタンドと呼応する“We Are”だった。

「スタンドのファンと、グラウンドにいる選手たちがひとつになって勝利の喜びを分かち合うあのスタイルは、This is ロッテの象徴です。

 あれも最初は選手を強制する側面が強くてなかなか上手くいかず、僕は辞めようと思っていたんです。でも、昨年のオフに鈴木大地と話し合った際に彼の方から『やりましょう』と言ってきた。

『でも一度はじめたら借金10や20あってもやめられないよ』と念を押しても『必ずやります』という。そういう風に選手が率先してやる意思を示してくれた時点で成功したと確信しましたね」

内川も松田も中田も大谷も西川も“We Are”。

 今シーズン。4月から借金生活が続く中でも、マリーンズの選手とスタンドは鈴木大地を中心に“We Are”を1年間やり切った。そして7月のZOZOマリンスタジアムで行われたオールスター第2戦の試合後、パ・リーグの選手全員が肩を組み“We Are パ・リーグ”とやったのは、歴史に残る名場面となったといえるだろう。

「あの日、大地と2人で内川選手や松田選手の方へ歩いて行ったら、向こうからやろうと言い出してくれたんです。あり得ません。ものすごい流れですよ。野球の神様がいるんじゃないかと思ったぐらいです。さらに中田選手や大谷選手、西川選手なども“We are”を知っていて『やろうやろう』と言ってくれた。ロッテといえば“We are”というのが浸透していている。そのことが本当に嬉しかったですね」

 2017年。球団史上2番目に低い勝率で終わった年。今年の屈辱を胸に、梶原は新たなストーリーを描いている。

「1年間、暗い話題ばかりで、こういう時こそ明るい話題を発信したかったなと思ったんですけど、できなかった。ただ歴史は繋がっているので、ここから先につなげていきたいと思っています。

“12球団イチ魅力があるチームにする”と誓ってから13年、今もまだその場所まで辿り着けていません。そのことに対する僕自身の申し訳なさがあるんです。自分の魂を削ってでもやってやる。燃え尽きて魂が消えるまでにはなんとかしなきゃと責任を感じているんです」

「広報も体力勝負ですからね、あと1〜2年しか」

 アイデアが溢れ出て来る一方で、来年で42歳。体力的に広報としての寿命を感じているという。だからこそ、この先の一年一年は広報人生を賭けた勝負の年と位置付けている。

「今年1年間はがむしゃらにやってきて、圧倒的な最下位になり……少々疲れました。広報も体力勝負ですからね。昔みたいに一日に無理矢理8本取材を入れたりするのも、現場の最前線で思いついたことをすぐ形にするようなことも、あと1〜2年しかもたないでしょうね。

 来年がひとつの勝負だと思っています。井口新監督での再出発。絶対に面白くなりますよ。チームが強い方が絶対に面白い話題は多いですし、井口さんはずっと現場で一緒にやってきた人。広報活動にも協力的にやってくれますし、ここまで物凄く雰囲気がいいです。

 チームの課題も何が足りなかったかもこれまで見てきていますし、理解度も深い。そして野球に対して厳しさを持っている方です。マリーンズにとって絶対に良いシーズンになりますよ。

 だからこそ、来年は僕らもやりますよ。この頃はTwitterや自分のコラムなどインナーメディアに頼りすぎた部分もありましたが、来年は原点に立ち返ってTVや雑誌、新聞などマスコミ媒体に紹介される選手を増やしたいと思います。

 広報は締める時と開く時があるんですが、来年は徹底的に門戸を開くつもりですよ。もちろんSNSも駆使しますが、通常のメディアとの両輪でチームを徹底的に全身全霊、自分の魂が尽きるほど売り込みます。2005年以来のフィーバーを作ってやろうかなって企んでいます」

 2018年、井口新監督を迎えた千葉ロッテマリーンズの逆襲。そして梶原広報が何を仕掛け、幕張の海に何が生まれてくるのか、注目は尽きない。

文=村瀬秀信

photograph by Hidenobu Murase

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