天皇杯って実は戦後に始まった?喜び、切なさが交錯する元日決戦。

天皇杯って実は戦後に始まった?喜び、切なさが交錯する元日決戦。

 2018年、明けましておめでとうございます。めでたい。

 年末年始、親族への挨拶もそこそこに、テレビをつければ様々なスポーツがやっている。高校サッカーにボクシングなど格闘技、ニューイヤー駅伝や箱根駅伝、そして元日のお屠蘇気分のまま始まる、サッカー天皇杯である。

 お餅を食べすぎてこたつで寝そべったり、届いた年賀状を眺めつつボンヤリと見ている人も多いかもしれないが、天皇杯はれっきとした「国内3冠」の1つで、Jリーグの各サポーターにとって「元日決勝」は特別な意味を持つ。新年早々愛するチームを応援できて、勝てばACL出場権までついてくる。

 今回で第97回を数えた天皇杯、英語では「EMPEROR'S CUP」と表現される。世界を見回してみると、スペインの国内カップ戦が「スペイン国王杯」と呼ばれるが、意外と王族や皇族を冠するタイトル戦は少ない。例えば皇室のイメージが強いイングランドでもFA杯(Football Association)といった具合である。

第1回は……「ア式蹴球全国優勝競技会」?

 でも実は、「天皇杯」と天皇・皇族の関係性についてよく知らない、という人も多いのではないだろうか。恥ずかしながら、筆者も今回調べて改めて知ったことがいくつもある。せっかくなので、家族や親族にひけらかせる天皇杯の歴史とマメ知識について紹介しよう。

 実は1921年に開催された第1回は「ア式蹴球全国優勝競技会」という大会名で、まだ天皇杯の「て」の字もなかった。ちなみに「ア式蹴球」とは明治時代、日本にサッカーが伝来された際に「アソシエーション・フットボール」を日本語訳したもので、早稲田大学と東京大学のサッカー部は今も「ア式蹴球部」という名称で活動している。そんな時代が20年ほど続いて、戦後に「全日本選手権」となった。

天皇杯がサッカーで設立されてから各競技にも。

 日本サッカーにとって大きなターニングポイントとなったのは1947年4月の「東西対抗試合」でのこと。無理やり今のサッカー界で喩えれば、“Jリーグ東日本選抜vs.Jリーグ西日本選抜”のような戦いに、昭和天皇と皇太子(当時)がご臨席された。これをきっかけに翌'48年7月、サッカー界に宮内庁より天皇杯が下賜されることとなった。

 ただ1949年と1950年は、天皇杯が授与されたのは「東西対抗試合」だった。それが全日本選手権の優勝チームに天皇杯が授与されるようになったのは翌1951年度から。ここから大会名も正式に「天皇杯全日本選手権」となったのだ。

「天皇杯」という名前の大会が戦後初めて設立されたのはサッカーだったが、これを機に各種競技で天皇杯が続々と誕生した。以下は「天皇杯」が大会として存在する主な競技だ。

 サッカー、日本体育協会(国体1位の都道府県)、バレーボール、柔道、剣道、弓道、卓球、ソフトテニス、バスケットボール、陸上(全国都道府県対抗駅伝)、空手道、軟式野球。

 ちなみに男子が天皇杯で、女子が「皇后杯」というケースもある。サッカーやバレーボールのファンにとってはお馴染みだろう。

野球の「天皇杯」は、東京六大学野球に存在。

 そして実は野球にも、「天皇杯」が存在するのを知っているだろうか。それはプロ野球でも甲子園でもなく、東京六大学野球だ。

 1926年に後の昭和天皇が東宮杯(摂政杯)を下賜されたことをきっかけに、天皇杯が授与されるようになった。つまり野球で天皇杯を獲りたいなら慶大、明大、法大、立大、早大、東大いずれかの野球部に所属しないと、どんなに実力があっても叶わない、とも言える。ちなみに日本の国技・相撲でも、本場所優勝を果たした力士に天皇杯が贈られる。 

 そして天皇杯以外だと、有名なのは競馬の「天皇賞」だ。歴史は古く1880年、元号にして明治13年のこと。正式に「エンペラーズカップ」という名前になったのは1905年のことだった。

フリューゲルス優勝と消滅、マリッチの大爆発。

 各競技の“日本ナンバーワン”を争う大会と言える天皇杯。サッカーは決勝が元日開催なこともあって祝祭感が強く、シーズン最後の公式戦でもあるため、様々な感情が交錯する。

 1999年の元日には、そのシーズン限りでのチーム消滅が決まっていた横浜フリューゲルスが決勝の舞台に立ち、清水エスパルスを2−1で撃破した。

 NHKで実況を務めた山本浩氏の「私達は忘れないでしょう。横浜フリューゲルスという、非常に強いチームがあったことを。東京国立競技場、空は今でもまだ、横浜フリューゲルスのブルーに染まっています」という言葉は、彼らとファンの喜びと切なさを象徴するかのようだった。

 またチームを去る選手のために優勝を――といったモチベーションが生まれるのも天皇杯ならでは。

 自ら大活躍して花道を飾ったのは2005年度、浦和レッズに所属していたマリッチ。半年間だけの在籍だったが、天皇杯で5試合6得点の大爆発。清水との決勝戦でも試合を決定づける追加点を決め、タイトルをもたらしてサポーターに別れを告げた。映画のような、カッコよすぎる去り際である。

「平成最後の天皇杯」が近づいてきている。

 さて、2019年4月30日に天皇陛下が退位され、翌5月1日に皇太子さまが即位されることが決まっている。それにあたって元号を改める「改元」が実施されるため、「平成」の時代はもうすぐ幕を閉じることになる。

 つまり「平成最後の天皇杯・皇后杯」の時が近づいてきている。これから1年4カ月の間に実施される天皇杯や天皇賞、皇后杯に勝利すれば、“平成時代最後の天皇杯王者・皇后杯女王”となるわけだ。その王者となれば、それこそ一生に一度しかないチャンスである。それぞれのスポーツ史に名を残すために、ここで奮起しない手はないだろう。

 天皇杯が描いてきた時代の流れに思いを馳せつつ、元日のピッチに立つセレッソ大阪と横浜F・マリノスの選手たちの奮闘に手に汗を握る。そんな2018年1月1日も趣深いのではないか。

文=茂野聡士

photograph by AFLO

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