野球部の坊主頭はいつまで続くのか。大学では消滅寸前、高校はまだ現役。

野球部の坊主頭はいつまで続くのか。大学では消滅寸前、高校はまだ現役。

 今、私の手元に1枚の古い写真がある。

 43年前の早稲田大学野球部・夏の軽井沢合宿。

 当時の『アサヒグラフ』さんだったか、『週刊ベースボール』さんだったかが取材にやって来て撮った写真。実際に、雑誌に掲載されたものだ。

 以前、この写真を眺めていたら、後ろからのぞき込んだ人にこう言われた。

「あ、戦時中の写真ですね」

 なんの疑いもなくそう言われ、なるほど……と、かえって納得したものだった。

 背景のうっそうとした樹木。その前に居並ぶげっそりと疲れ果てた表情の男たち。モノクロ写真でもはっきりわかる汗とドロの染み込んだ衣服。そして、一様に、修行僧のような坊主頭。

「すいません、ジャングルから出てきた敗残兵かと思いました……」

 確かにそこには、スポーツに打ち込む若者たちのはつらつとした生気も感じられなければ、希望に燃えた前向きの輝きもない。

 ひたすら、苦しいだけの時を耐えに耐え、さらにまだこの先にもいくつもの試練を控えた者の、絶望的な暗さと重苦しさ。

 そんなものしか伝わってこない。

 しかし間違いなく、40数年前のこの国で、学生野球に打ち込んでいた者たちの姿なのだ。

大学野球の変化を、シャンプーから感じる。

「最近の学生たちは、ずいぶんきれいになりましたよね」

 そんな話をされていた大学野球の監督さんのことを思い出した。

「練習の後に、一緒に風呂に入るでしょ。みんなそれぞれ、持ってくるシャンプーが違うんですよね。洗い場の鏡の前に、いろんな種類のシャンプーがズラーッと並んで。なんか、変わりましたよね、学生野球も……」

 学生野球の変化を、風呂場に並んだシャンプーから感じる。

 そんな“感受性”を持った監督さんが、もっといればいいなと、ふと思ったものだ。

坊主頭が消えたのと上下関係が緩んだ時期は重なる。

「今はほとんどのチームで、髪伸ばしていいでしょ、学生野球も。我々の頃は、みんな坊主だったでしょ。六大学の慶應さんと東大さんぐらいですかねぇ、坊主じゃなかったの。坊主頭って、なんか場の雰囲気を殺伐としたものにするような……そんな感覚持ってるの、僕だけですかねぇ」

 大学のグラウンドに伺って、誰が4年生で誰が1年生なのか、わからなくなってきた時期が、ちょうど学生野球で“長髪”が一般化してきた時期と重なる。これが私の感覚だ。

 学生野球の選手たちの髪型が、野球の現場の雰囲気を和らげている。

 かつて、部員の数だけ坊主頭がひしめく学生野球のグラウンドでは、肩で風切って歩く上級生と、彼らの視線と恫喝に怯える下級生。それが学生野球の現場の当たりまえの“情景”であり、そうした殺伐とした上下関係の空間で鍛えられてきたから、彼らは“強い”のだ……というある種の錯覚。

 かつては、そんな考え方が支配的だった。

坊主頭は選手に対する不信感と言い切った指導者。

 そもそも野球部の坊主頭とは、はたちぐらいまでの少年、青年たちはみんな坊主頭が当たりまえだった時代の風潮が、そのままなんとなく続いてきたものであろう。

 間にあった戦争が、時代の緊張感イコール坊主頭みたいなムードを作って、坊主頭の“寿命”をさらに長びかせた。その程度の必然性のように思う。

「なーに、こいつら、頭、坊主にでもしておかなかったら、外で何するかわかりませんから!」

 かつて、大きな声でそう説明してくれた監督さんは、坊主頭のことを、指導者の選手に対する“不信感”の象徴だと言いきった。

 ならば長髪は、指導者の選手に対する“信頼感”の象徴になり得るのか。

 そうなってほしいと願う。

 今は、坊主頭も一種のファッションになって、それに似合う身ごしらえも何通りもあるようだ。しかし、かつて頭を坊主にすることで選手たちの行動を縛りつけ、良からぬことをしでかすことの抑止力にして、いやでも野球だけにその一切を向けさせようとした「暗い時代」は、これからはもうはやりはしない。

たとえば甲子園で帽子の下が“七三”だったら?

 得意の“妄想”が、また湧いてきている。

 夏の甲子園、高校野球だ。

 銀傘の下、ホームベースを挟んで試合開始の挨拶。「お願いします!」と帽子を取ったその頭髪が、たとえば一様にきちんと櫛を入れた“七三”だったら……。

 それはそれで十分にさわやかであり、すがすがしく、新しい高校球児らしい姿なのではないだろうか。

 そしてそのことで、なかなか高校野球の現場からなくならない感情的な制裁も、次第に減っていってくれたならば。

 野球帽の下の“七三”は、オレたちの現場暴力排除の誓い!

 そんな時代がもうそろそろ来てもいいんじゃないのかな……そんなことをつらつら妄想しているこの年の暮れである。

文=安倍昌彦

photograph by Hideki Sugiyama

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