前橋育英と流経柏の凄すぎる決勝戦。高校サッカー離れした“戦術バトル”。

前橋育英と流経柏の凄すぎる決勝戦。高校サッカー離れした“戦術バトル”。

 まさに“死闘”だった。

 第96回全国高校サッカー選手権大会決勝・前橋育英vs.流通経済大柏の一戦は、0−0で迎えた後半アディショナルタイム、延長戦突入かと思われた瞬間にピリオドが打たれた。

 90+2分、前橋育英のMF田部井涼がゴール前にロビングを入れると、FW榎本樹が反応してバックヘッドでゴール前に落とす。これに反応したFW飯島陸が反転シュートを放つと、流通経済大柏DF三本木達哉が身体を張ってブロックしたボールが、榎本の元に転がった。榎本は迷うことなく右足を振り抜き、強烈なシュートをゴールに突き刺した。

 土壇場で試合の均衡を崩すゴールが決勝弾となり、前橋育英が悲願の選手権初制覇を果たした。

 前橋育英と流通経済大柏。

 このファイナルは今年度の高校サッカー界において“頂上決戦”と言える一戦だった。

4度目の対戦、勝敗を左右した戦術的成熟度の差。

 昨年度の選手権ファイナリストと今年度のインターハイチャンピオン。

 強豪ひしめくプリンスリーグ関東の1位と2位。

 山田耕介と本田裕一郎の名将対決。

「お互い手の内は知りすぎている。何をやって来るかもイメージできるので、真っ向から戦いたい」

 前橋育英の山田耕介監督が語ったように、両チームは今年度、公式戦で3度対戦している。

 まずは4月22日のプリンス関東第3節。流通経済大柏のホームで行われた試合は、CB松田陸の2ゴール、MF五十嵐理人のゴールで、前橋育英が3−0で快勝。第2ラウンドはインターハイ準決勝で、CB関川郁万が圧巻の“V字ヘッド”を叩き込み、流通経済大柏が1−0で勝利した。そして第3ラウンドはプリンス関東第12節。2点を先攻した前橋育英に対し、流通経済大柏は1点を返すも、MF田部井涼が3点目を決めて勝負あり。関川が1点を返したものの3−2で前橋育英が2勝1敗と勝ち越した。

 そして迎えた4度目の対戦。この戦いの勝敗を左右したのは、戦術的成熟度の差だった。

得点王・飯島に対して流経柏・三本木がマンマーク。

 この試合はピッチ上での意図が激しく交錯する“戦術合戦”だった。お互いが相手の意図、状況を分析しながら、柔軟に対応する。それがピッチ上、ベンチで激しくかわされた。そして最後に前橋育英が優位に立ち、劇的な決勝弾が生まれた。

 流通経済大柏は前橋育英に対し、攻撃のキーマンを徹底して抑えにかかった。準決勝までで7ゴールと、大会得点王を独走しているFW飯島陸に、今大会初スタメンとなるDF三本木達哉を完全なマンマークでつけたのだ。稀代のエアバトラーであるCB関川郁万も、185cmの長身FW榎本樹に目を光らせ、真っ向からのエアバトルと球際に挑んだ。

 この徹底したマンマークに対し、前橋育英も素早く対応した。右サイドハーフの田部井悠は、飯島が三本木を連れ出すスペースを狙った。ボランチの田部井涼も、コンビを組む塩澤隼人に守備に注力してもらうことで、果敢に前にポジションを取った。

 左サイドはスピードタイプのMF五十嵐理人がワイドに張った。その1列下、左サイドバックの渡邊泰基は「右サイドが思うようにやれていたので、左サイドはリスクを負わないようにした。バランスを考えて、相手も奪った後が速いのでそこをかなり意識しました」と、むやみに前に仕掛けずに中に絞る意識を強めた。これが五十嵐の攻撃力、右サイドバックの後藤田亘輝のオーバーラップを引き出し、なおかつカウンターケアにつながった。

「相手が普段のシステムを変えるということは……」

 前橋育英のベースには、山田監督の言葉があった。

「飯島にマンマークを置いて5バック気味にするということは、流通経済大柏はいつものシステムを変えたことになる。普段のシステムを変えるということは、どういうことか? それはお前らを怖がっているからだ!」

 この一言が前橋育英の選手達の背中を力強く押した。三本木のマンマークを受けた飯島も、こう明かす。

「監督からも自分がマンマークを揺さぶるように言われていたし、わざと相手のDFラインに潜り込んで自分のマークを(マンマーカーとCBの)2人にしようと思っていた。例えばメッシもそういう動きを良くするので、試合前からイメージしていました」

 榎本も「マンマークにつかれたらチャンスと監督から言われていたので、それをずっと頭に入れておいた。とにかく動き回って、相手の真ん中にスペースを作ろうと思った」と関川を揺さぶりに掛かる。その間隙を前橋育英は突こうとしたのだ。

“大丈夫”の差が徐々に大きくなっていった。

 一方、流通経済大柏は左サイドに活路を見出そうとした。

 前橋育英の田部井悠が中に入り、後藤田が積極的に上がってくる。それを見て流通経済大柏は、左FW熊澤和希がスペースを常に狙う。またセンターフォワードの安城和哉が左寄りに動き、右MFの菊地泰智が真ん中のポジションに入る。すると奪ったボールを菊地経由ですぐに熊澤と安城に展開した。

 この攻防が一進一退の好ゲームを演出していた。後半も膠着状態が続く中、先に動いたのは流通経済大柏だった。50分に熊澤に代えてMF加藤蓮を投入し、56分にはボランチの宮本泰晟に代えてMF石川貴登を入れた。

 だが、前橋育英は慌てなかった。

 飯島は三本木の先手を取り、榎本も関川を揺さぶり、周囲は連動する。試合は徐々に前橋育英ペースに傾いた。流通経済大柏の菊地は押され気味になる展開を感じとっていた。

「前半から“これはダメ、でもこれは大丈夫”という感じで、お互い消去法のように戦って来たけど、徐々に相手の方がその“大丈夫”が多くなって、余裕ができていた。でもこっちは“大丈夫なのか?”が逆に増えて、劣勢に立たされました」

 時間が経つにつれ増大する菊地の危機感。その通り、徐々に流通経済大柏のリズムが出なくなる。

長身FW宮崎を入れても、あえて放り込まずに。

 ここが勝負所とみた前橋育英・山田監督は、64分に五十嵐に代えて185cmの屈強なストライカー・宮崎鴻を投入。前線に榎本と宮崎のツインタワーを形成し、飯島を左サイドハーフに配置した。

 これに対して、流通経済大柏・本田監督も手を打った。三本木を飯島と対面となる右サイドバックに、右サイドバックの佐藤蓮をシャドーに、宮本優太をアンカーに置き換えた。

 しかし、この交代で両者の思惑が大きく食い違ったことが勝敗に直結した。

「大きな選手が入って来てくれた方が、相手が単純に蹴って来てくれるのでやりやすいと思っていたので、宮崎選手が投入されたときは“よし来た! 大丈夫だ”と思っていたのですが……。相手は全然蹴らずに、逆に相手の攻撃の手が1個増えただけでした」

 この菊地の言葉がすべてを物語っていた。前橋育英はツインタワーの“真の活かし方”を知っていたのだ。

「ツインタワーにして、何をすべきか分かっていた」

「インターハイ準決勝のときも、ツインタワーにして攻撃に出ました。ただそこで単純に放り込んでしまい、相手の得意とする土壌でプレーして守りきられてしまった。僕たちのストロングポイントは、空中戦もできるけど、足下で連動して崩せること。それをみんな分かっていたし、そのトレーニングを常にやって来たから、監督がツインタワーにしてきた時点で、何をすべきかみんな分かっていた」(松田)

 ツインタワーの1人がサイドに流れ、もう一方が足下でボールを受ける。それによって、相手CB2枚を崩して、中央のスペースに飯島や田部井悠、田部井涼、塩澤を走り込ませる。特に飯島は左サイドに回ってから「サイドから中に動いて前向きにボールをもらいやすくなったし、ツインタワーの動きに相手が釣られたことで、仕掛けるスペースが増えた」と活力を取り戻した。

延長戦はいらない、決めきれというメッセージ。

 戦術的意図を統一させた攻撃は、流通経済大柏の堅い守備を崩し始める。

 それでも79分、82分と計3回の大きな決定機を作り出したが、流通経済大柏の気迫のディフェンスに弾き返された。ここで“打てども入らず”という嫌な雰囲気になってもおかしくなかった。だが「自分達がやっていることは間違っていないと確信していた」と飯島が語ったように、選手の口からは「大丈夫だ! このまま押し込めば行けるぞ!」という活発な声が飛んでいた。

「(宮崎)鴻さんが入って来たことで、より山田監督の意図が分かった。監督の素晴らしい采配が背中を押してくれた」(榎本)

「延長戦はいらない。“決めきれ”というメッセージに後押しされた」(宮崎)

 優位に立った前橋育英に迷いは一切なかった。それが冒頭で触れた劇的決勝弾という形で結実した。

流経柏が最後まで粘り強く戦い切ったからこそ……。

「時間が経つにつれ、どんどん前橋育英が活発になっていった。こっちは攻撃の手数がどんどん減って行って、“これがダメなのか……じゃあどうすれば良いんだ”になってしまった。それを考えている間にどんどん攻め手がなくなってしまった。結果的に試合中にそれが解決できないまま終わってしまった」(菊地)

 最後に大きな差を生んだ“戦術的浸透度”。前橋育英が必然の勝利と初優勝を手にした。

 だが、最後に記しておきたい。明暗はくっきりと分かれたが、名将と選手達の意図がめまぐるしく交錯した90分間は、非常にハイレベルで見応え十分だった。

 裏を返せば、流通経済大柏が最後まで駆け引きと粘り強さを見せたことで、前橋育英の研ぎ澄まされた“戦術的浸透度”を引き出したとも言える。

 だからこそ、ファイナルに相応しい戦いを見せてくれた両チームに心から拍手を送りたい。

文=安藤隆人

photograph by AFLO

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