錦織圭に憧れた韓国のチョン・ヒョン。全豪で一躍スターになるまでの道のり。

錦織圭に憧れた韓国のチョン・ヒョン。全豪で一躍スターになるまでの道のり。

 錦織圭のいない全豪オープンで、アジア選手のトップとして注目されていた韓国のチョン・ヒョンが、その期待をはるかに上回る活躍で準決勝に駒を進めた。

 4回戦でグランドスラム優勝12回を誇るノバク・ジョコビッチを破ってベスト8進出を決めたことで、すでに韓国テニスにおいては新たな歴史が誕生したことになる。これまでの韓国人のグランドスラム最高成績は、現在42歳のイ・ヒュンタクが2000年と2007年の全米オープンで残した16強入り。

 韓国の新聞記者はこう話す。

「北朝鮮問題と仮想通貨問題で悪化する国内のムードをチョン・ヒョンが変えてくれました。そういう意味でも、錦織選手が全米オープンで決勝に進出したときよりも今の韓国のほうが熱狂しているかもしれません。テニスの伝統を持つ日本と違って、韓国には前例がまったくないですから」

アジア男子選手として、錦織以来のGS準決勝進出。

 個人競技としては、今やフィギュアスケートのキム・ヨナや競泳のパク・テファンといったスターと比べられるほどのナショナルヒーローとなり、そんな中で迎えた準々決勝の相手はほとんど無名の格下選手。

 本来なら膨大なプレッシャーを感じるところだったが、「重荷なんかではないです。韓国でテニスは人気がなかったのでありがたいこと」と、いつものように黙々と、力強く、ピンチを何度もしのぎながらストレートセットで勝ちきった。

 アジア男子としては2016年全米オープンでの錦織以来のグランドスラム準決勝進出で、その錦織もこの全豪オープンでは過去ベスト8が最高なのだ。

『ネクストジェン・ファイナルズ』の初代王者として。

 前兆はあった。

 12歳の頃、世界最大のスポーツマネジメント会社であるIMGが目をつけ、これまで育ててきた。昨年11月にイタリアのミラノで開催された21歳以下限定のツアーファイナル『ネクストジェン・ファイナルズ』では、初代チャンピオンの座を獲得している。

 韓国テニス界最大のホープは、次世代のスター候補8人が集う大会の頂点に立った自信を武器に、今シーズン早々、一気に次のステージへと飛躍してきたのだ。

「錦織選手を目指し、一生懸命追いかけている」

 そして準々決勝後の記者会見。この数年のアジア勢の活躍について聞かれたチョンはこう答えている。

「錦織圭選手がアジア人としてトップ10に入ったので、僕たちアジアの選手は皆、錦織選手を目指し、一生懸命追いかけている。彼はアジアの誇りです」

 2年前まではまったく英語を話せなかった彼が、シンプルな言葉で語った強い思いにグッとこなかった日本人がいるだろうか。

 錦織は、同じ日の早朝(日本時間)に行なわれたチャレンジャー大会での復帰戦で世界ランク238位に敗れたばかりだった。

 ちなみに、今大会には韓国からもう1人、若い男子選手が出場していた。

 日本選手も数名が出場していた全豪オープンのアジア枠ワイルドカードの争奪戦を制した20歳のクォン・スンウ。彼の憧れの選手はやはり錦織で、1回戦で完敗したあと、「プレーの全てがお手本。全部好き」と話していた。

体格面で共通のハンデを背負っているという親近感。

 特にスポーツにおいて〈アジア〉というグループは、国の枠を超えて刺激し合うことが多いように感じる。

 顔が似ているという親近感もあるが、体格面で共通のハンデを背負っているからだろう。世界の共通語である英語とまったく異なる言語体系を持っているということで、そのストレスを分かり合えるところも大きい。

 178cmの錦織が見せた快挙の数々は、日本の子供たちに夢と手本を与えたばかりでなく、近隣アジアの国の若者たちをも刺激していたのだ。そして、そういったアジア選手の活躍は前々から錦織も期待していたことだ。記者会見での言葉やふるまいの中にそれを汲み取れる機会は少なくなかった。

 錦織は、海外の記者との英語でのやり取りは比較的単調になりがちでも、韓国や中国の若い記者が尋ねる質問には、自分の考えを明確にしながらとても丁寧に答えていた印象がある。

アジアの選手たちを激励するようなコメントを。

 たとえば2年前のウィンブルドン。

 韓国のテニス専門誌の若い女性記者が尋ねた「アジア人にとってテニスは難しい競技だと言われています。その中で唯一成功しているあなたはどう考えますか」という質問に、錦織はこう答えている。

「アジアの選手は、まずは体を強くしないといけないと思います。そのために、ジムでたくさんのトレーニングをすることが必要です。でないと、パワフルで大きい選手と戦い続ける中で、僕のようにたくさんのケガをしてしまう。

 あと、精神的にも本当に強くなり、自分を信じないとダメですよね。それは体格的に劣る多くのアジアの選手にとってとても難しいことです。でも自分を信じてがんばれば、僕のように、誰だってトップ10になれる」

 錦織が、まるでその記者を通じてアジアの若い選手たちを激励するように語ったのは、自分自身も13歳でアメリカに渡ったとはいえ、日本の先輩プレーヤーのみならずアジアの選手から影響を受けてきたからだ。

錦織も、台湾のルー・エンスンを追いかけてきたのだ。

 以前、こんな話をしたこともある。

「昔から、日本だったら(鈴木)貴男さんや添田(豪)君、アジアだったらルーさんのような選手を少なからず意識してきました。アジアの中で、刺激し合ってお互いに上がっていってるのはすごくいい流れだと思います」

 ルーさんというのは台湾の盧彦勲(ルー・エンスン)のことで、2010年のウィンブルドンでベスト8入りするなど活躍し、34歳の今も世界ランク77位にいるベテランだ。

 2度の対戦はいずれも錦織が勝利しているが、錦織が身近に感じていたルーの足跡を励みにしたという歴史が変わることはない。

 チョンは188cmとアジア人としては恵まれた体格だが、その持ち味はジョコビッチ二世と言われるほどの鉄壁の守備と、その屈強なフィジカルが支えるソツのない攻撃、そしてどんなボールもあきらめず、感情を露わにせず戦い続けることができる強靭な精神力だ。錦織がアジア選手に必要だと言った2つのものを、チョンは完璧に備えている。

 準決勝の相手はあのロジャー・フェデラー。

 錦織に続いて初めて現れたアジアの新星との対戦に、テニス界のカリスマも「ここまでの戦いぶりで彼の芯の強さがわかる。本当に楽しみだ」と語った。

 韓国だけではない、アジアの心は大いに高ぶっている。

文=山口奈緒美

photograph by AP/AFLO

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