岡野より俊足、自己管理、強運。平川忠亮は浦和で生き残り続ける。

岡野より俊足、自己管理、強運。平川忠亮は浦和で生き残り続ける。

「すごいよね、レジェンドだよね」

 柏木陽介が白い歯を見せた。

 沖縄県島尻郡八重瀬町で行われている浦和レッズの2次合宿、曇り空となった日曜日のこと。サインをせがむ子供の歓声にかき消されそうになりながらも、新キャプテンはこう続ける。

「いろんなことを発信するタイプじゃないけど、すべてを把握して、周りを見守っている。プレーも衰えるどころか安定している。たまに出る試合でも結果を出す。本当にすごいな」

 浦和ひと筋。プロ17年目の平川忠亮を語る柏木の目は優しかった。

 リーグ、カップ、天皇杯、そしてACL。すべてのタイトルの瞬間に立ち会った平川は、2000年代から2010年代の浦和レッズの歴史そのものだ。

 平川が筑波大から加入した2002年。クラブがハンス・オフト監督にチーム再建を託すと、平川は育成力に長けた名伯楽の目に留まった。その年に新加入した10選手のうち、合宿参加を許されたのは平川と坪井慶介(現・山口)だけだった。

 オフト監督から利き足の右だけでなく左足を磨くよう厳命されると、必死に習得。左右両サイドでプレーできる貴重なアタッカーとして、オフト以降もギド・ブッフバルト、ホルガー・オジェック、ゲルト・エンゲルス、フォルカー・フィンケ、ミハイロ・ペトロヴィッチら歴代監督に重用された。

同期・堀之内聖が認める「サッカーIQの高さ」。

 平川の同期であり、現在は強化部スタッフとなった堀之内聖は、平川がプロ17年目となった今も浦和でプレーしている理由をこう表現する。

「抜群にサッカーIQの高さがあるんです」

 堀之内の言葉には、現実の裏づけがある。

 “ミシャ”ことミハイロ・ペトロヴィッチ監督が就任1年目だった2012年、鹿児島での2次合宿は戦術練習に費やされていた。

 頭と体をフル回転させるスタイルに選手は四苦八苦し、監督の怒声が鳴りやまなかった。しかしその合宿3日目だったろうか、ミニゲームで右サイドに入った平川はすでにミシャ流の動き方をマスターしていた。いち早く新監督の意図を理解していたのだ。

岡野に「自分より足が速いのは平川」と言わしめた。

「ずっと3-5-2の右サイドをやってきたから、やることは変わらない。ただスタートの位置が少し低いだけ」

 誰よりも早く戦術を自分のものにした理由について質問をぶつけた際、こともなげにそう話していたのが印象に残っている。サッカーIQの高さは戦術理解力だけでなく、相手との駆け引きや、試合の流れを読む力にもつながる。並みいるライバルに勝ってきた理由がここにもある。

 現在、平川は30代後半となってもなお、高い身体能力を維持している。特にスピードに関しては、かつて“野人”こと岡野雅行(現・鳥取GM)に「自分より足が速いのは平川。トップスピードに達するまでが特に速い」と言わしめたほどである。

 もちろん、それを維持するのは年齢とともに厳しくなってくる。

 平川も人並み以上のケアをしており、ここ数年特に意識しているのが、睡眠の量と質だという。若い頃はずいぶん夜更かししたこともあったそうだが、結婚して子供が生まれると「親子で川の字になって寝ることが一番の幸せ」と口にするようになり、毎晩夜9時半には床に就き、翌日の練習に備える。

 サッカーIQの高さ。身体能力の高さ。自己管理。

 それらにもうひとつ加えるなら、チャンスをモノにできる運の強さがある。

降格危機の'11年、ルヴァン優勝の'16年でもいい仕事。

 2017年の序盤戦の平川は、ベンチ入りもままならない状況だった。しかし7月に潮目が変わる。ミハイロ・ペトロヴィッチ監督が契約解除となり、堀孝史監督が就任したのだ。

 堀監督の初陣となったリーグ第20節・大宮アルディージャ戦以降、平川は公式戦11試合連続で帯同メンバーに入った。自信を失いかけたチームの中で堀監督は、「平川を戦力として考えている」と断言していた。

 その判断の陰には、2011年に平川が果たした貢献もあっただろう。

 このシーズン、浦和は残留争いに巻き込まれてゼリコ・ペトロヴィッチ監督を解任。チームを引き継いだのは堀監督だった。堀監督は出場機会を失っていた平川を起用し、勝ち点を確保して最悪の事態を回避した。

 さらに'16年ルヴァンカップ準決勝FC東京との第1戦でも、当時コーチを務めていた堀は平川に頼ったことがある。退席処分になったミハイロ・ペトロヴィッチ監督から指揮を引き継ぐと、70分から平川を投入。その10分後、平川はFW武藤雄樹のゴールをアシストした。この逆転勝利で勢いに乗った浦和は、そのまま優勝へと駆け上がった。

 そして2017年シーズンも、リーグ最終節の横浜F・マリノス戦で平川は2年3カ月ぶりにリーグ戦先発フル出場し、健在ぶりをファンの前で見せている。“ベテラン=精神的支柱”というありがちな思考ではない。堀監督がいかに“戦力”として信頼を寄せているかが分かる。

「契約をもらった以上、責任感を持って」

 平川は2017シーズンを終えて、こう振り返っていた。

「契約をもらえるかどうか、緊張というか……どうなるか分からないと思った。でも、ちょうどそのとき監督が堀さんになって、使ってもらうようになった。チャンスをもらえずに終わっていくのがよくある終わり方だけど、チャンスをもらえているから精一杯やって、それでダメなら開き直ろうと思った。正直、この年齢だから、どうなっても仕方がない、そう思いながら全力を出し尽くした」

 その気概は2018年も続いている。

 2次合宿中の川崎フロンターレとの練習試合でのこと。右サイドからドリブルで仕掛けた平川が縦に抜けてクロスを上げ、FW興梠慎三がヘディングシュート。惜しくもポスト直撃だったが、タイミングは合っていたのだろう。興梠はすまなそうに平川に向けて手を挙げていた。

「契約をもらった以上、責任感を持ってやらなければならない。やりたくてもやれない選手がいるなか、若い選手以上にやらなければならない」

 そんな一念がこもったプレーだった。

小野伸二らに引っ張ってもらった力を若手に。

 平川が生まれた1979年は、小野伸二(札幌)を筆頭に黄金世代と言われ、いまだ現役を続ける選手が多い。日本サッカーにとって特別な世代だ。

「周りに良い選手がいたから、ここまでやってこられた。ワールドユースや日本代表に入った彼らに引っ張ってもらった」

 A代表招集経験こそない平川だが、その背中を見て育った選手は多い。例えば宇賀神友弥は平川とのマッチアップで技術を学び、盗み、自分の武器に変えてきた。

「ヒラさんには尊敬の気持ちしかない」(柏木)

 そして、柏木も影響を受けたひとりだ。

「浦和に加入して(平川が)基礎能力、身体能力が高くて一番良い選手だと思った。だからずっと浦和でプレーできている。黄金世代のなかでも実際、試合に出る能力があって今も安定してプレーしているのはヒラさんだけ。なんやかんや言って一番だと思う。ヒラさんには尊敬の気持ちしかない」

 本人も、クラブへの感謝を口にしている。

「本当に有難いことですよね。ここまでプレーさせてもらっているんですから。少しでも自分らしさを出して1分でも長く、素晴らしいメンバーとプレーしたい」

 平川忠亮、38歳。長年取材に当たる筆者としてはこう言葉をかけたい。

 まだまだできますよ、ヒラさん。

文=佐藤亮太

photograph by Getty Images

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