“レジェンド”ヌーノ・ゴメスの今。「ミトログルを返してくれ!」

“レジェンド”ヌーノ・ゴメスの今。「ミトログルを返してくれ!」

 ポルトガルを旅すると、意外に多くの人がフランス語を話すことに気づく。聞くと一様に、かつてフランスに住んだことがあると答える。フランスには、日本人が想像するよりもずっと大きなポルトガル人コミュニティが数多く存在し、フランスとの関係は深い。

 ヌーノ・ゴメスにはそうしたフランスとの関わりはほとんどない。端的に言えば希薄であるにもかかわらず、『フランス・フットボール』誌1月30日発売号では、ゴメスとフランスというテーマで、ニコラス・ビラス記者がインタビューをおこなっている。その企画の意図は今ひとつよくわからないが、ひとつの側面から見たゴメスのポルトガルサッカーの分析になっており、これはこれでとても興味深い。

監修:田村修一

“レジェンド”ヌーノ・ゴメス、引退後の活動は?

 実は彼自身、パリ・サンジェルマン(PSG)でプレーする可能性もあった。

 レオナルド・ジャルディム(現モナコ監督)の指導を受け、ゴンサロ・ゲデス(PSGからバレンシアにレンタル中)の子供時代を良く知り、コンスタンティノス・ミトログル(オリンピック・マルセイユ=OM)に共感する……。

 ベンフィカの“レジェンド”であるヌーノ・ゴメスが現役を引退してすでに5年が過ぎた。フランスとの数奇な関係をゴメスが語った。

――ベンフィカの育成担当を2017年9月に辞めてから、今は何をしているのでしょうか?

「いろいろなことをしているけど、ポルトガル以外の様々なクラブを訪問している。そこで試合を見たり、呼んでくれた人たちや協会の相談に乗ったりしているよ。

 それからスポーツのコーチングライセンスも取った。UEFAのマスターコースとポルトガル協会のものだ。どこかのクラブかアカデミーで指導したいという希望があるからね。いくつかのプロジェクトの話は持ちあがっているけど、まだどれも具体化はしていない」

現役時代にはフランスでプレーする可能性もあった!?

――訪問した国の中にフランスは入っていますか?

「それがまだなんだ。近いうちに行きたいと思っているよ」

――フランスの話をよくしていますが、現役時代にフランスのクラブと契約する可能性はあったのですか?

「フィオレンティーナでプレーしていた2001年に、交換トレードでPSGに行く話があった。名前は忘れたけど、フィオレンティーナがPSGのある選手に興味を持って、パリから交換トレードのオファーがあった。合意には至らなかったけれども、他にもボルドーはじめ幾つかのクラブからの話があったよ」

――フランス語は話しますか?

「(フランス語で)ちょっとだけならね(笑)。学校で少し習ったんだ。聞くのはほとんど大丈夫だけど、話すのは難しいよ」

本名は「ゴメス」ではなくて「リベイロ」?

――あまり知られていませんが、ゴメスというのはあなたの本名ではなくて(本名はヌーノ・リベイロ)、フェルナンド・ゴメス(1983年と85年のヨーロッパ得点王)に由来するニックネームです。彼はポルトの伝説の選手で、あなたはライバルのベンフィカですが……。

「彼はスポルティングでもプレーしたよ(笑)。

 この名前はクラブとは何の関係もなくて、ポジションからきているんだ。当時の彼はほとんど毎シーズンのようにポルトガルリーグの得点王を獲得していた。僕も子供のころはトップでプレーするのが大好きで、よくゴールを決めていたし、彼のように長髪にもしていたんだ。

 そのうち僕が住んでいたアマランテで地元の大会に出るようになると、周囲の人たちが次第に僕を“ゴメス”と呼ぶようになったんだ」

「僕は“ベンフィキスタ”だったからね」

――ポルトかスポルティングでプレーすることは考えなかったのですか?

「僕は“ベンフィキスタ(ベンフィカサポーター)”だったから、それは難しかった。クラブとの関係がとても強かったんだ。

 ポルトガルのサッカー環境では、ライバルのクラブでプレーするのはもの凄く大変なことで、ベンフィキストの僕には他のふたつのクラブ(ポルトとスポルティング)でのプレーなど考えられなかった」

――今季のベンフィカをどう見ていますか。チャンピオンズリーグで敗退したうえに、ふたつの国内カップでも早々に敗れています。

「リーグはまだ優勝の可能性があるし、シーズン開幕から『ル・ペンタ(5連覇)』という目標は変わっていない。実現すれば歴史的偉業だ。

 チャンピオンズリーグは悪夢(マンチェスター・ユナイテッド、バーゼル、CSKAモスクワと同じグループリーグで全敗の最下位)で、サポーターやクラブ首脳の期待を大きく裏切ったからね。ベンフィカは本来そんなクラブではなく、彼らが意気消沈するのもよくわかる。でもまだタイトルへのチャンスが残されているのを忘れてはいけない」

「僕らに彼を返してくれよ!(笑)」

――コンスタンティノス・ミトログルは昨年夏にベンフィカからOMに移籍し、なかなかうまく適応できずに強い批判を浴びています。あなたは糾弾する人たちにどう答えますか?

「僕らに彼を返してくれよ!(笑)。ベンフィキスタは彼の帰還をもろ手をあげて歓迎するから!

 サッカーで生じる状況には、しばしば説明が難しいものがある。ミトログルが偉大な選手であるのは間違いない。ただ彼の性格は……どんなチームでもうまくいくわけではないのかもしれない。

 僕が思うには、彼は2トップで力を発揮するタイプなのに、OMのシステムは違うだろう? ミトログルはボールを待つストライカーで、彼にたくさんクロスをあげればそれだけ点を取れる。カウンターに適したストライカーでもワントップのタイプでもないんだから」

「ポルトガルにもまだ優れた監督がいることの証明に」

――2011〜12年シーズンにはブラガでレオナルド・ジャルディムの指導を受けましたが、そのときに彼がモナコを見事に率いるレベルにまで到達すると思いましたか?

「ああ、彼はそこに到達しうるすべての要素を持っていたからね。クラブの誰ともよく理解し合っていた。やり方も合理的で性格も落ち着いている。どんな状況でも冷静さを失わなかった。周囲を固めるスタッフもみな有能で、彼らと共に働くのはとても楽しかった。

 モナコであれだけのことを実現して、僕もとても嬉しく思う。ジャルディムこそは、ポルトガルにもまだまだ優れた監督がいることの証明といえる」

ポルトのコンセイソン監督が優れている理由とは。

――それでは前ナント監督のセルジオ・コンセイソン(今季からポルト監督)の仕事をどう評価していますか?

「彼は実際素晴らしい成果をあげているよ。

 ポルトはこの4シーズンというものタイトルから見放され、それは今も変わらないが、彼の手でチームは着実に成長しているのが分かるからね。とてもよく組織されていると思うよ。

 セルジオは選手のモチベーションを高める術を心得ている。現役時代の彼のイメージでもあった情熱的な振る舞いと、選手それぞれの個性を尊重する態度により、ポルトは異なるチームへと変貌を遂げたといえる。

 加えて攻撃で違いを作り出せる選手がひとりいる。バンサン・アブバカルだ。

 昨季はベシクタシュにレンタルに出されていたが、セルジオの希望でポルトに呼び戻した。その力強さは相手ディフェンスを、いつもヘトヘトにさせているからね」

ゲデスはバレンシアから戻れば活躍できるはず!

――1年前にPSGは、ベンフィカ・アカデミーの秘蔵っ子であるゴンサロ・ゲデスを獲得しましたが、今季はバレンシアにレンタルで貸し出しています。

 彼はPSGにレベルに達していると思いますか?

「彼は、それを今証明しつつあると思うね。ゴンサロにとってパリに移籍した時期はベストではなかった。彼のような若手がPSGに馴染むのは簡単ではない。

 でもバレンシアでは良くやっている。パリに戻れるかどうかわからないが、もし戻ることがあれば、バレンシアでの経験があるから全然違うと思うよ」

文=ニコラス・ビラス

photograph by Paulo Duarte/Bloomberg/Getty Images

関連記事

おすすめ情報

Number Webの他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る

記事検索