佐藤世那、3年目のフォーム改造。過去2年を捨てるたった1人の覚悟。

佐藤世那、3年目のフォーム改造。過去2年を捨てるたった1人の覚悟。

 オリックスバファローズ・宮崎キャンプのブルペンは、横に10人の投手が並んで同時にピッチング練習ができる壮大なスケールを誇る。

 プロ116勝のエース・金子千尋と、3年目未勝利の吉田凌(東海大相模高)が同じ時間と空間を共有する。そんな刺激的情景が現実のものとなる。

 そのブルペンに向かって、歩いてくる3人のユニフォーム姿。

 頭1つ半抜けた長身を真ん中に、右に中肉中背、左の1人は見るからにスリムな幼い体の線が残る。

 ひと際長身が目をひくのが、5年目吉田一将(JR東日本)。右が3年目の佐藤世那(仙台育英高)、まだ首も細く顔も小さいのがドラフト4位のルーキー・本田仁海(星槎国際高湘南)だ。

「なんだよ、3人ともボール受けたことあるよ!」

 思わず叫んでしまったから、“4人”で大笑いになった。

佐藤世那と本田仁海で貸切のブルペン。

「受けてる率、高いですよね、ウチ!」

 兄貴分格の吉田一将が返してきたから、そうかな……と数えていって、山崎福也(明治大)、東明(大貴・富士重工)、去年で引退したけど坂寄晴一(JR東日本)に、おお、そういえば守護神・平野佳寿(京都産業大)には去年のキャンプで、「その節はお世話に……」とご挨拶に行ったら、すっかり忘れられていて笑ってしまった。

 ピッチング練習の時間帯のいちばん最後。

 ブルペンは、佐藤世那と本田仁海、2人の貸し切りになっていた。

 佐藤世那がマウンドに上がる。

 彼とは、仙台育英でエースを張っていた頃から何度も会う機会があった。全力投球も受けていたし、プロ1年目に地元・仙台のテレビ局の取材でも長い時間、話をしていた。

 サイドハンドに転向の報道を知っていたから、だいじょうぶかな……と思っていた。

 プロ3年目の“Bチーム”なら、まだまだ駆け出しだ。自信よりもはるかに大きな不安を胸に、このキャンプにも臨んでいるはずだ。そこにピッチングスタイルという根本のところが変更になる。揺れないわけがない。

キャッチャーがミットの芯を外すボール。

 立ち投げから3球、4球。

 悪くない。

 投げにくそうにしていない。教わったことをなぞって投げているような“こわごわ感”がない。もともとそうして投げていたような、自然な腕の振りに見える。むしろ、今のサイドのほうが、彼の腕の長さを生かせている。

 あの腕の長さでサイドから来られては、打者はそれだけで嫌なものだ。右打者はボールが体のほうに来そうで踏み込めないし、左打者なら、左腕の“クロスファイアー”のような角度で食い込まれるし、逆に外はすごく遠くに見える。

 さっきまで投げていた増井浩俊や佐藤達也のように、スピードがすごいわけじゃない。

 しかし、10年、20年プロの剛球を受け続けてきたブルペンキャッチャーが、ミットの芯を外している。高めの速球をネットに引っかけて捕っているのだから、間違いなく“難しいボール”のはずだ。

「そうなんですよ。自分としても、割りといい感じなんで、このスタイルでやれるかなって」

甲子園準優勝の肩書きは、意味を持たなかった。

 悪くないよね、ピッチング終わりにそう振ったら、やっぱり明るく返ってきた。

 今のほうが世那くんの腕の長さも生かせてる気がすると、そんな率直な感想も伝えたら、

「それ言ってもらえるとうれしいですね。上から横にしたっていう感覚はなくて、むしろ、元に戻したっていう感じなんで、僕としては。高校の時も、上っていうよりスリークォーターでしたからね」

 夏の甲子園の準優勝投手という“肩書き”は、プロではほとんど意味を持たなかった。

 ドラフト6位でプロ入りして2年間、スピードを求めていったんはオーバーハンドに腕の角度を変えてみたものの、期待したほどの効果は得られなかったという。

「プロって、速いピッチャーならいくらでもいるんですよ。その中で特徴を出さなきゃいけないってなったら、僕の場合は今のほうが合ってるように思うんです」

友人からは「大丈夫なの?」と心配され。

 たしかに上から投げていた投手が横とか下に転向って聞くと、どこか「落ち武者」のような否定的印象があることは事実だ。

「なんか友だちとかも、サイドにしたって聞いて、大丈夫なの? とか、ずいぶん心配してくれて」

 そうじゃないんだよ、みたいな顔で笑っている。

「確かに、フォームの“入り”はちょっと前傾してるんでサイドっぽいんですけど、テークバックからは上体起こして投げてるんで、自分としてはスリークォーターに戻ったってだけなんですけどね」

 両サイドに構える捕手のミットに、ほぼきっちり投げ分けられていたのも、今のスタイルに違和感を覚えていない証拠だろう。

「右バッターの内角高目と外角低目。その対角線を突けるのが自分の持ち味なんで、今はそこに“ライン”が引けてますし、今日はスライダーにもいいラインが出てました」

「15日までいてくれたら……」

 高校時代から、雄弁な球児だった。

 問わず語りで、いつもありのままに、こちらが訊きたいことを察しながら語ってくれる。それが「佐藤世那」だから、今日の語りはそのままその通りに受け取っておけばよい。

 そう思った。

「こっちには、いつまでいるんですか?」

 次の練習グラウンドまで一緒に歩いてきて別れ際、彼が急に訊いてきた。

 その夜の便で帰京することを伝えると「ああ、そうなんですか……」と、今日初めて、言葉の調子が弱くなった。

 どうした?

「いえ、15日までいてくれたら……」

 なによ……?

「15日、確か15日だと思ったんですけど、紅白戦で投げるんで、そこでまた見てもらえればうれしいんですけど……」

 語尾がモヤモヤっとなって、2月の冷気に消えていった。

たった1人で勝負するプロ野球の世界で。

 人は味方がほしいものだ。

 熾烈な闘いの中で生きている者ほどその渇望は激しいはずだが、それをオモテに出さないのも、彼らの常であろう。

 チームに、同郷がいない。東北もいない。高校の先輩も、縁のある人もいない。

 と……ここまで考えて、いや仮に縁のある人がいたところで、それがどれほどの味方になろう。

 彼はプロ野球という、ひたすら“ピン”で勝負の世界に身を投じたのだ。

「フォームをもとに戻したと思えば」

 佐藤世那は笑って話してくれたが、彼の中には「ならばこの2年間はなんだったのか」……そんな反問も必ずあるはずだ。

 去年までの2年間を捨てる覚悟、そして今年を「プロ元年」と心得る開き直り。味方につけるとしたら、そこのところなのかもしれない。

 敵は我にあり。味方もまた我の中にあり。

 15日の紅白戦、彼らしく投げられることを遠くから願っていようと思う。

文=安倍昌彦

photograph by NIKKAN SPORTS

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