スマイルジャパン、3人娘の「原点」。苫小牧東高で過ごした3年間の重み。

スマイルジャパン、3人娘の「原点」。苫小牧東高で過ごした3年間の重み。

 スマイルジャパンの副将、米山知奈は走っていた。

 高級ホテル「ザ・プリンスパークタワー東京」の地下宴会場近くの広い廊下を、真っ赤な薔薇がアレンジされた大きな花瓶の横を駆け抜けていく。

 昨年12月、女子アイスホッケー日本代表メンバーが発表された日のことだ。会見時間の直前にそこにいるという事は、つまりそういう事だ。

「代表決定おめでとうございます」

 迷わず声をかけると、「ありがとうございます!」。

 満面の笑みが眩しく、透けるような白い肌が紅潮していた。一旦足を止めたが、また全力で走り去った。

 なぜ走っていたのだろう。いつもインタビュー時に聞こうとしているのに、いつも忘れてしまう。

田中将大も走った広大な林の中を。

 10代の3年間も、米山は走っていた。走っていたのは、北海道苫小牧市にある原生林。スマイルジャパンの主将・大澤ちほ、副将・鈴木世奈と一緒だった。高校時代をともにした3人は、代表チームの中核を担っている。

 彼女たちが走っていた林は、ドジャースの田中将大が卒業した駒澤大学附属苫小牧高校(以下、駒大苫小牧)の北に位置する、2000haはあろうかという北海道大学の研究林である。東京ドーム何個分とか、そんな生易しい表現では言い表せない広大さだ。

 マー君も走っていたその道のりを、苫小牧東高校(以下、苫東)の同級生だった3人娘は男子部員と一緒に走っていた。氷上練習がない日は、約14km走っていたという。

「間違いなく将来のオリンピック選手になる」と、鳴り物入りで苫東に入学して来た3人。

「意欲的に練習に取り組んでいて、男子に負けないぐらいスキルも高かった」と、懐かしそうに当時を振り返るのは、苫東アイスホッケー部の田中正靖監督だ。

氷上の練習は1日1時間半だけだった。

 しかし高校時代、彼女たちが氷の上で練習した時間はわずかだった。

 当時の男子アイスホッケー界で、インターハイは毎年のように駒大苫小牧が優勝していた。準優勝が定位置だった苫東の悲願は、打倒駒大苫小牧。

 大澤の頃は、部員も男子30人女子8人の大所帯。インターハイ優勝を目指す男子の保護者から「人数が多過ぎるから、女子を氷から降ろして欲しい」と、今では考えられないような申し入れがあった。

 女子に与えられた1日の氷上練習はわずか1時間半。部員急増により、田中は苦渋の選択をせざるをえなかった。

 今でも田中のパソコンには、女子部員たちからの「何とか男子と一緒にやらせて欲しい」という、切実なメールが保存されている。決して消す事はできない。

 なので、女子部員が林を走った距離は、おそらく男子のそれを上回る。

3人娘も山中監督も苫東にいた。

 苫小牧市は製紙業の町として栄え、漁港も製造品出荷額は道内一を誇る。そして、国内屈指のアイスホッケータウン。アジアリーグで活躍する王子イーグルスの本拠地で、スマイルジャパンが毎月合宿する白鳥王子アイスアリーナ、ときわスケートセンター、ハイランドスポーツセンターなど多くのリンクが存在する。

 米山らが在籍した苫小牧東高は文武両道の進学校で、卒業生にはノーベル化学賞の鈴木章氏、作家の馳星周氏らがいる。アイスホッケー関係では現パラアイスホッケー日本代表の信田憲司らが出身だ。アイスホッケー部はインターハイ優勝10回を誇る強豪だ。'79年には、校内リンクが完成している。

 そんな田中の苫東赴任と同時に、3人娘は入学して来た。田中が赴任前1年間のアイスホッケー部コーチは、スマイルジャパンの山中武司監督、飯塚祐司コーチも同じ時期に数年苫東で指導している。現在の代表メンバーが、勢ぞろいしていたのだ。

大澤は男子と勘違いされることも。

 当時を知る人は、3人娘についてこう語る。

「大澤さんは当時チーヤンと呼ばれていて、坊主頭でガタイもよくて、しばらく大澤クンだと思ってました(笑)。米山は良く笑って場を盛り上げる可愛い子で、鈴木はクールビューティー」

 苫東の指導が認められ、山中はわずか1年で王子製紙監督に抜擢されている。当時のスタイルは「褒めて褒めて褒め倒して、選手をその気にさせる指導」だったという。

 3人娘の高校卒業から、早8年間の時が流れる。

 圧倒的なスピード、パワーとリーダーシップでスマイルジャパンを牽引する大澤は「あそこが私たちの原点。氷にほとんど乗れなかったけど、身体づくりも精神面も本当に田中先生の指導のおかげで頑張る事ができたのです。感謝の気持ちは言葉では表現し尽くせません」と言う。

「今の土台となる部分が苫東で築かれたのだと思う」という鈴木は、2年前、教育実習のために母校に戻った。保健体育の先生として「リンクの上とは違い、穏やかで優しい先生でした」(田中)。今やナショナルチームの守備の要だ。

 可愛らしい表情とは裏腹に、氷の上では非常にアグレッシブなプレーをする米山は、攻めの中心の1人に成長。苫東について「絆を深めた大切な場所」と表現する。

今度は男子が氷上の3人に声援を送る。

「3人は成績もかなり上位で、大変優秀な生徒たちでした。本当に優れた選手は、勉強も優秀なのだと思います。大澤は高校時代からリーダーシップを発揮していました。彼女たちはみんな、学校生活では優しく明るい生徒たちでした」(田中)

 今でも、男子部員も含めたLINEグループがあり、多くの同期が平昌五輪の応援に駆け付ける。五輪出場を決めた時も、祝勝会が開かれた。高校時代は氷を独占していた男子が、今度は立場が入れ替わって氷上の彼女たちに心から声援を送る。

 苫東アイスホッケー部では当時、バレンタインデーに女子部員が手作りのチョコレートを男子部員に贈る風習があった。受け取ったチョコを嬉しそうに食べたり、持ち帰る男子部員。微笑ましい思い出の1つだ。

田中「やりきった、という気持ちで」

 そして、3人娘を育てた田中は熱いエールを送る。

「彼女たちには確かな“実力と努力”があります。オリンピックという大舞台で自分たちの力を出し切り、悔いのない戦いをしてくれる事を望んでいます。やり切った、という気持ちで終えて欲しい」

 多くの名選手を育てた田中は、間もなくリンクを去る。

 勇退の時を迎える先生に、いい結果を持ち帰りたい。

 それも、彼女たちの悲願である。米山が田中を目がけて駆けて来る気がしてならない。

文=神津伸子

photograph by Nobuko Kozu

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