鹿島復権への相棒は最強の芝生。構想6年、ターフプロジェクトって?

鹿島復権への相棒は最強の芝生。構想6年、ターフプロジェクトって?

「いい色してるねえ!」

 鹿島アントラーズにとって、2018シーズンのホーム開幕戦となった3月3日のガンバ大阪戦、キックオフ直前のことだった。トップチームのフィジカルコーチを務める里内猛はピッチを見るなり、IGM株式会社代表取締役社長、鈴木信男を見つけて声をかけた。

「2月14日のACL上海申花戦から新しい芝のスタートだったんですが、『今日の方がより芝も生育して、きれいな緑に色が出ていますね』と言ってもらったんです。すぐに気がついてもらって。この寒い時期をどう乗り越えるか考えているところだったので、よりうれしい一言でしたね」

 カシマサッカースタジアムができてから25年を数える。その間、ずっと芝を見続けてきた男は、目を細めてうれしそうな表情を浮かべた。

 カシマスタジアムでは、今シーズンより新品種を採用し、ピッチの芝が新しく生まれ変わった。芝の常緑化とスタジアム稼働率向上を目的とした取り組みだ。

鹿島はピッチでも先駆者でないと。

「日本では、芝生がスポーツターフとしてなかなか発展してこなかった。それは他のスタジアムで陸上競技場として管理されていたので、サッカー用の芝として考えられてこなかったところがあります。国内ではサッカーという名称がつくスタジアムは、カシマサッカースタジアムだけ。そこはやはり、先駆者でないといけません」

 芝を管理する鈴木は、サッカー専用スタジアムとしての矜持を胸に、これまで取り組んできた。今シーズンスタートのキックオフのホイッスルは、鈴木にとって、新たなステージへの挑戦が始まった合図でもあった。

 ピッチを常に良い状態に保つため、これまで様々な試行錯誤が繰り返されてきた。

「芝は生き物です。常に最高の状態で試合を迎えられるように、手入れは日々の観察が最も大切になります。試合前後の修復作業は欠かせません。サッカーにおいて、ゴール前が一番傷みやすく、良い状態を維持することは難しい。そこで素早い張り替えができれば、次の試合で何事もなく試合ができるようになるんです」

構想6年、MLBやNFLを参考にした芝生。

 今季より鹿島アントラーズは、構想から6年をかけて開発した新品種のスポーツターフを採用した。スポーツターフとは運動用地に植える芝のこと。南アフリカ原産の「シーショア・パスパラム改良型」で塩害に強く、1951年にオーストラリアで発表された品種の改良版。海沿いの公園やゴルフ場で使用されてきたもので、“塩を嫌わない芝”の採用だ。

「カシマスタジアムは海沿いなので、一番に考えなければならないのが塩害対策です。芝が最も進んでいるアメリカで、鹿嶋市と同じ海岸沿いにあるMLBのシアトル・マリナーズやNFLのマイアミ・ドルフィンズのスタジアムの環境を参考にしました。ピッチの日なた、日陰など3カ所で実験を繰り返し、やっと正式に新たな品種の決定に至ったのです」

 芝の業界では、ゴルフがナンバーワンとされ、それに野球やサッカー、アメフトが続く。国としてはアメリカが先進国とされる。広い国土に南から北まで様々な気候風土があるため、多数の症例が生まれるからだ。

この25年と真逆、夏芝だけで戦う決断。

 これまでカシマスタジアムは、冬芝といわれる寒地型の芝だけでやりくりしていたが、今季から新たに開発した暖地型の夏芝だけで1年を戦うことを決断した。

 この決断は、25年間続けてきたことの逆をいく、大きな決断だった。

 '18年3月2日、鹿島アントラーズは、「ターフプロジェクト」としての事業展開を発表した。事の始まりは、'12年より芝の成長を促進するLED照射システム「BRIGHTURF」をソニービジネスソリューション、セキシン電機、信州大学とともに、開発に取り組むことを発表したときからだった。「BRIGHTURF」は、'16年から実際に導入開始。そして今回、年間常緑化のために新たな養生技術であるピッチ保温シートを独自に開発し、短い納期でターフを張り替えるビッグロール工法を確立させたことを発表した。

 これによって、何が可能となったのか。

 端的にいえば、短期間で芝を張り替える技術を得たことにより、ピッチの常緑化とスタジアム稼働率向上につながるということだ。

スタジアムの収益性を高めるために。

 通常、芝の全面張り替え作業は約3カ月かかるが、今回のプロジェクトによって夏場であれば7日ほどあれば張り替えが可能となった。Jリーグのスケジュールは大まかにいえば、ホームとアウェイを交互に戦う。

 つまり、一度ホームで戦った後、次にホームで戦うのは2週間後となる。その14日の間に、クラブ自主事業イベントやコンサート、そしてホームタウンの小中学校の運動会などを実施しながらも、傷んだ芝を週末に張り替えることで、また万全の状態で試合を迎えることが可能となったのだ。

 スタジアムが本来目指すところは、収益性を高め、行政コストを削減して、地域へ還元していくことにある。その中で、クラブとしては'06年に指定管理者となってから常に稼働率の向上を課題としてきた。

 ただし、稼働率が上がれば、芝生の使用頻度が増すためクオリティが落ちてしまうことにもつながる。そのため、特に最も需要のある夏場には制限をかけなければならない現状があった。

年間100試合以上の開催を目指す。

 その最たる要因の1つに、近年の気候変動による猛暑がある。この温暖化が進んだ環境は、日本の多くのスタジアムを悩ませてきた。また、スタジアムの形状により、芝の生育に不可欠な日照時間が不足したり、日なたと日陰で生育の偏りが生まれていた。

 しかし、今回の「ターフプロジェクト」によって、芝生への考え方が大きく変わる可能性がある。“芝をいかに維持するか”ではなく、“傷んだ芝は、張り替えて新しいものを使う”というアプローチの転換だ。

 傷んだ芝でも、夏場なら張り替えることで約1週間で再生が可能となった。日本の芝の7倍の成長をとげる新品種だからこそできる芸当である。

 今後、鹿島アントラーズとしてはプロアマ年間100試合以上開催を目指していく。実際に'16年は106試合、'17年は95試合に使用されていたが、試合数を維持、または増やしつつも、音楽イベント、市民の運動会などで年間のスタジアム稼働率を上げることで、さらなるスタジアムの活用が可能となるのだ。

イレギュラーを防ぐために面を均一に。

 芝を整える上で、鈴木が最も気にかけるのが面を均一にすることだという。

「アントラーズのサッカーでは、ボール回しがポイントになります。そうなると、選手としてはイレギュラーバウンドすることを一番嫌がる。トラップミスにもつながりますからね。チームが力を発揮するために芝をどうできるか。

 そのためには、まず面が均一になることを心掛けます。さらに、より短い芝を準備することが必要です。今回の新品種採用によって、より短い芝の実現に近づきました。現在は15mm。スパイクのグリップやパススピードについて、選手たちの意見を参考にしながら、芝生の長さを調整していきたいと思っています」

 '93年にJリーグが始まった当時は、ジーコのアドバイスのもとで35mmとした。

「当時の芝としては、他のスタジアムと比べて長かったんです。あまりに長く、相手選手がスパイクを履き替えているうちにゴールを決めたこともありました」

 '02年ワールドカップでの統一規格により25mmとなり、現在は15mmで統一されている。

「いかに冬を越すか。これからが勝負」

 今回の新しい芝は、ゴルフのグリーンで3.2mmまで短くすることが可能と実証されている。気温が高くなっていくこれからの季節は10mmにする計画もあるという。

 芝が短くなればボールは走り、高い技術を持つ選手が揃うアントラーズにとっては、有利に働く。パスサッカーが生かされるのはもちろん、ショートカウンターにもより磨きがかかることだろう。

「いかに冬を越すか。これからが勝負ですよ。まだ芝を張っただけですからね」

 冬芝から夏芝に変えた大きな決断の結果は、寒い時期をいかに乗り切るかが肝となる。暖かくなればなるほど、夏芝はより生育しやすくなる。それ以外の寒い時期に、いかにきれいな緑で、きれいな芝を維持できるか。芝をめぐるピッチ外での戦いは、まだ始まったばかりだ。

文=池田博一

photograph by J.LEAGUE PHOTOS

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