小平奈緒、寺川綾、伊調馨の共通点。「環境の変化」は進化につながる。

小平奈緒、寺川綾、伊調馨の共通点。「環境の変化」は進化につながる。

 過日の平昌五輪でひとつ実感したのは、競技環境の変化が、いかに選手を成長させるかということだった。

 練習する拠点を移したり、指導を受けるコーチを代えたりと、長年慣れ親しんだ練習環境を変えることが、ときに選手の進化を促す契機となる。

 例えばスピードスケートの小平奈緒。ここ2シーズン、国内外の大会で驚異的な成績を残してきた小平は、平昌五輪の女子500mで金メダル、1000mで銀メダルを獲得した。31歳で迎えた3度目のオリンピックで栄冠を手にした要因の1つに、500m5位、1000m13位に終わったソチ五輪後の日々がある。

 小平は2014年、憧れていた元金メダリストのマリアンヌ・ティメルに指導を受けるために単身オランダに渡り、プロチームに加入した。

 ティメルは日本からやってきた小平に、細かな部分からスケート技術を教え込んだ。それは小平にとっても新鮮だった。また単身での生活で精神的に強くなった面もあっただろう。長い競技生活の上で、さまざまなトレーニングを試行し、数々の経験を積んできた小平であっても、劇的な変化をもたらす時間となったのである。

平井コーチのもとへと移籍した寺川綾。

 それは冬季競技に限った話ではない。

 印象に残る選手の1人に、競泳の寺川綾がいる。寺川は2001年、16歳で世界選手権に出場し、その3年後にはアテネ五輪代表にも選ばれるなど、順調に成長を遂げているように見えた。だがその歩みは暗転する。2005年以降、大きな世界大会の日本代表から外れ、北京五輪の日本代表の座も逃したのである。

 周囲には「ここまでの選手」とみなす向きもあった。

「まわりにいろいろな評価をされるのがきつかったです。自分では精いっぱいやっていたから、結果を見て言われるのが自分の中でいちばん悲しかった」

 寺川は当時の状況をこう明かしてくれたことがあった。その一方で本人はまだあきらめていなかった。北島康介や中村礼子などの一流スイマーを育てた平井伯昌コーチの指導を受けたいと考え、クラブを移籍したのだ。

選手が意見を言えることに驚いた。

 いざ指導を受け始めると、驚きをいくつも感じたという。

「選手が意見を言うことができる、というのがまず新鮮でした。平井先生は『どう思う?』って聞いてくれるんですね。意見を押しつけないんです。それに個々の練習メニューの意味を説明してくれる。これはこういう強化のために行うんだと、選手に理解させながら進めてくれるんです」

 その後、鮮やかに復調した寺川は、ロンドン五輪で2つの銅メダルを獲得するなど、日本女子競泳陣の主軸として活躍するに至った。

 そしてまたレスリングの伊調馨も、環境を変えたことが奏功した1人だろう。

 伊調は、2004年のアテネ五輪、2008年の北京五輪と連覇した後、休養を経て、至学館大学から首都圏に練習拠点を移して競技を続けた。その後の変化は、伊調を長年見続けていた関係者には顕著に感じられた。

ロンドン五輪後、別人のような攻撃力に。

 北京五輪までの伊調は、タイプとしては受けに強みを持っていた。つまり「1−0で勝つ」ような戦い方を志向していた。北京でも準決勝は2−1、決勝は2−0で勝利している。吉田沙保里が豪快なタックルを決めて勝つのとは対照的で、そのために少々、吉田の陰に隠れていた感があるのは否めない。

 ところがロンドン五輪では、まるで別人であるかのような試合を見せた。63kg級(当時)で小柄な方だった伊調は、計量を終えて食事をしたあとは、対戦相手と数kgの体重差が生じることもあった。にもかかわらず、多彩かつ圧倒的な攻撃力を背景に、試合開始から積極的に技を繰り出してポイントを取っていった。

 初戦となった2回戦では、北京五輪準決勝で苦戦したマーティン・ダグレニアー(カナダ)と対戦するも6−1で一蹴。3回戦以降、決勝まですべての相手を5−0で退けた。

 しかも、ロンドン到着後の練習で左足首の靱帯の1本半を切る重傷を負い、スパーリングもままならない中での戦いだったのである。

競技への意欲を手に入れるきっかけに。

 伊調自身、変化を自覚していた。

「(過去2大会とは)まったく別物でした。北京が終わってからの4年は、生まれ変わったと言えば大げさですが、自分のレスリングスタイルを変えたので初めてのオリンピックという感じでしたし、自分にとっては初めての金メダルという気もします」

 拠点を移したあと、新たなコーチのもと、男子選手に混じって練習する中で、これまで知る機会のなかった技術や理論を学んだ。そしてレスリングの奥深さを知った。

 その経験は、実力を引き上げることだけに寄与したわけではない。伊調は北京五輪のあと、一度は引退を考えた。ただ周囲の声もあって休養という選択を取り、カナダに留学した。新たな環境の中、レスリングを純粋に楽しむ選手たちの姿を見て、まだ未知の世界があるんだと気づいたことが、ふたたび意欲を取り戻すきっかけになった。

 環境の変化がなければ、「もっともっとやりたいことがある、やれることがあると思います」と、充実の表情を浮かべる伊調はいなかった。

「応援するのは指導者として当たり前」

 小平、寺川、伊調の三者から見て取れるように、指導者や練習場所といった環境の変化が、選手にとって新たな地平を切り拓くことがある。どれだけキャリアを積んでいても、まだ知らない世界が広がっている可能性はある。彼女たちの姿は、今行き詰まっていると感じている選手にとって、これからを考えるときのヒントとなりえるだろう。

 そして、本当に選手を大切に思い、今後の成長を考えてくれる指導者やクラブなら、快く新しい場所へと送り出してくれるはずだ。間違ってもその先行きを呪ったりはしない。

 もし、そんな指導者やクラブであったならば、離れることが正しい選択だろう。

 寺川が移籍前に所属していたクラブの指導者が、寺川のみならず、選手の移籍に関してこう語っていたのを思い出す。

「選手がこうしたいと思って行動したら、それが選手のためになるなら励ましてやる、応援してやるのは指導者として当たり前のことでしょう」

 イトマンスイミングスクール、奥田精一郎氏(現名誉会長)の言葉である。

文=松原孝臣

photograph by Asami Enomoto/JMPA

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