ロッテ投手陣で最多登板の33歳。大谷智久の憧れは先輩・小宮山悟。

ロッテ投手陣で最多登板の33歳。大谷智久の憧れは先輩・小宮山悟。

「野球人である前に、イチ社会人たれ」という言葉をよく耳にする。

 大半の野球人は、グラブをはめている時間よりグラブを置いてからの時間の方が長いことから、プレイヤーでいるうちに生活習慣、生活態度を改め、一般社会に出ても恥ずかしくない知識や作法を身につけよう、という意図で発生した言葉だ。そして千葉ロッテ・大谷智久と接すると、彼こそがその模範たる人物の1人ではないかと思えてくる。

 社会人野球のトヨタ自動車から、千葉ロッテに入団して今年9年目。

 私生活で派手に散財することもなければ、オフの日は自宅で家族とゆっくり過ごすのが一番なんだと言う。試合前夜はお酒を控えて、野球道具や自分の体のケアなど翌日の準備を万全にしてから床に就き、その姿勢は多くの後輩たちにも強い影響を与えている。

 坊主頭で顎に薄らと髭をたくわえた特徴的な風貌だが、取材陣、スタッフ、ファンへの対応も良く、その見かけからは想像もつかないくらい物腰が柔らかい人格者である。

 そんな彼が今年2月に33歳の誕生日を迎えたのだが、そのことに話を向けると彼は苦笑いを浮かべながらこう言った。

「とは言っても僕だってまだ若いですからね」

怪我をしているくらいがちょうど良い?

 昨年は開幕前に体調面の不安を口にしていたが、日々のケアでそれを乗り越え、終わってみればチーム最多の55試合に登板して、自身の仕事を全うした。

「(昨年と比べると)今年は体の状態が凄く良いんですよ。まず怪我の不安が今のところ全くないのがひとつ。多少、体が張ってくれば不安も出てくるんでしょうけど、昨年と今年を比べたら全然そこが違うので、(積極的に)動けている部分はあります。

 ただ、調子が良いからと言ってあんまり飛ばし過ぎないように、そこは制御しながら自分の体とも相談してやろうと。僕はどうしても、やれたらやっちゃうタイプなので。案外、怪我をしているくらいがちょうど良いのかもしれないですけどね」

 プロ8年間で293試合に登板。通算300試合登板を目前に控えた右腕は、最後にそんな冗談も加えるほどに万全の状態で今季を迎えた。

若い頃の練習は、もうできない。

 昨年は秋季キャンプが終ってオフに入ると、年明けまで走り込みを中心とした体調管理を怠らず、シーズン開幕に備えた。

「ランニングをしないと下半身にも力がついていかないので、そこを重点的に」

 それでもトヨタ自動車に在籍していた当時と比べると、量自体は減ってきたと大谷はいう。むろんオーバーワークを考慮してのことだ。

「基本はまず1時間くらい汗を出す感じで走って、そこからインターバル系ですね。トヨタにいた頃は1000mを7本とか毎日やっていたんですけど、今はそこまで走っちゃうと怪我にも繋がるので」

 今年も年明けから23歳になる二木康太と、29歳になる阿部和成と共に自主トレを行ったが、そこでも若い2人のペースに付き合うことなく自分のペースを貫いた。

「ここ3年くらいでだいぶ自分の体の状態が分かってきましたね。自分の体と相談しながら、無理するところは無理をして、これくらいはやっても大丈夫だなというのは様々な状況を見ながら判断して。そこは若い二木や阿部には合わないと思いますし、彼らも自分の体と相談しながら、自由にやってもらえればいいのかなって思います」

最終的にはロングができる位置に。

 この3人で自主トレを行うのは、今年で2年目となる。

 大谷のトレーニング量や体調管理への強い意識は二木や阿部の参考になっているし、そうなることで自身に相乗効果があるんだと彼は話す。若い2人への感謝の意も忘れない。

 プロ入りから過去8年間、先発から抑え、ロングリリーフに至るまで、起用法に注文をつけることなく全てのポジションをこなしてきた。

「どこで投げたいとかも全然ないです。一軍で投げられればどこでもって感じで。最年長といえど、僕もまだ若いのでバリバリ投げなければいけないですし、最終的には年々積み重ねてロングができるような位置になっていたい。そうなれば一番良いなと思ってやっています。

 そこで3〜4イニングを投げられるピッチャーがいればチームも楽になると思いますし、そこに誰かがいることによって後ろが自覚を持って投げれるんだと思うし、当然、チームも上手く回ります。各々の負担も少なくなりますからね」

 自身のことよりも組織全体を考える。監督の立場からすれば、これ以上に使い勝手の良い選手はいない。なるほど重宝されるはずである。

憧れは早稲田の先輩・小宮山悟。

 彼には目標としている人物がいる。

 かつて千葉ロッテで同じ背番号14を付けていた早稲田大学の先輩の小宮山悟だ。

「(目標にしたのは)入団したときからですね。小宮山さんの背番号を僕は受け継がせてもらっているので。小宮山さんは45歳まで現役を続けましたが、40歳を過ぎても現役を続けるのはなかなか難しいことで、簡単に出来ることじゃありません。僕の中ではそんな小宮山さんこそが目指すべき場所なのかと」

 先人への尊敬を持って、そう言った。

「僕は本当に(投げるポジションは)どこでも良いと思ってやっています。それよりも一軍にいることが使命だと僕は思っているので。自分もそこ(一軍)でやっていないと楽しくないですし、本当の意味で相手打者を抑えたときの感覚というのは一軍でしか味わえないですから」

「僕は元々、脇役でいいやと」

 高校から数々の修羅場をくぐって来た男は何度も自問自答を繰り返し、今にたどり着いた。だからこそ彼の生き方にはぶれがない。

「僕は元々、脇役でいいやと思ってやっています。運良く高校(報徳学園)で優勝して、大学(早稲田大学)で準優勝、社会人(トヨタ自動車)でも優勝していますけど、あまり自分で勝ったという感覚はないですし、仲間に打ってもらったり、守ってもらったり、そうして周りの支えで勝たせてもらったと思っているので、どちらかといえば自分もそういう支えとなる存在になりたいと考えています」

 私欲を捨て、こだわりを捨て、チームのために献身的に働く姿は美しくさえ感じる。なかなか真似が出来ないところだが、それを当たり前のようにするところが彼の凄さでもある。

すべては井口監督を胴上げするために。

 そんな大谷に、数字的な目標はあるのかを訊いてみた。すると彼はこう答える。

「自分の想いはもちろんありますけど、それを人には言わないです。僕はそれを意識しちゃうので。目標を立ててやるのが一番良いのかもしれないですけど、僕の場合、意識して良かったことがない。

 それよりも、今の一番は井口(資仁)監督を胴上げするために、自分が何をすればいいのかということです。その想いが一番強いですよね。その中で自分も投げないと一緒に喜びも分かち合えないし、そしたらやることが見えてくるのかなと思っています」

 先発やストッパーに比べ、中継ぎはあまり日の当たるポジションではないかもしれない。しかし、かつて“逆転のロッテ”と恐れられたこのチームには、必ずと言っていいほど強固な中継ぎ陣が存在した。彼らの投球は粘り強く、自陣に流れを呼び寄せ、打線の奮起を促す働きをした。

 当然、誰にでも務まるポジションではない。

 いつだって組織のキーマンは日の当たらないところに存在する。大谷智久はそこに誇りを感じ、今日もブルペンへと向かう。

文=永田遼太郎

photograph by Nanae Suzuki

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