雪で試合中止。そこで発揮されたイチローの絶妙なリスク回避力。

雪で試合中止。そこで発揮されたイチローの絶妙なリスク回避力。

 今回も極寒の地、ミネソタ州ミネアポリスでのお話。

 フィールドではない、ある場所でイチローがとったある行動に、彼らしさが如実に現れていたのだ。

 彼らしさ、というよりは、彼の思考と言った方がいいかもしれない。

 その前に、ちょっぴり野球の話も触れておくことにしよう。

 気温3度の小雪舞う中、イチローが一塁までを3.88秒で駆け抜けたのは5日のことだった。その翌々日。異常寒波の続く米国中西部の気温は更に下がった。

 試合開始午後1時の気温はなんと、氷点下3度。2010年開場のターゲット・フィールド史上で最低気温を記録し、偶然にもその気温は、同じ日の日本最北端の稚内、さらには北極点と同じであった。野球記者生活は日米通算で33年目となるが、北極点と野球が結びつくとは思いもしなかった。

手のしびれまで計算したマルチヒット。

 メジャー通算2642試合目の出場となったイチローも、呆れ顔だった。

「風が吹かなきゃいいんだけど、(ここは)風もあるからね。体感気温は相当低いですよ。マイナス9度ですか。いや〜、野球をやる気候ではないわね」

 この日もユニフォームの下には“パッチ”を忍ばせ、それだけでは足りずにウール地の厚手ストッキングも履いた。普段とは違う防寒対策を施した一方で、プレースタイルはいつもと変わらなかった。

「プロレスラーみたいな人がサードにいますからね。そりゃ考えるでしょう」

 3回の第1打席で初球をいきなりセーフティーバント。117キロの巨漢三塁手サノの前に転がし、2日前を上回る3.85秒で一塁を駆け抜けたが、投手ベリオスの好フィールディングで安打を1本損した。

 それでも5回に左前打、7回には「(バットの)先より詰まった方がいい」と、手のしびれまでを計算して直球を中前に落とし、メジャー908回目のマルチ安打を記録。「野球をやる気候ではない」中で、しっかりと結果へと繋げた44歳。畏敬の念を感じた酷寒の一戦だった。

中止後の移動前にもイチローらしさが。

 翌日。ついにミネアポリスには雪が降り出した。

 試合中止はプレーボール3時間前の午前10時に発表され、チームは次の遠征地カンザスシティーに向かうことになったのだが、この際にとったイチローの行動が、冒頭に記した「実に彼らしい」ものだったのだ。

 中止発表と同時に球団のトラベル・コーディネーターからは移動スケジュールが届いた。

1:球場→宿舎 BUS 10:30出発
2:宿舎→球場 BUS 12:30出発
3:球場→空港 BUS 14:00出発

 補足をしよう。まず、チームとして絶対の決め事は3だけである。球場から全員で14時出発のバスで空港へ移動しチャーター便でカンザスシティーへ向かう。その一方で1と2は球団が選手のために便宜を図ったものである。

 1は朝早くから球場で準備したスタッフや早出練習をした選手が宿舎に戻りチェックアウト作業をするために用意された。2は集合場所である球場に向かうためのもの。全員ではないものの、大半の選手は球団の手配通りに“指示ではない指示”に従う。

14時までの時間の使い方を考えた。

 だが、イチローの取った行動は違った。

A:宿舎→球場 チャーター車 10:30着
B:球場→宿舎 チャーター車 11:00着
C:宿舎→球場 チャーター車 13:50着

 イチローが最初に考えたのは3の14:00球場出発の「チームとしての絶対事項」だ。彼はそこから逆算し、14:00までの時間の使い方を考えた。

 一番気になったのは2である。宿舎から球場までは10分もかからない。移動の身支度を整え12:30出発のバスで球場へ向かい、14:00まで何をすればいいと言うのか。約80分ほどではあるが、彼にとっては“無駄な時間”が多すぎるのである。

2時間40分ほどの「自分の時間」。

 イチローは試合中止の報を聞き、まずは球場へ向かい、自身のロッカールームを片付けた。その後宿舎の自室へと、とんぼ返り。そうすることで、チームバスに従って動いていたら得られなかった2時間40分ほどの「自分の時間」を手に入れたのだ。

 イチローは、この突然に生まれた時間を、最大限活用したようだ。リラックスタイムを存分に楽しんだのかもしれないし、バットを宿舎へ持ち込むことも多いイチローなら、入念な素振りを繰り返したかもしれない。

 有意義な時間を過ごしたイチローは、チームの集合時間にその場所へ向かった。

 イチローを取材していると感じることがある。

 多くの選手には答えを導き出すためにその過程が大事となるが、イチローには過程は存在しないことが多い。最初から明確に答えが見えている。そして、その答えに端的にたどり着く能力を持っている。

 今回の件には更にオチもついた。球場から空港への出発は14:00のはずが15:00となってしまったのだ。想定外のディレイに、イチローでさえ1時間以上の時間を持て余すことになったが、大半の選手は2時間半もクラブハウスで待ちぼうけとなった。

 予定通りに進まないのが米国での日常生活。

 百戦錬磨のイチローには、リスク回避能力も自然と高まっているようだ。

文=笹田幸嗣

photograph by Getty Images

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