“マイアミの奇跡”を知っているか?西野朗という男が胸に秘めるもの。

“マイアミの奇跡”を知っているか?西野朗という男が胸に秘めるもの。

 西野朗新監督のもとで、日本代表が新たな体制を整えた。

 ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督のもとでもスタッフを務めた手倉森誠コーチが留任し、U-21日本代表の森保一監督が日本代表のコーチを兼任することになった。

 2015年シーズンを最後にJリーグで采配を揮っていない西野監督が、かくも重要な局面で日本代表を指揮することへの不安があるかもしれない。12日に記者会見に臨んだ新監督は、技術委員長を務めてきた2年間も「感覚的には監督と同じように戦ってきた」と話した。

 同時に、「ゲームへの感覚は、(技術委員長と)監督ではまた違うと思うので、戻さなければいけないところはある。さらに研ぎ澄ましていかないといけない」と、自らの立場を冷静に分析している。期待のみが寄せられている立場ではない、との自覚があるのだろう。

 監督として残してきた実績も、ガンバ大阪を率いた2011年までに限られる。その後に就任したヴィッセル神戸と名古屋グランパスでは、これといった成果をあげられずにチームを去った。1996年のアトランタ五輪でブラジルを破る世紀のアップセットを演じたのも、すでに22年も前の出来事だ。

“マイアミの奇跡”の裏側。

 しかし、“マイアミの奇跡”と呼ばれるブラジル撃破こそは、西野監督がロシアW杯を戦ううえでの強みと成りうるものである。

 '96年夏のアトランタ五輪でブラジル、ナイジェリア、ハンガリーとの対戦が決まると、前園真聖や城彰二らの主力選手たちは「ブラジルにも勝ちにいく」と意気込んだ。

 攻撃陣を中心に広がっていく意欲的な姿勢は、メディアにも波及する。「28年ぶりの五輪出場を決めた史上最強のチームなら、ブラジル相手にもそれなりに戦えるはずだ」との論調が、なかば既定路線となっていった。

真っ向勝負を求める空気の中で。

「ブラジルに勝つのは難しい」との現実的な意見も、もちろんあった。ただ、そうした意見は二段階で成立していた。

「勝つのが難しいのなら、世界でどれぐらいできるのかを知るためにも、いつもどおりのサッカーをするべきだ」との願望が付随していたのである。根拠は様々だったものの、真っ向勝負を求める空気が醸成されていく。

 ブラジルは2年前のアメリカW杯で、24年ぶりの世界王者に返り咲いていた。左サイドバックのロベルト・カルロス、天才肌のMFジュニーニョ・パウリスタ、センターフォワードの怪物ロナウドらは、23歳以下の五輪世代でありながらフル代表に選出されていた。

 さらに、W杯優勝メンバーのDFアウダイールとFWベベット、のちにセレソンの主力となる24歳のリバウドが、オーバーエイジで加わっていた。

攻めるために守る、という選択。

 根拠のない期待が渦巻くなかで、西野は現実的な決断を下す。

「我々のグループを突破するためには、ブラジル、ナイジェリアに真っ向勝負を挑むのは無理があった。だからこそ、ボールを奪うディフェンスにこだわった。失点をしないためではなく、数少ないチャンスをつかむために守るという意識を徹底させようとした」

 1対1の局面で身体を張る。足を止めずにハードワークする。チャレンジ&カバーを怠らずに数的優位を作り出す。1トップの城もトップ下の前園も、守備に奔走した。

 勝つためのシナリオを遂行していった日本は、相手守備陣の連係ミスを突いた伊東輝悦のゴールで1−0の勝利をつかむ。ブラジルの失点パターンを、映像を使って選手たちに刷り込んだ成果だった。

 ナイジェリアとの第2戦は0−2で敗れたものの、ハンガリーには3−2で競り勝った。日本は勝点6でブラジル、ナイジェリアと並んだものの、得失点差でベスト8進出を逃した。最終的にナイジェリアは金メダルを獲得し、ブラジルは銅メダルを持ち帰ることになる。

「最初から守備的な試合をしたい監督はいない」

 のちに西野はこう語っている。

「勝利を優先して守備を強調するのではなく、ブラジルにも持てる力をぶつける戦いをしていたら、選手たちは心の中に何か別のものを獲得したかもしれない。ただ、最初から守備的な試合をしようとする監督なんていない。少なくとも自分はそうだった。勝つことで選手たちがより多くの経験を積める、それが選手たちの日本代表入りにつながるはずだ、との思いもあった」

 彼我の力関係を冷静に見極めた西野の戦略は、2010年の南アフリカW杯で16強入りした岡田武史監督のチーム作りに通じるものがある。田嶋幸三会長が求める「1パーセントでも勝利の確率をあげるため」なら、西野はロシアW杯でも現実的な選択をためらわないだろう。

影響を受けたのはヒディンク。

 だからといって、西野はいつでもリアリストなわけではない。クラブレベルでは一貫して攻撃的なサッカーにこだわってきた。アトランタ五輪の監督だった当時にも、実はこんな話をしている。前園や城が発した「攻めたい」との意思表示にも、彼は理解を示していたのだ。

「選手には攻めることを求める。技術的なうまさも求める。すぐにボールを失ってしまうとか、きちんとボールを蹴れないようでは困る。それに、オフェンスの選手なら個性的すぎるくらいがちょうどいい。監督に言われたことしかやらないようでは、オフェンスに向かないと思う」

 攻撃的な采配を好む西野が、影響を受けた監督はいるのだろうか。ガンバ大阪を率いていた'10年に、西野はこう答えている。

「2002年の日韓ワールドカップのヒディンクの采配には、強烈に影響を受けている。チーム作りというよりも、試合の作り方に。それはホントに強烈だったよね。破れかぶれかのような、開き直ったかのような3-4-3とか、リベロのミョンボ(洪明甫)を外して最終ラインを2枚にしたりとか。バクチ的なハイリスクに見えるけれど、それでも結果を残していく。点を取りにいくあの姿勢と、アジアの国でもああいうスタイルを作れるんだ、というところに影響を受けたね」

日本代表でのチーム作りは?

 これまで西野が見せてきたサッカーは、システムありきではない。そのうえで、韓国をベスト4へ導いたフース・ヒディンクについての分析を読み返す。そこに、日本代表で見せていくであろうチーム作りのヒントが隠されていた。

「3トップにすると、ワイドのポジションの選手は個人でいかざるを得ない局面があるわけだけど、ヒディンクはそういうことのできる選手をキャスティングしながら、グループでやっていく術を植え付けたというかね。

 システムありきで相手を崩していない。3-4-3がダメならさらに攻撃的な選手を入れたり、攻撃的なポジションチェンジをしていったり。韓国でのヒディンクは、自分のなかで相当にインパクトが強い。一人ひとりの個性を尊重したうえでの効果的なスタイルには、刺激をもらった」

技術、規律、組織というキーワード。

 グループリーグでコロンビア、セネガル、ポーランドと対戦するロシアW杯の日本は、強者から勝点を奪っていかなければならない立場だ。西野が実際に采配を揮った22年前のアトランタ五輪にも、ヒディンクが指揮した日韓W杯の韓国にも、置きかえることができるだろう。

 12日の記者会見で、西野は「日本化した日本のフットボールはある」と話した。「技術を生かしたり、規律や組織に基づいて結束して戦える強さ、選手同士が化学反応を起こして戦える強さがある。そういうものを構築したうえで、選手たちがクラブで出しているものをストレートに出せる状況を作りたい」と、熱を込めて語った。

 現場主義を貫いてきたゆえに、日本代表監督への就任は今回が初めてとなった。胸に秘めてきた日本サッカーへの思いを、西野は63歳で迎えるロシアW杯にすべて注ぎ込む。

文=戸塚啓

photograph by Katsuro Okazawa/AFLO

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