「球団会長付き特別補佐」として――。イチローの“ルーティン”は試合後に。

「球団会長付き特別補佐」として――。イチローの“ルーティン”は試合後に。

 球団会長付き特別補佐。

 イチローの肩書きはフロント・スタッフへと変わった。新しい役回りは、常にチームに帯同しながら、選手たちにアドバイスを送る、というもの。

 だが、今も球場に来れば、背番号51を付けたイチローのユニフォーム姿を見ることは出来る。

 そのときは、マリナーズ勝利の瞬間である。

 ベンチから颯爽と飛び出し、マウンドプレートに右足を置き、投球動作に入るかのような仕草をしてから、笑顔でナインを迎え入れる。これがルーティンになっている。

「ゲーム終わってるから大丈夫」

 だが、そもそもである。

 今季に限ってはフロントの人間であり、現役選手ではない。なのに、ユニフォーム姿でファンの前にお目見えすることは許されるのか? イチローに聞いてみた。

「ゲーム中はダメだけど、ゲーム終わっているから大丈夫」

 規則は確認済みだった。

 なんと、大らかなことか。

 こんな時だけはアメリカの“適当さ”が心地良く感じる。

 衝撃的な知らせが駆け巡ったのは日本時間の5月3日、午後11時ごろ。共同通信社からの配信だった。

『米大リーグで歴代21位の通算3089安打を放ったマリナーズのイチロー外野手(44)=本名・鈴木一朗=が球団の特別アドバイザーに就任し、選手としては今季の残り試合に出場しないことが3日、複数の球団関係者の話で分かった』

 米国西時間では3日午前7時のことだった。

「代打は難しいですよ」と語った後に。

 そのわずか9時間前、イチローはメジャー2651試合目の出場を果たしていた。結果は3打数無安打、1四球、1得点。今季13試合目の先発出場に昨季とは違う打撃感覚の構築が出来ていると話したばかりだった。

「やっぱ、代打は難しいですよ。うん。それは何日かに1回でも(先発で)1試合出るほうが状態は作りやすい」

 この日で今季が終了であることは、言うまでもなくイチローには分かっていた。それなのに、たとえ1週間に1回でもあっても、先発出場の方が打撃における「足し算」の感覚は持ちやすいと話した。いつもと変わりない取材現場が、そこにあった。

 だが、その一方で、いつもとは違う光景も目にした。記録達成や節目の試合でしか、球場に訪れない弓子夫人が観戦に訪れていたのである。その上で筆者の取材経験では今までに見たことのない光景と空気が流れた。

 通常、試合後の2人は夫婦仲良く歩きながら帰路へ就くが、この日はクラブハウスから出て来たイチローがまず弓子夫人の元へ歩み寄る。そして、そっと夫人の腰に右手を回し、軽く抱擁する。時間にして3秒もなかっただろうが、その場には静寂に包まれた、特別な空気が流れた。

 それからわずか9時間後の衝撃的な発表を知らずとも、“今季ラストゲーム”を予感させる、感傷的なシーンだった。

迷いも、喪失感もなかった。

 今回の配置転換。イチロー自身に迷いはなかったと言う。そして、喪失感もなかったと言う。これまで通り、試合前の練習の場が与えられ、残り試合全てにチームとも帯同し、来季以降の現役復帰の道が残されているからだ、と言う。イチローはこう説明した。

「(入団が)決まってから2カ月弱ぐらいの時間でしたけど、この時間は僕の18年の中で最も幸せな2カ月であったと思います。その上で、短い時間でしたけど、監督はじめチームメート、これは相性もありましたけど、大好きなチームメートになりましたし、もちろん大好きなチームですし。

 チームがこの形を望んでいるのであれば、それが一番の彼らの助けになるということであれば、喜んで受けようと」

「僕は野球の『研究者』でいたい」

 今季の残り5カ月間は、プレーすることが出来ない。実戦の感覚から遠ざかる事実は、来季の現役復帰に重くのしかかる。だが、そんなことは承知の上だ。

 既成の概念を覆す、それがイチローである。

「僕は野球の『研究者』でいたいというか。自分が今44歳で、アスリートとしてこの先どうなっていくのか、というのを見てみたい。それはプレーしていなかったとしても、毎日鍛錬を重ねることでどうなれるのか、ということを見てみたいという興味が大きいので。それは変わらない」

 未知なる、新たなる、イチローの挑戦が始まる。

文=笹田幸嗣

photograph by Getty Images


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