焦りと力みにハマる2000本安打地獄。仕掛け人・川島慶三が内川聖一を救う。

焦りと力みにハマる2000本安打地獄。仕掛け人・川島慶三が内川聖一を救う。

 難産に立ち会っている。

 4月末は大阪に行き、そのまま千葉にも出向いた。GWの終わりに福岡に戻ってきた。さすがにもう旅に出ることはないと思っていたが、今度は埼玉へ。

 内川聖一、2000本安打。

 その目撃者になるために駆けずり回っている。

 本稿は8日の県営大宮球場を訪れる前に書き上げているので、世に公開された今はもう祝福ムードに包まれているかもしれない。

 ぜひ、そうであってほしい。

「それが逆に緊張しちゃうんですよね」

 残り25安打で今季開幕を迎えた。内川ほどの実力者である。4月中の達成は間違いないだろうと考えていた。しかし、打撃の状態がまるで上がらなかった。

「バットを構える時の位置は、傘を持つのと同じ。自然が一番いい」

 それが内川理論だが、こんなスポーツライター風情の目にも“力み”は明らか。当然、バットスイングはおかしくなる。

 嫌な予感はあった。

「毎試合緊張はしますけど、WBCや日本シリーズよりも、紅白戦とかオープン戦の方が緊張します」

 こんな嘘みたいなことを、今年2月の宮崎キャンプ中に大マジメに語ってくれたことがあった。

「大舞台になればなるほど、もしダメでも自分で責任をとればいいんでしょって開き直ることが出来るんです。だけど紅白戦やオープン戦はその日、その打席の結果よりもシーズンに向けた準備をしながら戦っていかなくちゃいけない。1試合、1打席をきちんとやらないといけない。それが逆に緊張しちゃうんですよね」

 2000本へのカウントダウンの道程もまた、それに近いところがある。

5月1日。チームメイトとの心温まるシーンを見た。

 とはいえ、苦闘し続ける4番・キャプテンの姿を見続けるのは本当につらいものだ。

 ホークスのチームメイトたちは、ファンやメディアの我々より当然ながらもっと身近で感じている。だから彼らも心のどこかで一緒に“数字”と戦い、ともに胸を痛めていたのだろう。

 5月1日、千葉のZOZOマリンスタジアム。

 ちょっと心温まるシーンに出会えた。

 4回表、内川はマリーンズ石川歩投手の直球を迷わず振り抜くと、打球はホークスファンの待つ左翼スタンドへと飛び込んだ。前日の京セラドームでようやく放った今季1号に続く、2試合連続の2号アーチだ。

 ここで仲間たちがひと芝居打った。

大谷翔平も驚いた、あのベンチの情景が……。

 ベースを1周して戻ってきた内川を、みんなで“無視”した。

 歓喜の出迎えもあごタッチもなく内川も所在なげに自分の定位置に腰掛けた。しんと静まるダグアウト。だが、その次の瞬間、満面笑顔のチームメイトやスタッフが内川のもとへどっと駆け寄ってきたのだ。

 エンゼルスの大谷翔平がメジャー初本塁打を放った際に話題となった“サイレント・トリートメント”のホークス版だ。

 大リーガーのようにずっとクールに振る舞っていられないのが、いかにもお祭り好きのホークスナインだ。まるでサヨナラの一発を放ったかのような大騒ぎだった。

 これに味を占めたナインはこのイニングに松田宣浩が一発を放った際にも再現。それを素通りして「熱男〜!」を決めた元気者も「5月はコレでいこうかな。異常に盛り上がった」と興奮していた。

では誰が最初にこれを仕掛けたのか?

「最初はアレ? と思いましたが、何か仕掛けてくるだろうなと。たぶん慶三でしょ」

 さすが内川、ご名答だ。

 1つ年下の川島慶三が打った瞬間にベンチ内で「サイレント、サイレント」と叫び、周りが瞬時にその意図をくんだのだという。

 事前の打ち合わせなど一切なし。

 内川のためにみんなが1つになった、本当に良いチームワークだった。

「若い選手がウチさんに気を遣っているんです」

 それにしても川島は見上げた根性の持ち主だと思う。苦しむ先輩をイジるのは大変勇気のいる行動だったはずだ。

 じつは、昨年も川島は、内川に対してこのような声掛けをしている。

「ウチさん、若い選手がウチさんに気を遣っているんです」

 クライマックスシリーズ・ファイナルステージが始まる少し前だった。

 内川はレギュラーシーズンで2度の故障離脱があり、リーグ優勝の瞬間もグラウンドに立てなかった。その負い目を感じ、「みんなのおかげで優勝出来た。恩返しをしないといけない」と意気込んでいた。しかし、気持ちばかりが先行して、空回り。調子が上がらずにイライラが募っていた。

「もともと感情の赴くままに野球をやっていた弱い人間です」と打ち明ける内川。それでも、4番打者となり、キャプテンとなり、自覚を持った行動をしっかり行ってきたはずだった。

「いろんな感情を自分の中で処理するのに一杯一杯で、乗り越えなきゃいけないと逆に必死になりすぎていた。それが気を遣わせる要因になってしまい本当に申し訳ないと感じました。

 野球はチームスポーツ。自分が打っても負けは全員の負けだし、自分が打たなくても勝てば全員の勝利。そう考えるようになって、気持ちが少しラクになれた」

 クライマックスシリーズ・ファイナルステージで4戦連続本塁打。日本シリーズ第6戦では土壇場9回に同点アーチを放ち、結果的に日本一の大きな原動力となった。

 そして、川島自身もまた第6戦で日本一を決めるサヨナラ安打を放ち、しっかり存在感を示したのだった。

仲間たちの思いは、内川にしっかり届いた!

 再び時計を戻し、GW最終日だった5月6日。

 金字塔に王手をかけて臨んだ試合で、内川はやはり力んでいた。4打席目まで快音なく、9回裏の攻撃は8番打者から。3人が出塁しなければ4番内川には回らない。

 2死走者なし。しかし、ここから後輩たちが意地を見せた。

 高田知季と今宮健太がヒットでつなぎ、柳田悠岐はフルカウントからのフォークボールを我慢してフォアボールを選んだ。

 その瞬間、内川は「こいつら、やるな」とばかりに微笑んだ。今シーズンは見せたことのなかった表情だった。

 鋭い打球を放つもライトライナーとなり偉業達成はお預けとなったが、内川の中で何かが吹っ切れた。

 仲間たちの思いが内川の胸にはしっかりと届いている。

 ライオンズの独走を許すホークスだが、昨年もこの5月から強さを発揮し始めて最終的に独走態勢を決めたのは夏場だった。内川が本来の姿を取り戻せば上昇気流に乗るのは間違いない。

 パ・リーグが本当に面白くなるのはこれからだ。

文=田尻耕太郎

photograph by Kyodo News


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