松坂大輔が“勝てる投手”である理由。小倉元部長に育まれた横浜高の遺伝子。

松坂大輔が“勝てる投手”である理由。小倉元部長に育まれた横浜高の遺伝子。

 あの松坂大輔を「オレが育てた」と言い切る男がいる。小倉清一郎(きよいちろう)。

 高校野球ファンならもちろん、そうではない人も写真を見れば「ああ、この人か」と思うのではないだろうか。恰幅のよい体格に、よく日に焼けた顔とメガネの奥の鋭い眼光。横浜高野球部の部長、コーチなどを歴任し、高校球界最高の参謀とも渡辺元智との2人監督制ともいわれている。

 その小倉氏にこんな話を聞いたことがある。

「大輔は(高校進学時に)30、40校くらいから誘いはあったはずだよ。でも、一番熱心なのが私だった。絶対にほしかった。何でって、大輔は背筋が強かったんだよ。背筋が強い投手は腕が振れるから」

「大輔しか投手がいないんだもん」

 すでにその名を知られていた松坂を口説き落とせば、他の有望選手への勧誘もよりスムーズにいく。そんな狙いもあっただろうが、小倉氏は松坂の素材に惚れ抜いていた。

 めでたく恋人の心を射止めた小倉氏は、入学後には鬼へと変貌する。

「そりゃ練習をやらせましたよ。やらせているこっちがかわいそうになるくらいにね。だって大輔1人しか(投手が)いないんだもん。夏を投げ切らせなきゃいけない。いやいやだったと思いますよ。『なんで僕だけこんなにやんなきゃいけないんですか』って言ってきたこともあります。だから私はこう言ってやったんだ。『おまえのことが好きだからだよ』ってね」

 全国屈指の激戦区、神奈川はもちろん甲子園でも投げきる。それが全国制覇への戦略だった。事実、伝説となっているPL学園との準々決勝では250球で完投した。翌日の準決勝ではさすがに先発は回避したが、2番手投手は明徳義塾に打ち込まれている。

 あの年の横浜高は、松坂のワンマンチームとまでは言わないが、少なくとも投手に関しては「松坂依存」のチームだった。

「プロに入ってみて、小倉さんのノックがいかにうまかったかってことがよくわかりました。捕れるか捕れないか、ぎりぎりのところに打つのが本当にうまいんです」

 今だから笑って話す松坂だが、当時は憎しみを抱いたことも一度や二度ではないだろう。中でも下半身強化を兼ねて行うアメリカンノックが小倉氏の十八番だった。

松坂も涌井もノックで仕込まれた。

 それだけでなく「小倉ノート」で広く知られているように、ライバル校の分析も超一流だった同氏からは、速球と変化球のフォームにクセが出ないこと、強弱をつけた牽制球、バント処理、フィールディングなどを徹底的に仕込まれた。小倉氏の「オレが育てた」という言葉が決して誇張ではない最大の理由は、このノックにあると思う。

「これもプロに入ってから思ったことなんですが、僕は投げる以外のことであまり困ったことがないんです。よくいるじゃないですか。いいボール投げんのになあってピッチャーが。守備だったり牽制だったりがおろそかになると、勝てる試合を勝てなかったりしますからね。そういう点では涌井なんかも同じですよね」

横浜高出身は現在最多の18人。

 こう話す松坂は、MLB挑戦前(西武)の8年間で、実に7度(1999〜2001、2003〜2006)もゴールデングラブ賞を受賞している。

 そして名前を出した涌井秀章(ロッテ)も4度(2009〜2010、2015〜2016)選出されている。涌井の牽制球のターンは、野球界では屈指の速さを誇っている。横浜高のエースであり、その後にプロへと進むような逸材なら、「投げる」ができるのは当たり前。それ以外のことでも一流であってこそ、素質は花開く。小倉門下生で11度のゴールデングラブ賞というのは、決して偶然ではないはずだ。

 ところで横浜高出身の現役プロ野球選手が何人いるかご存じだろうか? 答えは18人。これは高校別では最多である。

 最年長は卒業から20年目の松坂と後藤武敏(DeNA)。最年少はルーキーの増田珠(ソフトバンク)。その遺伝子は松坂世代から後輩へと受け継がれているようだ。出身地の宮崎県から越境入学するのに強い影響を受けた松坂と、今季からチームメートになった柳裕也も牽制球の速さでは球界指折りと言われている。

「僕のときには部長ではなくコーチでしたが、本当に厳しく鍛えていただきました。ピッチャーは投げるだけじゃないんだよとも言われましたし、横浜の先輩たちに守備や牽制が上手な投手が多いのは偶然ではないと思います」(柳)

横浜高エースの系譜を継げる男は……。

 '14年夏をもって後進に道を譲った小倉氏だが、この年に入学した代にも将来の日本球界を担っていきそうな逸材がいる。楽天の藤平尚真だ。ここまで1勝3敗、防御率5.33(5月8日現在)と苦しんではいるものの、潜在能力はきわめて高く評価されている。

「真っ直ぐの質がすごくいいんです。腕を振っていないのに球はくる。打者は『あれ?』となって差し込まれるんです。ドンとくる田中の真っ直ぐとはタイプが違いますが、同じ年齢で真っ直ぐだけを比べたら、藤平の方が上かもしれません」

 こんな期待値を示したのは嶋基宏だ。その藤平が生まれたのは1998年。そう松坂が春夏連覇を成し遂げた年だ。19年後に同じ校門を出て、プロに入った。同校OBの現役投手はここに挙げた4人と成瀬善久(ヤクルト)。全員が甲子園のマウンドで躍動し、柳以外は高校から直接プロへと進み、成瀬以外はドラフト1位指名されている。

 いずれも投げるだけではない万能型。横浜のエースの遺伝子は脈々と受け継がれている。

文=小西斗真

photograph by Kyodo News


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