記念グッズ完売の伝説的“良い人”。ロッテ福浦和也の2000本はいつ?

記念グッズ完売の伝説的“良い人”。ロッテ福浦和也の2000本はいつ?

 見慣れない光景だった。

 ある日のロッテ浦和の室内練習場。福浦和也は、チームトレーナーの望月一を相手に、一風変わったティーバッティングに取り組んでいた。

 投げ手が横からトスしたボールを、福浦は下半分をこするようにして自身の頭上高くまで打ち上げる。

 いったいどういう意図があってその練習をしているのか練習後の彼に尋ねると、彼はこう言葉を返してくれた。

「ボールにバックスピンをかけて(ベースの)真上に高く上げるのが理想なんですけど、これがなかなか難しい」

 そう言うと、自身のミスショットを思い出してしまったのか照れ臭そうに笑った。

多くの選手が影響を受けたある打撃コーチ。

 福浦がこの練習を取り入れるようになったのは、かつてロッテで打撃コーチをしていた高畠導宏さん(故人)との出会いがきっかけだった。

 高畠さんといえば、南海、中日、オリックスなどで打撃コーチを務め、ロッテでも1978年から1988年の11年間と2002年の1年間だけ打撃指導を行っている。

 影響を受けた選手は数多く、ロッテでは西村徳文や、高沢秀昭の覚醒に深くかかわり、2016年に引退したサブロー(大村三郎)や福浦も、高畠さんの最後の教え子と呼べる存在だった。

「バッティングって上からバットを出しに行って、ボールの下半分を打たなきゃいけないわけじゃないですか。すると、しっかりボールを見る必要がありますよね。この練習もそのひとつなんです。しっかりボールを見た上で、しっかり下(下半身)を使ってバットを振る。ボールもしっかり見ていないとバットを振ることも出来ないし、だから一石二鳥なんです」

 高畠さんから教えてもらったこの独特なティーバッティングについて、そう説明した。

松井稼頭央と話したベテランの辛さ。

 福浦は、この練習法に限らず数種類のティー打撃を普段から使い分けている。そのときの自分の調子、課題と向き合って内容もその都度変えているようだ。

「若い頃はただガムシャラに打って、練習をして、本当に色々なことを教わったりもしましたけど、自分がこうして試合に出るようになって、いろんな選手の話も聞くようになって、当然、考え方も変わっていきました。

 ただそれはそれで厄介というか、昔みたいに何も考えずにガムシャラにやっていた方が良かったねって、(同級生の)松井稼頭央くんと話したこともあるんですけど、いろんな情報が入ってくると、どうしてもいらないことまで考えたりもするじゃないですか。そういうこともあるので……。

 だから今は、本当にシンプルに野球をやっている、そんな感じなんです」

「これだけ自分を追いこめるのも才能」

 今年で25年目を迎えた大ベテランは、四半世紀に及ぶ自身の野球人生をそう振り返った。

 今季(2018年)は5年ぶりの開幕スタメン出場も果たした。記録達成まであと38本でスタートした2000本安打も、開幕から順調に本数を積み重ね5月8日現在、残り25本まで迫っている。このペースで行けば来月中にも記録達成の瞬間が見られそうだ。

「結果として、そこにたどり着けたらいいですけど、ヒットを狙いだして、フォアボールを選べなくなったら、自分では終わりだと思っているので、まずはしっかり試合に入る準備をして、怪我をしないように、そこも毎日の積み重ねですよね」

 と、周囲の声に惑わされることなく、まずは記録よりもチームの勝利を優先する。

 練習時の集中力は並み外れているとチームトレーナーの望月も話す。

「たとえばスイングを1時間とか続けてするんですけど、彼は最初から最後まで全てフルスイングなんですよね。終わった後はさすがにガクッとか来たりしますけど、練習時はそうした姿を全く見せない。そういう体力と集中力はさすがに凄いと感じますね」

 ただし、1時間もフルスイングを続けた体の代償も当然ある。望月はさらにこう続ける。

「打撃練習をしただけで臀部や脹脛にウエイトトレーニングをしたくらいの張りが出るときもあるんです。それくらい一振り、一振りを全力で彼は振っている。練習でこれだけ自分を追いこめるのも、やっぱり才能かなって私は思うんですよね」

 年は望月の方が7つ年上だが、野球人としての敬意を込めてそう話す。福浦もそんな望月を心から信頼している。

ロッテで、上下関係のゆるさに驚いた。

 2人が出会ったのは2008年の春季キャンプのことだ。望月はそのときをこう振り返る。

「私がロッテに来たのが11年前なんですけど、監督だったボビー(・バレンタイン)に呼ばれて、石垣に行ったんです。当時、私は二軍担当だったんですけど、最初に体を診たのが福浦だったんです」

 望月は選手時代に10年、トレーナーとして5年、広島に籍をおいていた。しかし当時の広島は上下関係も厳しく、ベテランの選手になると裏方が迂闊に声をかけられない空気もあったのだという。それがロッテに来て、福浦と接して、考えが少し変わった。軽いカルチャーショックを受けたとも言う。

「あのクラスの選手になると迂闊に話しかけられない空気とか普通はあると思うんですけど、(福浦は)友達感覚でみんなと話したり、そういう雰囲気を自分で作ってくれる選手なので、すぐに打ち解けられたというのはありました。

 それは元々の彼の性格なんでしょうけど、若い選手ともフランクに話しますし、相談しやすい性格でもあるので、かと言って、周りにペコペコしているわけでもないですし、いつも自然体。だからチーム内は勿論ですけど他チームを含めて、彼を悪く言う人はいないんじゃないかって思います」

「俺達の福浦」という言葉には理由がある。

 そうした柔らかい人当りの良さは、取材をしている我々でも感じることがある。

 たとえば、試合と直接関係のない話を彼に振ったとしよう。すると彼は「ぜんぜん、ぜんぜん、だいじょうぶですよ」と言って、温かくこちらを受け入れてくれる。だから、こちら側としても気軽に声をかけやすい。

 当然、野球の取材、知識についてもこちら側に伝わるようにしっかり丁寧に応えてくれる。応援歌の歌詞でも使われる「俺達の福浦」という言葉は、彼と接した多くの者達がきっと感じていることだろう。

 望月もさらにこう言葉を続ける。

「一緒にいて疲れることがないですし、凄く緊迫した雰囲気になることもない。さすがに彼が集中して練習するときはこっちも緊張したりしますけど、かと言って周りの人間が委縮したり臆したりすることもない。2000本安打や大きな記録が近くなると選手は独特の雰囲気が出て、近寄り難い雰囲気とかあると思うんですけど、彼にはそうしたところが一切ない。そこが彼の魅力でもあると思うんですよね」

25年目の特別グッズはほぼ完売。

 この春、千葉ロッテのオフィシャルグッズショップには「福浦安打製造所」のロゴが入ったグッズが並んだ。

「創業25年〜おかげさまで四半世紀〜」なるキャッチが綴られて、プロモーションには薄緑色の作業衣を着た福浦の写真が使われた。そんな福浦の心意気もあって、9800円で売られたその作業衣は即日完売、トートバッグ、缶バッジ、ボールペン、ご挨拶用タオルのグッズも5月8日現在、品切れ状態で、他のグッズも残りわずかとなっている。

 営業サイドも福浦さまさまである。

 望月も彼の性格についてこう話す。

「彼(福浦)は性格が良いので、周りの人達が、2000本安打のためにほんのわずかでも役に立ちたいと思うんです。自分で努力をして、そこまでヒットを打った選手だとは思うんですけども、彼の性格から『自分一人の努力で打った』などとけっして言わないでしょうし、周りへの感謝も忘れない。

 僕らもあそこまで努力を出来る選手は凄いと思って見ていますし、だからこそ僕だけでなく周りにいるスタッフ全員が0.1本分でも力になれたらと思って、接している、そういう選手だと思います」

 たくさんの人達の想いを背中に受け、今日も福浦は万全の準備をして打席に立つ。

文=永田遼太郎

photograph by Kyodo News

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