イチローと彼が戦った投手たち。「研究者」だけが秘密を解ける?

イチローと彼が戦った投手たち。「研究者」だけが秘密を解ける?

 イチロー・スズキが、ユニフォームを着たままの姿で球団のスタッフになった。今季はもう試合に出ない。来季以降も、去就は定かではない。通常ならば、「事実上の引退」とか「セミリタイアメント」とかいった言葉が持ち出されるところだ。

 ただ彼は、記者会見で「野球の研究者」という言葉を使った。選手でも指導者でもなく、「研究者」。これはなにを意味するのか。

 私は思う。イチローは、自身の反射神経や身体能力の衰えを認めつつ、野球の奥地にある秘密を追求する姿勢を崩していないのではないか。それも、頭だけで野球の秘密を追求するのではなく、あくまでも肉体を通じて、その奥地に分け入っていこうとする姿勢。具体的には……これがひと言ではまとめにくい。

45歳を超えて出場した4人の野手。

 高齢の野球選手が、フィールドに戻ってくるケースは、いままでも少なからずあった。最も有名なのは、1953年、開幕時46歳の年に引退したサッチェル・ペイジ(当時セントルイス・ブラウンズ。最終年の成績は、3勝9敗、防御率3.53だった)のケースだ。

 12年後の'65年、ペイジは59歳の高齢でカンザスシティ・アスレティックスの先発投手としてマウンドを踏んだ。3回を投げて、被安打1、奪三振1、無失点の好投。現場を見たわけではないのだが、ペイジ自身はいわゆる「トークン・アピアランス(名ばかりの出場)」の域を超えようとしていたのではないかという気がする。

 過去30年以内の野手に限っていうと、開幕時45歳を超えて大リーグのフィールドに立った選手は、4人しかいない。'07年のフリオ・フランコ(48歳)、'86年のピート・ローズ(45歳)、'93年のカールトン・フィスク(45歳)、'12年のオマール・ビスケル(45歳)がその4人だ。イチローは彼らと肩を並べるのだろうか。

 肩を並べればもちろん楽しいが、それが無理でも私はけっして失望しない。イチローは、2001年4月2日以降、17年と1カ月の長きにわたって、あの苛酷な世界で第一線に立ちつづけ、男を張りつづけてきた。これは、信じがたい継続と、驚異的な生存術の産物だ。なにをいまさら、と笑う人もいるだろうが、私はまずこの事実に、敬意をこめて大きな拍手を送りたい。

18年かけて1000人以上の投手と対戦。

 その間には、10年連続200本安打という偉業や、5年連続リーグ最多安打が含まれる。'01年のMVPと新人王の同時受賞、'04年に記録した262本の史上最多単年安打、2度の首位打者など、その栄光を数え上げれば際限がない。テレンス・ロングを三塁で刺したレイザービームこと「ザ・スロウ」や、オールスターMVPを引き寄せたランニング・ホームランも忘れることはできない。だがもうひとつ、見落としたくない事実がある。

 イチローは足かけ18年間で10728回も打席に立ち、3089本の安打を記録し、通算で3割1分1厘の打率を残した。1万打席以上の打者としては史上17位の打率だが、彼はその間、1000人を超える投手と対峙してきた。5回以上対戦した投手も約500人いる。

 最初に対戦した投手がティム・ハドソン。最初に三振を喫した投手もハドソン。最初にヒットを打った相手は、救援のT.J.マシューズ。最初の内野安打はジム・メシーアから奪ったバントヒット。デビュー戦のイチローは、5打数2安打1得点の数字を残した。

 その後、17年と1カ月――。

 イチローが対戦してきた投手の一覧(Roto Wire.com)を眺めると、この間に流れた厖大な時間と戦いの空間が、少しずつ蘇ってくる。1度でも対戦した投手は1000人を超えるが、なかには繰り返し対戦した投手もずいぶん含まれている。

オールスター級の名前がぞろぞろと。

 たとえば彼は、ジョン・ラッキーと129回も勝負している。結果は122打数37安打16三振7四球。打率3割3厘は、まずイチローの勝利だろう。

 打ち込んできた投手は、ほかにも多い。

 20打席以上の勝負に限定しても、アーロン・シーリー(6割3分2厘)、ギル・メッシュ(6割1分1厘)、ビセンテ・パディーヤ(5割)、ウェイド・デイヴィス(5割)、シドニー・ポンソン(4割8分)、マット・ムーア(4割5分8厘)、マーク・マルダー(4割4分)、マーク・バーリー(4割3分3厘)など、名だたる巧投手が並ぶ。「どんな球でも打ち返される」という印象が定着したのは、当然のなりゆきだろう」

 3割台まで含めると、オールスター級の名前がぞろぞろ出てくる。リック・ポーセロには33打数13安打、ケヴィン・ミルウッドには84打数33安打、マイク・ムッシーナには34打数13安打、アンディ・ペティットには35打数13安打、バリー・ジートには71打数25安打、ジョン・レスターには56打数19安打、アーヴィン・サンタナには95打数32安打、CC・サバシアには65打数21安打という結果が残っている。ダルビッシュ有も24打数8安打と打ち込まれてきた。

マダックス、ジョンソン、クレメンス……。

 対戦数のハードルを下げると、当然ながら歴史的大投手の名前も見受けられる。

 グレッグ・マダックスとは6打数4安打と相性がよかった。ランディ・ジョンソンも18打数8安打3三振と打ち込んでいる。ただしこれには、当たった時期も関係してくる。マダックスは、'90年代前半にピークをつけたあと、'07年まで高水準を維持したが、21世紀初めのイチローは怖い者なしの打者だった。イチローより10歳年長のジョンソンも、超絶的な猛威を振るったのは'02年あたりまでだったことは記憶にとどめておく必要がある。もちろんそのことで、イチローの価値が下がるわけではない。あの横手投げ左腕の剛球をよくぞ打ち返すことができたものだ。

 彼ら以外では、ロジャー・クレメンスやペドロ・マルティネスとの対戦が眼につく。前者とは、16打数4安打4四球2三振と五分以上の戦いだったが、後者に対しては、19打数4安打1四球2三振と、やや押され気味だった印象がある。球史に残る速球とチェンジアップのコンビネーションは、イチローといえども容易には打ち崩せなかったのだろう。

最大の天敵は7分4厘のKロッド。

 一方、苦手としてきた投手には意外な名前が散見される。

 最大の天敵は、Kロッドことフランシスコ・ロドリゲス(27打数2安打、5三振)だろう。打率にすると、7分4厘。C・J・ウィルソン(46打数9安打12三振)、ティム・ハドソン(56打数12安打4三振)、スコット・シールズ(36打数8安打14三振)、ダン・ヘイレン(70打数16安打6三振)あたりにも手を焼いたが、ハドソンとは長年にわたって好敵手の関係を保っていた印象が強い。

 それよりも奇異な感じを覚えるのは、ジェレミー・ヘリクソン(27打数4安打)、クリス・ティルマン(24打数4安打)、ラモン・オルティース(39打数8安打)、チャド・ゴーダン(29打数6安打)らを苦にしていたことだ。失礼ながら、このなかに図抜けた投手はいない。

 ヘリクソンやティルマンは2010年前後のデビューだから、彼らの興隆期とイチローの下降期がぶつかったと見ることはできる。先ほどのマダックスやジョンソンのケースの裏返しだ。ただ、イチローと同い年のオルティースや、「ときどき好投するジャーニーマン」だったゴーダンに関しては、思わず首をかしげてしまう。相性が悪かったのか、食べ合わせのようなものか、と凡庸な推理しか述べられないのは歯がゆいが、イチロー自身は、はっきりとした理由を知っているのだろうか。

研究者を極められるのはイチローだけなのでは。

 イチローと同い年で、いまなお現役のバートロ・コロンに対しては、101打数26安打3本塁打6三振の記録が残っている。もっと打ち込んでいたような気がするのは、本塁打が多かったからだろうか。ちなみに、イチローが最も多く本塁打を放った相手は、2メートル近い長身のジェイソン・ジョンソンだった。29打数9安打で本塁打が4本。そのうちの1本('03年9月5日)は、私もボルティモアのカムデン・ヤーズで目撃した。

 そういえば、イチローは、日本人投手のなかでは上原浩治と岩隈久志を打てなかった。対戦した回数は多くないが、上原に対しては13打数2安打6三振、岩隈に対しては11打数1安打と抑えられていた。ふたりとも、剛球で押すタイプではない。相性だろうか。それともなにか別の理由だろうか。野球には、本当に不思議なことが多い。「研究者」を極められるのは、イチロー本人しかいないような気さえしてくる。

文=芝山幹郎

photograph by Getty Images

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