ジェラードがレンジャーズ監督就任。経営破綻後の名門、どう立て直す?

ジェラードがレンジャーズ監督就任。経営破綻後の名門、どう立て直す?

 スティーブン・ジェラードとは、凄い男だ。

 凄い選手であったことは言うまでもない。

「イスタンブールの奇跡」こと2005年のCL優勝(ミラン相手に3点ビハインドから追いつき、PK戦で欧州制覇を実現)や、「ジェラード・ファイナル(ジェラードのための決勝戦)」と呼ばれる'06年FAカップ優勝(ウェストハム相手にアディショナルタイムに圧巻のスーパーミドルを撃ち込み、PK戦での勝利を演出)をはじめ、自らのパフォーマンスでリバプールを勝利に導いた武勇伝はいくつもある。

 だが、その古巣でU-18チームの監督を1シーズン務めただけで、いきなりスコットランド伝統の強豪グラスゴー・レンジャーズの監督就任要請に応えるとは。

 しかも、「考える必要すらなかった」というのだから、その度胸と自信には恐れ入る。ジェラードが4年契約に合意したトップチーム初挑戦の舞台は、常人の感覚では考える必要のあることだらけなのだから。

大きく開いたセルティックとの差。

「プレミアシップ」と呼ばれるスコットランドのトップリーグ(全12チーム)は、歴史的にグラスゴー市内の地元ライバルでもある、セルティックとレンジャーズの二頭立てレースの色合いが強い。

 極端な言い方をすれば、両軍サポーターにとっては、「オールド・ファーム」の呼称で知られる地元対決こそがリーグの優勝争い。ライバルよりも上、つまりリーグ首位の座に就くことができなければ、何位だろうが敗者でしかないような感覚に違いない。

 しかも、レンジャーズが名実ともにセルティックのライバルだったのは、6年前にクラブが経営破綻に見舞われる前の話。去る4月29日のオールド・ファームで決まったセルティックの今季優勝は、リーグ7連覇を意味した。

 当日のレンジャーズは5失点の大敗。その2週間前に行なわれたスコットランドFAカップ準決勝でも4失点を喫して敗れており、計180分間の地元対決は合計0−9で惨敗したことになる。

クラブ側はサポートを口約するが。

 前述の通りジェラードはイスタンブールの奇跡で、自らゴールを挙げて大逆転優勝に至る反撃の狼煙を上げたが、9点差が示す戦力のギャップを監督として挽回するなら、それこそ「奇跡」に近い難業だ。

 ちなみにレンジャーズ歴代監督には、やはり8年間リーグ優勝から遠ざかっていた状況で就任した人物がいる。奇しくもジェラードと同じ元リバプールのMF兼キャプテンでもあるグレアム・スーネスだ。

 ただスーネスが選手兼監督として雇われた当時のレンジャーズは、国内のビッグクラブであることに変わりなく、金銭的な体力でもセルティックに対抗できるだけの力を持っていた。それとは対照的に、ジェラードが雇われた現在のレンジャーズは、いまだに破産のダメージを引きずっている。

 クラブはリバプールとのユース監督契約、『BTスポーツ』との解説者契約が切れるジェラードに対し、補強予算提供を口約しているらしい。だがライバルのセルティックはCL参戦による収益増も重なり、レンジャーズの3倍に当たる収益規模だという。今夏の補強を経て、両チーム間の戦力差は縮まるどころか更に広がる可能性がある。

就任会見で「優勝できそう?」の声。

 そもそも、フロントが資金面でどこまでジェラードを援助できるかも怪しい。前任者のグレアム・マーティーは、U-20チーム監督からの内部昇格だったが、セルティック戦での5失点大敗から2日後、就任から半年足らずで冷酷にも首を切られた。今冬の移籍市場でも積極的に動けず、バックアップ不足は他チームの監督から同情を寄せられていたほどだというのに……。

 マーティーは昨年2月にも暫定指揮を任されたが、それはクラブがアバディーンからデレク・マッキンズ引き抜きに失敗したことが理由だった。アバディーンは、レンジャーズの衰退に乗じて国内2番手に浮上してきたチーム。5年前から指揮を執るマッキンズは、グラスゴー出身の元レンジャーズMFだが、彼でさえ斜陽の古巣を率いるリスクから監督就任を断っていたわけだ。

 そしてジェラードが取り組む仕事の難しさと厳しさを、サポーターや地元メディアは重々承知かというと、そうでもない。クラブによれば約7000人のファンが駆けつけた5月4日の就任会見では、「8年ぶりのリーグ優勝を実現できそうか?」との質問が初めてトップチームを率いる新人監督に飛んでいる。

 レンジャーズの監督とは、そういうものなのだ。

ジェラードは「望むところだ」。

 それでもジェラード本人は力強い。仕事始めが「待ちきれない」と言い、格差が開いたライバル対決を「望むところだ」とし、勝利を求められる「プレッシャーが恋しかった」と、会見の席で次から次へと男気ある発言を発している。

 新監督が持つ強靭なメンタルに選手たちが感化されれば、結果はともかく、不甲斐ない敗戦内容は改善されていきそうだ。元リバプールの英雄らしく、「能力レベルも情熱レベルも高いサッカーでファンを沸かせたい」と話す通り、まずは「勝利への執念とハードワーク」の部分からチームを鍛え直す意向だ。

 その変化が来季のピッチ上で見られれば、「大物」の監督就任に沸くファンは、5万人収容のアイブロックス・スタジアムを埋め尽くして、強烈に後押しするに違いない。

リバプール時代の先輩が助監督に。

 またジェラードにとっては、リバプール時代の先輩にあたるガリー・マカリスターの助監督就任は賢い人選だと言える。

 現役時代からチームメイトのよき相談役だったスコットランド人のマカリスターは、主にイングランド2部リーグでの監督経験や、マザウェルでの祖国プレミア選手経験などもあるだけに、助言を仰ぐことのできる心強い補佐官となるだろう。

 ちなみに、ジェラードはマカリスターを「ナンバー2」と呼ぶことを会見の席で嫌った。監督としての経験不足を認めつつ、「自分のチームスタッフに上下はない」とする発言は、テレビ解説者としての姿からも感じ取ることができた、謙虚で礼儀正しく、実直な人柄を改めて思わせるものでもあった。

 ワールドクラスの選手としての実績と知識に、こうした人間的な強さと魅力を併せ持つジェラードであれば、若葉マークの一軍監督であったとしても、選手たちの心は十分掴めるようにも思える。

 では実際に、一軍での采配未経験の若手監督がいきなり成果をもたらすことなどできるのかというと、前例がないわけではない。

31歳で指揮を執ったハウ監督の好例。

 例えば昨年2月の監督交代時、レンジャーズファンの間で候補として挙がっていた、エディー・ハウ(現ボーンマス)が好例だ。ボーンマスの指揮官に就任した'08年、ハウはユースでの指導経験しか持たず、年齢も現在37歳のジェラードより若く、フットボールリーグ(2〜4部)史上最年少となる31歳の初心者監督だった。

 おまけにクラブは経営破綻で4部に落ちていた真っ只中。降格でセミプロ落ちとなればクラブ消滅というプレッシャーは、マイナークラブであっても新監督には巨大だったに違いない。何よりハウがチームを引き継いだ時は、債務不履行などで17ポイント剥奪の制裁を受け、24チーム中23位の降格圏内だったのだ。

 それでもハウは粘り強くボーンマスを残留に導くと、就任2年目には3部昇格、5年目には2部にステップアップ。7年目には2部王者としてクラブ史上初のプレミア昇格まで実現している。

 途中で引き抜かれたバーンリー(当時2部)での1年8カ月間を除けば、1度目の就任から5年強の間に、4部23位から2部首位まで、通算70ランク順位を上げたことになる。ジェラードが4年間の任期内に、就任発表時の3位から1位へとレンジャーズを押し上げても、何ら不思議ではない。

ナーゲルスマンら若手監督に続けるか。

 国外に目を向ければ、2年ほど前にブンデスリーガ史上最年少の28歳でホッフェンハイムの監督となった、ユリアン・ナーゲルスマンがいる。一軍監督初挑戦だった前U-19チーム監督は、シーズン終盤に受け継いだチームを残留争いの泥沼から救い出した。さらに翌シーズンにはトップ4入りを実現し、ホッフェンハイムにクラブ史上初のCL出場権をもたらしている。

 ハウやナーゲルスマンが証明しているように、一軍実績のない若手監督でも、厳しい状況のなかで即座に結果を出し、チームと共に指揮官として急成長するのは可能というわけだ。そして、彼らが成功した要因である、誠実、懸命、知的なアプローチは、「経験のなさが問題だとは思わない」と毅然と語るジェラードにも共通のように思える。

 来年の今頃には、ジェラードは凄い監督だと思わせてもらいたいものだ。

文=山中忍

photograph by Getty Images


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